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【第二部完結】剣の王女の反英雄譚 ~王女に転生したら王家から追放されたので復讐する~  作者: 空乃愛理
第16章:剣の王女の英雄譚

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16章12節:影の攻防

 ルアの手によって因果は書き換えられた。

 王城がアレスに破壊されることはなくなったものの、依然として何者かによる遠方からの砲撃は続いている。

 その発生源を探るのはライルと、リルが気を利かせて助力に回した直属の部下数人。

 砲撃は不可視であり、すぐに位置を特定するのは困難であった。

 しかし、ライル達は着弾地点や王都の地形から絞り込んでいき、やがて当たりを付けるのであった。


 合流したリルの部下二人を連れ、路地裏を進むライル。

 徐々に生臭さを帯びた鉄の臭いが漂ってきて、嫌な予感を覚えつつも臆せず歩み続ける。


 薄暗い袋小路に辿り着く。

 そこに敵は見当たらず、物言わぬ近衛騎士だけが五つほど転がっていた。

 彼らの鎧は全く傷ついていない。弱点だけを的確に抉られ、即死させられたのだ。


「ありゃ相当な手練れだな、姐さんクラスかも知れん」

「一体どこのどいつだ? もうこの辺りからは離れちまったみたいだが……」


 リルの部下がしかめっ面を見合わせる。

「付近には敵が居ない」と思った二人につられて警戒心を解きかけたライル。

 しかし、スラムを独力で生き抜いてきた少年時代に嫌でも磨くことになった直感が騒ぎ出す。

 彼は反射的に「来るぞ!」と叫び、前に跳び出した。

 返事の代わりに聞こえてきたのは、二人が崩れ落ちる音。

 振り向いた時にはもう、彼らは首から血を噴き出したまま絶命していた。


「姐さん」、すなわちリルと共に行動することの多いライルは、最初こそ元盗賊団の面々から嫉妬心を含む敵意を抱かれることが多かったものの、今やすっかり慕われている。

 そんな仲間の命があっさりと消え去ったのである。普段なら情の深い彼は沈み込んでいたところだが、ここは戦場だ。

 気持ちを切り替え、立ち止まって周辺の気配を探る。

 何も視えない。聴こえない。匂わない。

 だが、暗殺に特化した戦法に馴染みがあるライルには次の一手を「読む」ことができた。

 そして、この敵が何者なのかも。

 首を狙いやすい背後から来る――と思わせておいて前から堂々と攻めてくる。

 右手で《迅雷剣バアル》を構え、意識を集中。前方に雷を落とす。


「うわぁっ!?」


 その者は高い声で驚きながらも冷静に後ろに跳び、回避した。

 とはいえ体勢は崩れたようで、気配遮断が揺らぎ、その姿がライルの視覚に晒される。

 黒い外套を纏い、オレンジの髪を一つに纏めた女。


「《千影》のアルマリカ。そんな気はしてたが、やっぱり聖人会……いや、レティシエルに雇われてたんだな」

「ライングリフ様も悪い雇い主じゃなかったっすけど、妹君は更に金払いが良い上、ある程度自由にやらせてくれるっすから。にしてもさっきの、よく対応したっすねえ」

「『まともな戦いをしない奴』のやり口だからこそ、だ。俺も相棒もそういうタイプなんでね」

「あの猫ちゃんっすか? 確かに《千影》なんて呼ばれてるウチから見てもやべぇ技量だったっすから、それを学んだってんなら無理はないっす」

「……で。今はあんた一人っぽいが、大人しく投降する気は……ないよな」

「そうっすね。本当は前衛抜きで戦いたくないんすけど、仕方ない……っす!」


 再びアルマリカの姿が消えた。

 ライルも負けじと《隠匿(コンシール)》を詠唱する。

 彼はアルマリカのように無詠唱でこの術を発動させることはできないが、効果自体は彼女のそれと比べても遜色ない域にまで仕上がっている。

 

 視認不可能な暗殺者二人が互いの行動を読み合う。

 ライルは「雷撃のような派手な技は通用しない」と考え、バアルのもう一つの能力である刃の伸長を中心に攻めるが、アルマリカは攻撃先を予測して当たり得ない位置に移動することで無音かつ神速の刺突を躱している。

