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【第二部完結】剣の王女の反英雄譚 ~王女に転生したら王家から追放されたので復讐する~  作者: 空乃愛理
第16章:剣の王女の英雄譚

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16章16節:女王と勇者の結末

 私は空間を捻じ曲げ、瞬時に屋上に降り立った。

 視線の先には、座り込んで下を見つめて隙を晒すユウキ。

 あの様子なら《権限》で回避されることもないだろう。


 きっと、こいつ自身に罪はない。むしろ、悪に満ちたこの世界でそれでも正義を追求する「主人公」になろうとしたのだろう。前世で理不尽な扱いを受けても笑っていたみたいに、赦しと和解の道を求めていたのだろう。

 だが、それは罪でなくとも愚かだ。愚かだから悪辣な連中に振り回される。

 これからもこいつはそう在り続ける。本人が望んでいなくても、生きていたら聖団勢力や亡命貴族共に《勇者》としての権威を利用され、新秩序を脅かす。

 故に、ここで殺しておかねばならない。

 いつかこうなることは分かり切っていたし、まず始まりからして私自らこいつとの縁を断っている。いまさら躊躇いなどあるものか。


「ばいばい。もう二度ときみを利用する奴らや私の顔を見なくて済むよう、地上の楽園にでも行ったらいい」


 そう小さく呟いて、私はユウキに右手を向け《静謐剣セレネ》を呼び出した。

 狙うは身体よりも守りにくい頭。ユウキがもし前世と同じ容姿をしていたら流石に抵抗を感じたのかな。

 剣が飛翔する。それは正確に、容赦なく、救いようのない幼馴染を撃ち抜く――筈だった。

 

「くッ……!」


 聞こえてきたのはユウキではなくアイナの苦悶の声。

 射線に割り込んだ彼女の下腹部に剣が深く突き刺さっている。


「なんで――」

「アイナ!!!」


 私が問うよりも早く、ユウキがアイナのもとに駆け寄り、力が抜けていくその身体を抱き留めた。


 正直、この子に関してはもう殺す気はなかった。

 だって、今の私の相手にはならないから。それに聖人会の協力者ではあっても《権限》を使う聖人ではないから大した権威を持たないし、亡命貴族の中枢に加わったり、自ら人を扇動して国家転覆を図ったりするタイプでもない。

 本人も理解している筈だけれど、それでも守りたいものがあるから、貫きたい意志があるから命を賭したのだろう。

 死んでいった我が軍の兵士たちと同じだ。


 そんなことを考えていたとき、アイナは儚げな笑顔でこう言った。


「役に立てなくて……これくらいしかできなくて、ごめんなさい」


 無力感。彼女は並の戦士や魔物なら磨き抜かれた剣と術で圧倒できる秀才だ。でも、他の三人のような天才じゃない。そういう感情を持っていても無理はないか。

 ユウキはとめどなく溢れる涙を必死に拭いながら、その言葉を否定する。

 私の気持ちを少しも理解できなかったあいつのことだ、彼女の想いに共感できているとも思えないけれど。


「前にも言っただろ! 『役に立ってない』なんて僕もレイシャも、アダムだって思ってないのにッ!」

「皆優しいから……アダムも何だかんだ、ね」

「違う、違うんだ……気を遣ってたわけじゃないんだよ……なあアイナ、逝かないで……大切な人を喪うのはもう嫌だ……」

「……レイン。私も含めて、色んな人間が自分の考えをあなたに押し付けてきた。これからもきっとそういう事は多い。でも……あなたが幸せになれる道を……」


 最後まで言い終わる前に、アイナの命は尽きた。

 ユウキは彼女を抱きしめたまま放心している。

 もうこいつを守る者は居ない。さっきは失敗したが、今度こそ簡単に殺せると思った。

 でも、できなかった。私の中の「情」という怪物が突然、喚きだしたのだ。

 

 ユウキがひとしきり泣いて、亡骸を寝かせる。

 私は怪物を殺すため、立ち上がった彼に向かって言葉の剣をぶつけた。


「なにやってんのさ。ここは戦場で、目の前にはまだ敵が居る。だったら泣いてる暇ないでしょうが!」

「戦場とか関係ない。辛かったら泣く、そんな当たり前の感情すら忘れちゃったのかよ」

「まさか、心のどこかで『自分たちは死なない』『特別だ』とでも思ってた? 誰も彼も、きみも私も平等に死ぬ。簡単に、呆気なく、何の救いもなく死ぬ! クソったれでしょ!? でもそれが現実なんだよ!」

