2章11節:復讐、そして《勇者》
ヴィンセントを討った私は、荒れ果てた大部屋をすぐに出て、屋敷の更に奥に向かっていった。
彼の話によれば、この先に私の兄――グレアムが居る。
奴を始末しなければ、この戦いが本当の終わりを迎えることはないのだ。
少し進んで地下室に繋がる階段を降りる。《権限》と聖魔剣の強度に物を言わせて扉を破壊しながら、細い通路を行く。
やがて、書斎と避難室を兼ねたような空間に辿り着いた。
部屋の中央では、小太りの男がガクガクと震えながら剣を持って私を迎え撃とうとしている。
こいつこそがグレアムだ。護衛を連れて王都の中央街を堂々と歩いているのを見かけたことがあるから、今の姿は知っている。
一方で彼の方も、かつては生活を共にした家族だった為か、私のこの姿を目の前で見てすぐに気づいてしまったようだ。
だからこそ、あんなにも怯えているのだろう。
「き……貴様、アステリアか……!? 何故この場に……いや、そもそも何故生きているのだ! あの状況で生きている筈が無い!」
「お久しぶりです、お兄様。ちゃんと生きておりますのでご安心を……しかし、妹との五年ぶりの再会なのに、どうしてそんな怖いお顔をなさっているのですか」
わざとらしく微笑み、王女時代の丁寧な口調で話しかける。
「アステリアぁぁ! 王都占領以降、貴様のせいで私は悪夢に苛まれ続けたのだ! 死んだ筈の貴様に復讐される悪夢に!」
「あら、意外と気になさっていたんですね。少しは良心をお持ちなのか、或いは単に小心者でいらっしゃるのか」
「貴様、我ら王族全員に復讐する気だろう! この外道め、不浄な女の娘め、王家の面汚しめ!」
昔と変わらず口汚く罵ってくるが無視して、確認しておくべきことを聞く。
「《エグバート商会》を取り仕切っているのはお兄様ですよね? 各国に奴隷や武器、薬などを売り、結構な儲けを出しているそうではないですか」
「ぐ……何故、その名を」
「残念でしたね。お兄様は協力者に切り捨てられたんですよ? その協力者も私が斬り捨てたので、もし今、白を切ったとしてもすぐに真実が分かるでしょう」
そう伝えると、グレアムは汗をだらだらと流しながらも、開き直ったように笑い始めた。
「……ああ、それがどうしたというのだ!?」
「認めるのですか。潔いですね」
「下民共などラトリア王国には必要無いのだ。それを金に換え、国の発展に繋げられるならば『皆』が喜ぶだろう! 武器や薬も同じだ、他国の秩序が狂おうが知ったことではない!」
「目的はラトリアの為だと?」
「当然だ! 稼いで稼いで、財力によって私は次期国王となる。稼ぎ方を知っている私だからこそ、ラトリアを大きく飛躍させられる! 馬鹿な女には分からんだろうが結局、この世の全ては金なのだよ!」
なんと愚かな男だ。腐敗し尽くしている。
そして、恐らくこれを知っていながら黙認しているであろう現在の王族も罪深い。
この堕落ぶりはいずれ、彼ら自身を追い詰めることになるだろう。
「……わざわざ野望を語って下さり、ありがとうございます」
「どうせ貴様はここで死ぬのだ、それくらいは聞かせてやる」
「死ぬのはお兄様の方ですよ」
「はは……殺せる……生きていてくれたお陰でこの手で殺してしまえる……ずっと貴様を殺したかったんだアステリア! 貴様を殺せば悪夢が終わるからなぁぁぁ!」
この男、まさか私に勝てると思っているのか?
