16章14節:罪を照らす夜明け
「待ってたよ、《夜明けをもたらす光》」
玉座から立ち上がり、私を殺しに来た「勇者御一行」の顔を順番に見る。
「アレスが敗れたのは想定外だったが、俺たちがここに辿り着いたからには結末は変わらん」
アダム。西方勢力の黒幕の一人であろう彼は、当然ながら敵意を隠そうともしない。
「私は私の正義のため、君主に刃を向ける大逆を為します。陛下も、どうか全力で」
アイナ。彼女にも迷いは感じられない。中道とはいえラトリア貴族としてはやはり私の体制が気に食わないか。
「……あなたのこと、嫌い」
レイシャ。普段は気怠げな不思議ちゃんだが、今回は案外やる気に満ちている。正義感や政治思想で動くようなタイプでもないから、知らないうちに個人的な恨みを買っていたのだろう。
「僕は……」
そして《勇者》レインヴァール――ユウキ。あいつだけがこの場に到ってなお揺らいでいる。剣も出さず、目線を合わせたり外したりしている。
アダムが苛立たしげに横目で彼を睨むが、それ以上のことはしない。ずっと一緒にやってきた仲間として、最終的にはユウキが「賢明な判断」を下すと信じているようだ。
緊張に満ちた沈黙が流れる。
それを裂くように、ユウキは一歩前に出た。
「君は世界を救おうとしてる……って考えて良いんだよな?」
「……うん」
以前の私ならばこれほど素直には肯定できなかったな。
ユウキは一瞬だけ驚きを露わにした後、話を続けた。
「君がそうしようと思えるようになった、それ自体は凄く嬉しいことだ。でもさ、こんなやり方はないだろ」
「こんなやり方って?」
「戦争起こして、家族を殺して。自分に従わない人たちを暗殺したり処刑したりして、従ってくれる人たちも容赦なく犠牲にして……」
「じゃあどうすればよかったのさ?」
「時間は掛かるだろうけど、ちゃんと話し合えば誰も死なないし傷つかない道だってあった筈だ」
「時間掛かってちゃ駄目なんだよ! 『誰も死なない道』なんていう淡い期待に賭けてる間にも人はどんどん死んでいく! 結局、人間ってのは利己的な奴ばっかりで世界のことなんか少しも考えてないんだから、誰かが強引にでもコントロールしなきゃ救いようがないんだ!」
ついムキになってしまい声を荒らげる。
最も時間が必要なのは自分自身なのだが、この身が呪血病に侵されていることは決して言えない。
「人を信じないで世界が救えるのかよ。救おうとしてる人間を疑って、傷つけて、排斥したら意味ないだろ……」
「信じたら世界が救えるの? 私はそうは思わないよ。事実、人を信じてきたであろうきみは何も成せてないじゃん」
「違う……! 僕は君みたいに簡単に諦めて、切り捨てたりしないだけだ!」
こいつは昔から変わらないな。
いかにも「勇者」で「主人公」じみたポジティブさだが、その本質は幻想の信者に過ぎない。
悲惨な現実から目を背け、ありもしない希望に依存している。
だから私を救えないし、何も救えないんだ。
「……現実に向き合ってない奴と話が成立するわけもないか。いい? きみの大好きなファンタジーは『この世界にも』無いの。あるのはクソったれなリアルだけ。それを受け止めないことには何も救えないよ」
私は悲しげな顔のユウキに《魔王剣アンラマンユ》を突きつけた。
「リア……やるしかないのか? 停戦はできないのか? 僕ら聖人会が、亡命貴族たちとの間を取り持つから……」
「それができるなら戦争になってないでしょうが。奴らは絶対に譲らない。もちろん私だって妥協しない。だったら殺し合うだけ」
「……『世界を救う』とか言っても、やっぱり君は君なんだな。人の命を……自分の命を大切にしない」
ユウキがそう言い終えると、他の三人が彼の横に並んだ。
「もういいだろう、レインヴァール。早く剣を出せ」
アダムが私を見据え、臨戦態勢を取る。
「レイシャは、あなたのそういうところが嫌い。怖いし、何よりレインの優しさを踏み躙ってる。レインとあなたの間にどういう縁があるのかは知らないけど、あなたがそういう態度を取り続けるならこっちだってレインを守るだけ」
レイシャが短剣を抜く。なるほど、「大好きなレインヴァールが得体の知れない女に無下にされている」ことが気に入らなかったと。
「陛下のお考えはよく分かりました。やはりあなたにラトリアを任せてはおけない。救うべき他者に絶望しているあなたにはッ!」
アイナがロングソードを構える。
一人だけ和解の可能性を信じていたユウキも流石に「戦うしかない」と悟ったのか、青く輝く剣を召喚した。
「ごめん、リア。でも君が意地でも退かないっていうなら、こっちだってこうするしかないんだ!」