「だから全ての命には何の価値もないって!? 確かに君は昔から厭世的だったけどさ、そこまでじゃなかっただろ! 呪血病が君を狂わせたのか!?」

「私は狂ってない! 狂ってるのは世界だ! どいつもこいつも、それに気づいて些細で大切な幸福がいかに儚いかを知るのが怖いから『不幸は自己責任、自分には関係ない』っつって目を逸らしてるだけ!」


 ユウキが輝く剣を召喚する。もう泣いていなかった。

 仲間への想いが、「見たくない現実」への怒りが、ようやく私への執着を上回ったということか。

 それでいい。どうせ殺さねばならないなら、全力で戦ってくれた方がずっとやりやすい。


「……分かったよ。それが君の言う世界なら。君が現実になるっていうなら。僕は……僕はぁぁぁ!!!」


 叫び声と共に、ユウキの身体そのものが青く輝いた。

 肌がビリビリする。空気が重く、息苦しくなる。

 あのユウキが確かな戦意を抱いたから、というだけではない。彼が纏っているものが、魔法に変換される前の段階で視認、体感ができるほど膨大で高密度なマナだから。

 魔法適性の高いエルフ族ですらそうそう持っていないレベルのマナ容量と出力だ。

 こいつ、《権限》だけでなくこんな才能まで隠していたのか。

 どこまでも恵まれた奴。冷静に現実を見る目と、他人に惑わされたりしない決断力さえあればずっと良い人生を送れただろうに。

 

「さぁ私を殺してみせてよ、《勇者》レインヴァール!」


 聖魔剣を呼び出す。それと同時にユウキは前進した。

 詠唱を含む一切の予兆を見せず、殆ど瞬間移動と言ってもいい超加速を行っている。ムチャクチャだけど、あれだけの魔法適性を持つのであればそのくらい出来てもおかしくないか。

 《術式》に関しては凡才な私の《加速(アクセル)》如きでは到底、対抗できない領域だ。でも、今は《虚ろの力》がある。

 空間歪曲によって空中に飛び上がる。

 ユウキは屋上を壊すほどの勢いでマナを爆発させ、追いついてきた。

 あれに近づくのは危険だ。中距離を維持して戦うべきだろう。

 私はひたすら後退しながら聖魔剣を放った。どれだけ正確に狙ってもそれらはユウキを避けるように飛ぶ。

 もちろん、単なる剣撃があいつに通用しないのは分かっていた。

 私は切り札を一つ持っているが、なるべく消耗させた上で使わねば機能しない。

 こちらの命が尽きるが先か、ユウキのマナが尽きるが先か。これはそういう勝負だ。


 王都全域を見下ろせるほどの高度に到った時、私は標的を定めず《権限》を使用した。

 仲間たちが持っているものを除く全ての剣の制御を奪い、この場に召喚する。

 それらに《虚ろの力》を流して周囲に展開し、私を守るように回転させる。

 ユウキが大量のマナを操れるというのなら、私はマナを壊してやる。


「どうしてそこまでできるんだッ!」


 凄まじい速度で空を舞い、闇の剣と光の奔流を撃ち合う中、ユウキが言った。


「後悔したくないからだよ! きみだって何かを望んで転生したからには分かるでしょ! 未練ってやつの苦しさが!」

「どうして誰にも相談しなかった! どうしてこんなになるまで、間違ったやり方を選ぶくらいになるまで抱え込んだんだ!」

「『どうしてどうして』ってうるさいんだよ! 知ったって何もできやしない!」

「そんなことないッ!」

「死にゆく人間を救えるもんか! きみも、誰も! 私は最期まで全てを斬り裂く『剣の女王』で居るしかなかったんだよぉぉ!!!」


 互いの激情を乗せた流れ弾や余波が、城や周辺施設を破壊していく。

 被害を広げないために王城やその上空から離れないようにはしているが、それ以上の気遣いをする余裕は少なくとも私にはない。戦闘能力的な意味だけでなく、心が限界を迎えている。