良い度胸だ、正面から受けて立とう。
グレアムが剣を振るうのに合わせ、私はあえて聖魔剣を床に放って、先の会場に転がっていたロングソードを手もとに召喚した。
そして《権限》を一時的に封印した状態で構え、斬撃を斬り払っていく。
剣の愛に頼らず、自らの手でしっかりと剣を握って支配するこの感覚、久しぶりだ。
グレアムが何度か剣を振るう。だが、こちらが異能の類を全て制限してもなお、それらの攻撃は私に一切届かない。
「お兄様、いつも『ウォルフガングの剣術指導は厳しすぎる。あいつを辞めさせろ』と嘆いて手を抜いてましたよね。それで当時、騎士団副長を負かした私に勝てるとでも?」
「ほざけ、ほざけほざけほざけ! 女如きがぁぁぁ!」
「あれから少しは訓練したのかも知れませんが、こんな調子では五年前の私にも勝てないでしょう」
「舐めるなァァ! 殺すッ! 殺して家畜の餌にしてやるわ売女の娘がァァァァ!!」
「満足しましたか? それでは――
一歩引いて剣を振るうと、持っていた剣ごとグレアムの腕が落ちた。
「ぐぎゃああああああッ! この、この雌豚ァァァァ!」
残った片腕で私の首を掴もうとしてきたので、片足を斬り飛ばした。
激しく流血しながら、床でジタバタと暴れるグレアム。
そんな彼を見下し、私は最後に宣言をしておくことにした。自らの野望を話してくれたお礼だ。
「お兄様。さっき『王族に復讐する気か』と仰っていましたよね……私は、世界の理不尽全てに復讐したいのです。お兄様や王族といった『小物』への復讐などはその一環に過ぎない……だから、思い上がらないでよ」
そう伝え、泣きながらこちらを見上げている男の悪夢を終わらせてやるのであった。
かくして私は、二度目の人生における絶望の原因のうちの一つに対し、復讐を果たした。
だが、そこには何の喜びもない。
ただただ「長い道のりを一歩進んだ」という感覚があるのみ。
先に語った通り、こんなものは「理不尽を殺し切る」という遠大な復讐劇の中のワンシーンでしかないのだ。
さて、早く戻って皆に勝利を伝えに行かねば。
私はグレアムの死体を聖魔剣の力によって跡形もなく燃やし尽くした後、その場を去った。
***
来た道を急いで戻る。
少なくともこの屋敷内において、既に争いの気配は消え失せていた。
こちらに増援が向かってきていないことから、ゲオルクたちが勝利したと考えて良いだろう。
やがて、彼らが交戦していたホールに辿り着いた時、目の前には予想外の光景が広がっていた。
刃に斬り裂かれて絶命しているマリアンナと部下たちであったが、それだけでなく、ゲオルクとシスティーナも倒れていたのだ。
そして一人だけでホールの中心に立っていた、ある人物と目が合った。
年は私と同じくらい。黒髪に中肉中背の、一見すると平凡そうな少年。右手には青く輝く美しい剣。
――《勇者》、レインヴァール。
会って話した経験こそないが、冒険者をやっていて彼を知らぬ者など居ないだろう。
冒険者パーティ序列第一位――《夜明けをもたらす光》のリーダー。
圧倒的な戦闘力によって世界のあらゆる争いを解決して回っているが、それだけでなく、下級冒険者が受けるような「目の前の弱者を救う地道な依頼」も怠らない。
常に他者のことを考え、他者の為に生き、どれだけ悩んでどれだけ後悔しても「全てを救う道」を模索しようとあがく、本物のヒーローだ。
かつての王都解放戦には彼らも参加しているが、レインヴァールという男自身は魔族を一人も殺さず、その強さを見せつけることで敵の戦意を折って退却させていた。
「きみは……」
「《ヴェンデッタ》所属のリア……だったよね?」
「そうだけれど。なんでこんな場所に居るのさ」
「実はさっきまで王都に居てさ。街の争乱を追ってたら『この領地で冒険者同士の戦闘が発生している』ってとこまで辿り着いたから、止めに来たんだ……ああ、みんなは少し眠らせたりその場から退いてもらったりしただけで、無事だから安心してくれ」
「『みんな』って……」
「街で戦ってた両陣営と《竜の目》。でも、ルグレイン女伯は守れなかった……」
「その女は死ぬべき存在だよ。守る必要なんて元々ない」
冷たい目でマリアンナの死体を見て言うと、勇者たる少年は声を荒げた。
「何を言ってるんだ! この世に死んでいい存在なんて居ないだろ!」
「そいつや他の協力者共は、富や戯れの為にたくさんの弱者の命を弄んだ。許されることじゃない」
「それでも殺して解決するなんて間違ってる! 時間は掛かるかも知れないが、和解出来た道もあったかも知れないのに……!」
理想論を語り続けるレインヴァール。
なんだ? なんなんだこの不愉快さは?