「きみ以外は最初からそのつもりだよ……さあ、死ぬ覚悟はできた? 私ときみの間柄だからって手加減すると思わないで!」
そう言って、私は踏み出した。
相手は最強の冒険者パーティ。ユウキが良心の枷により全力を出せないことを考慮しても、私が勝てる可能性は限りなく低い。
でも。それでも負けられないんだよ。
人生最後になるであろうこの戦いで勝って、最良の結果を皆に託す。それが出来なければ私を信じて付いてきた者達に合わせる顔がない。
まずはアダムとアイナを潰す。優れた回避能力を持つユウキとレイシャは後回しだ。
私は前進しながらアンラマンユを宙に放り投げ、まだ自由に動かせる右手に《吸命剣ザッハーク》を呼び出して力の全てを解放した。私自身は今の今まで指揮に徹していたのに幾らか生命エネルギーが蓄えられているのは、近衛騎士の一人に「能力を発動させないこと」を条件にこれを貸与していたからだ。
数十人分の強度が身体に宿る。これで短時間だがアレスにも匹敵するパワーと機動力で戦える。
私の突撃を止めようと、アイナが剣に風を纏わせる。
どうやらあの子は私の能力を忘れているようだ。
剣の制御を奪い、反転させて持ち主であるアイナの喉を貫こうとする。
だが、次の瞬間には彼女の姿が消えており、剣だけがそこに残された。
後方に二つの気配。レイシャがワープさせたようだ。
更に、前方にはアダムとユウキ。
私が《権限》を使うことを予測し、僅かな隙を作るためにあえて剣を持ってきたということか。
舐めるなよ、それくらいは対応できる。
「《疾風》!」「《加速》ッ!」
後ろに居るアイナの詠唱と同時に、私もその場ですぐに腰を落として詠唱した。
足ではなく手で床を押し、加速して天井まで跳び上がる。
アイナの風刃と、アダムが放った魔弾が眼下で交差する。
無詠唱で魔法が使えるアダムはともかく、アイナの方は何をしてくるかが簡単に読める。少なくとも《術式》の撃ち合いにおいて彼女に遅れを取ることはない。
「《浮遊》、《霊剣》! これなら……!」
再びアイナの詠唱。飛翔しながら緑色の剣を編む。
私はザッハークを手放し、《静謐剣セレネ》を呼び出した。マナの剣が奪えないのは確かだが、それならそれで掻き消してしまえばいい。
天井を蹴り、アイナをめがけて飛ぶ。
このまま行けばセレネはマナの剣を一方的に霧散させ、彼女の首を断つ。
しかし、そうなる前に地上のユウキが無詠唱で加速魔法を使用し、突っ込んでくる。
私は空中に浮遊させていたアンラマンユの能力を発動、力場を生じさせるが、彼はものともしない。
「それはもう見たッ!」
ああ、そうだった。あいつはダスクと戦った時にこの剣の能力を受けているんだ。
ここは一旦、避けるしかない。軌道を急速に変えるために空中で《加速》を唱え、着地しようとする。
アダムが魔法トラップを仕掛け、床が発光し始める。更に加速を重ねて方向転換する。もし反応できなかったら降りた瞬間に死んでいただろう。
無事に着地できたと思ったのも束の間、背後からレイシャが迫る。
私は振り向かないまま後ろに《竜鱗剣バルムンク》を召喚、短剣による刺突を弾く。
それぞれの欠点や認識の間隙を補い合うような四人の連携。これが不動の序列第一位の実力ということか。
だが、今のところ対応できている。これが奴らの上限なら何とかなるかも知れない――と希望を抱いたとき。
「閉所では優位性を活かしにくいか……ならば」
アダムがそう言い、上を見た。
こいつ、まさか天井を壊すつもりか!?
私は疾走し、彼に接近しようとした。そこにユウキが割り込んでくる。
「邪魔すんなぁぁ!!!」
叫びながら、ユウキが持つ正体不明の光剣にセレネをぶつける。
以前に刃を交えた時もそうだったが、この剣に対してセレネは効き目がない、つまり《術式》によって作られたものではないようだ。
自在に生成、消去ができることから聖魔剣とも思えないので、恐らくはアダム辺りが作った魔法剣なのだろう。
となると、こちらには有効な手札がない。
ユウキに止められている間にアダムがマナの収斂を終え、掌から閃光を放つ。
それは天井や玉座の間の上層をまとめて消し飛ばし、巨大な風穴を開けた。
「嘘……でしょ……」
思わず、そんな声を上げてしまった。
なんて馬鹿げた出力なのだろう。アレスと同等――いや、それすら超え得る。
ここまでのことが出来てしまうなら、王城に誘い込む意味なんて少しもなかったじゃないか。
「俺は戦闘も殺しも破壊も好まん。お前たちが無駄な抵抗をしなければこうはならなかったのだ」
アダムが淡々と告げ、レイシャに視線をやる。
彼女はアダム、ユウキ、アイナを移動させ、最後に自身も姿を消した。
「クソッ、あいつらどこに……!」
直後、空から眩い光が差し込んできた。