 ユウキもユウキで私以外見えていない、といった感じだ。


 剣は直撃こそしないまでも崩壊時の爆発によって着実にユウキのマナを削っている。しかし、まだまだ尽きる様子はない。

 一方、こちらも呪血病の悪化によって全身に疼痛が生じるようになった。今が戦闘中だからさほど気にならないが、平時だったらもっと痛くて怖かっただろうな。

 このままでは多分、私が先に死ぬ。

 もっと威力が欲しい。すぐに《虚ろの力》に耐え切れなくなって崩壊してしまう通常の剣では足りない。

 なら、これしかないか。


 《魔王剣アンラマンユ》に力を込めて放つ。

 魔王ダスク――レイジの剣。これを継いだことは持ち主に対する想いと同じくらいに複雑だったが、随分と世話になったことは事実だ。

 黒剣が爆ぜ、威圧の特性を宿した力場が発生する。

 ユウキは《権限》と《術式》で相殺しようとするも殺し切れず、吹き飛ばされた。

 しかし、落下中に再び加速して体勢を立て直す。


 《吸命剣ザッハーク》に力を込めて放つ。

 ヴィンセントの剣。あいつはどうしようもない悪党だったけれど、今思えば奴に掛けられた言葉が後の私を作ったのかも知れない。ならば、私もまた「善悪に染まらない外道」なんて御大層なものではなく、単なる悪なんだろうか?

 禍々しい剣が崩れ、吸収の特性を宿した爆発が全てを取り込む。

 ユウキは吸い尽くせないほどのマナをぶつけることでそれを消散させた。


 《静謐剣セレネ》と《竜鱗剣バルムンク》に力を込めて放つ。

 どちらもまだ王都が《魔王軍》に占領されていた頃に遺跡で得たものだ。最も長い付き合いの聖魔剣。冒険者時代の思い出の象徴。それらに別れを告げる。

 今までありがとう。

 《術式》を破壊する波動と、絶対防御の特性が反転した防御破壊の波動が同時にユウキに襲いかかる。


「ぐわあぁぁぁぁッ!!!」


 流石のあいつもこれは抑えられず、かつて玉座の間だったところに墜ちた。

 私もそこにワープする。

 ボロボロになったユウキは煤にまみれた玉座に手をつき、立ち上がろうとしていた。

 私はウォルフガングから奪った《虚数剣ツルギ》を手に、一歩ずつ近づいていく。

 これこそがユウキを殺せる切り札。

 《権限》を切断するこの剣は、《不屈の誓い》によって無効化されない。だが威力や攻撃範囲、命中精度は通常の剣と大差ないから、確実に直撃させられるほど消耗するまで取っておいたのだ。

 

 ユウキの眼前に到る。

 虚ろな目で私を見上げる彼に、両手でツルギを振り下ろそうとする。


――身体が動かない。


 揺らいだのは覚悟ではなく意識だった。

 呪血病が身も心も侵していく。

 頭が痛い。四肢が痛い。内臓が痛い。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い!

 

「う……ぐぅぅぅ……!」


 全身が震え、冷や汗が滝のように流れ出す。

 意識を繋ぐために奥歯が砕けるほど食いしばる。舌を噛み千切る。

 それでも倒れそうになる。

 ねえ嘘でしょ。ここまで来たってのに――


 その時。

 腹部に新しい、鋭い痛みを感じた。

 青の剣が刺さっている。

 

 目の前にあるのは、生まれ変わる前にも見たユウキのあの顔。

 あの時は嬉しかった。今はただ悔しくて仕方がなかった。

 

「こんなことしたくなかった……こんなことの為に……僕は転生したんじゃないのに……」

 

 だから私はせめてもの復讐として、あの時と同じ笑顔をしてやった。

 

 目を閉じる。痛みが引いていく。

 あぁ、もう終わりか。


 最後になってようやく認められた。

 二度目の人生、酷いこともいっぱいあったけれど、少なくとも前世よりは幸せだった。

 幸せだったからこそ、奪われるのが辛かった。

 私は奪い、奪われる世界を、最低最悪の現実を変えられないまま死ぬんだ。



 後は皆に任せるね。期待に応えられない、無力な女王でごめんよ。

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