私の全てを否定するような言動と生き様。
対極の存在。
勇者。
気がつけば、私は両手に聖魔剣を召喚し、彼に向かっていた。
おかしい。普段は戦場において感情に飲み込まれることなんてない筈なのに。
もう今回の件はマリアンナとヴィンセント、そしてグレアムの討伐によって終了した。ここでの戦闘には何の意味もない筈なのに。
「なっ……止めてくれ! 君が退いてくれるなら、僕だって別に戦う理由は……」
「うるさいッ!」
斬撃によってレインヴァールを吹き飛ばし、共に屋敷の外に出る。
周辺に意識のある者が他に誰も居ないのを確認した上で、私は全力を出すことに決めた。
「私さぁ、きみみたいな奴が嫌いなんだよ。クソったれな世界にも『希望はある』って信じ込んでるような男がッ!」
「でも信じなきゃ希望は生まれないだろ! せめて僕だけは信じていないといけないんだ!」
「だったら間違いだらけの世界を救ってみせてよ! 信じる価値があるような世界にしてみせてよ! 《勇者》なんでしょ!」
「ああ、それに相応しい存在になろうと……全てを救おうと努力はしてるッ!」
子供の喧嘩みたいな言い合いと共に、戦闘は苛烈化していく。
《静謐剣セレネ》と《竜鱗剣バルムンク》で攻め立てるが、レインヴァールは青く光る剣一本で捌いていく。
《権限》でその剣を奪おうと試みたが不可能だった。あれも聖魔剣ということなのだろう。
「ならば」と思い、 新たに得た吸命の魔剣を召喚。
ヴィンセントの命を吸って強化された斬撃を放つ。
初撃こそレインヴァールを動揺させ、少なくとも回避をさせる段階まで行くことが出来たが、二度目以降はやはりあの剣で防御されてしまう。
更に《権限》による遠隔操作も活用し、四方八方から長剣の雨を放つ。
「くっ……!」
剣の一本がレインヴァールの頬を掠め、僅かに切り傷を与えたのを見て、「押し切れる」と感じた。
だが――
「それはもう見たッ!」
彼がそう言うと、以降の剣は全て容易く切り払われるようになってしまった。
否。不思議なことだが、こちらは正確に狙いを付けている筈なのに、気付けば彼に迫る全ての攻撃は弱く、浅く、薄く、乱雑なものになっている。
何故だ? 何故、こうまで攻撃を通すことが困難なんだ?
レインヴァールの剣の腕が卓越しているようには思えない。
存在強度が高く、物理法則を無視して肉体や剣が攻撃を弾いている訳でもない。
まるで物語の主人公に与えられる「主人公補正」、或いは「ご都合主義」みたいに、私が繰り出す攻撃の質そのものが劣化させられているのである。
「なんで当たらないんだよ……」
「これが僕の《権限》だ! だから、戦うのを止めてくれ!」
この男も《権限》所有者だったのか。
――待てよ。私は《権限》に覚醒した時、女神からこんな話を聞いていた筈だ。
「覚醒者は九人存在し、そのうちの三人が異世界転生者である」、と。
最悪の発想が浮かんだ。
刃を交わす度に、その発想は確信へと近づいていく。
外見こそ変わっているが、言動や纏っている雰囲気は、私のよく知る「彼」そのものじゃないか。
ああ――そんな運命、あってたまるか。
「……ユウキ。雨宮勇基」
「なっ……なんで僕の、その名前を!? リア、まさか君は――」
レインヴァール、或いはユウキが私の前世の名を呼ぼうとした刹那、横槍が入った。
「そこまでにしておけ」
突如としてその場に出現した三人の男女。
その中の一人、銀髪のエルフの男が、私とレインヴァールの間の一点から衝撃波を放った。
威力こそ弱々しいものだったが、両者ともに咄嗟に回避を試みた結果として距離が出来る。
彼らは《夜明けをもたらす光》のメンバーだ。
エルフの青年――確かアダムという名だったか――は、私を見て軽く頭を下げる。
「済まない、レインヴァールは争い事を見かけると首を突っ込まずにはいられん性分でな。状況を見るに、こちらが介入するまでもなく既に解決していたのだろう?」
「……うん。ホントなら『序列一位様』の出る幕じゃなかったって訳」
「そのようだな。では、こちらも色々と忙しいので失礼するよ……レイシャ、頼む」
アダムは、妙に露出度の高い衣服を着たエルフの女――レイシャに何かを願うと、彼女はこくりと頷き、レインヴァールの手を握った。
「待ってくれ、もう少しリアと話させてくれ!」
そんな風に叫ぶ彼の願いが叶うことはなく、最強の冒険者パーティはその場から一瞬にして姿を消した。
私の方だって、まだ聞きたいことはたくさんあったのに。
まだ気持ちに収まりがついていないのに。
それから少しだけ時間が経って、気絶していたゲオルクとシスティーナ、レインヴァールの牽制によって竜と共に戦場から遠ざけられていたルルティエがやって来る。
また、街の方からも仲間たちや《輝ける黄金》の面々が集まる。
私は皆にマリアンナとヴィンセントの死を伝え、勝利を宣言した。
喜ぶ者、疲れ果てている者、序列一位の介入に対して釈然としない気持ちを抱いている者、様々だ。
私自身もまた、あれこれと思いを巡らせている。
ヴィンセントの「提案」。
兄への復讐。
そして、どこまでも眩しくて鬱陶しいアイツとの再会。
あまりにも色々なことがあり過ぎた。