 アルマリカもまた、ライルから隙を見出すことができないでいる。

 たまにバアルとアルマリカの短剣が衝突して火花が散る程度で、膠着した状態が続く。

 そんな中、アルマリカが戦闘を継続したまま口を開いた。


「そういや、アンタのこと調べたっすよ」

「へえ?」

「スラム出身だそうじゃないっすか。ウチも同じなんすよ」

「だったらなんなんだよ」

「いや、羨ましいなぁって。かの《剣神》に拾われて、近衛騎士団に入れて。アステリア様に付き合ったりしなきゃもっと良い生活ができたでしょうに」

「……何が言いたいんだ?」


 ライルの声が僅かに震えている。

 幼い頃の過酷な生活。今は亡き恩人。心が引っ張られてしまうから戦場では努めて思い出さないようにしている過去を、アルマリカは煽るように掘り返す。


「アンタ、どうせ金と生活の為に近衛騎士やってたんすよね? 別に逃げるタイミングは幾らでもあった筈……なんであんなにも人使いが荒い御方にずっと手を貸してるんすか? 傷つくのは、死ぬのは怖くないんすか? ウチは怖いっす。だから『影』になって、傷つく前に一方的に殺すんすよ」

「俺だって怖いに決まってる。でもそれ以上に、気丈なツラしてどっか心細そうなあいつを助けてやりたいと思った。今はこのひでえ世界に生きるたくさんの人間を救いたいとも思っちまってる。リアならそれが出来るんだ」

「だから『女王サマの掲げる大義の為なら死んでも構わない』って? アンタは現実を教えてくれる地獄で生まれ育ってもなお下らない夢想にしがみついてるんすね。運が良すぎてホント、羨ましいっす。自分一人が充分に食べて飲んで寝られる金と立場、それ以上を追求するのは強欲で傲慢じゃないっすか?」


 鼻で笑うアルマリカ。それは単なる挑発には留まらない、本心から来る言葉であった。

 ライルは「それがアルマリカの狙いだ」と分かっていても、つい似た境遇の彼女に共感性を働かせてしまう。


「……そんなに現実が怖いのか」

「そりゃもう。世界の価値なんか『自分が生きてること』以外何もないのに、人間ってやつは『ちょっとした不幸』で簡単に死ぬ……そこの連中みたいに。人を殺す側に回れた今になっても、暴力や病気で死ぬんじゃないかと怯えながらゴミ喰らって生きてた頃の恐怖が抜けないっす」

「リアならきっと、そんな世界を……」

「無理っす。現実はこの世で最も強大なんすから。現実の前じゃ正義も愛も慈悲も勇気も、全ては踏み潰されるだけのゴミっす」

 

 いつもは軽薄に振る舞っているアルマリカが、どこまでも虚ろな表情をした。

 ライルの心が揺らいでいく。

 それを《千影》は見逃さない。

 これまでは接近戦を挑んできた彼女が突然、後退して弓を構えた。

 急な交戦距離の変化に、戦闘に集中できていないライルは応じれず射抜かれる――筈だった。


 ライルが剣を地面に突き立てると、周囲に電気の障壁が生成され、矢を弾き飛ばす。

 アルマリカは続けざまに《破砕(デモリッシュ)》で爆弾と化した小石を投擲するが、それも通じない。

 彼女は感心したように唸った。


「マジすか、今のは流石に入ると思ったんすけどねえ。揺らいでるフリでもしてたんすか?」

「いや、騙したのはどっちかと言えば自分自身の方さ」


 ライルは本質的には不器用な男だが、戦闘において敵と見做した者を欺くことに躊躇いはない。

 彼はあえて本来の「繊細で同情的な自分」を表出させ、アルマリカに好機と思わせた上で意識を「暗殺術の使い手としての自分」に切り替えたのである。


「ひぇ~、あの猫ちゃんもヤバかったっすけど、アンタも大概っすねえ」

「……まだ続けるか? 挑発なんかに頼るってことは、もうマナが底を突きそうで決定打を出せないんだろ? ってなると、勝つのはこの戦闘が始まるまでマナを温存していた……あんたより長く気配遮断し続けられる俺の方だ」

「そこまで読んでるっすか。まぁ、でも……」


 王城の辺りで立て続けに爆発が生じる。

 どうやら激しい戦闘が行われているようだ。

 アルマリカがそれを眺め、満足げな顔をする。


「報酬分は頑張ったんじゃないっすかね?」


 ライルは気付く――自らが王城から離れた場所に引きずり出されていたことに。


「クソッ、だから珍しく一人で……!」

「そーいうことっす。第一位や第二位に有象無象ができることなんて限られてるっすけど、それでも数が少ない方が確実に敵将をやれるのは間違いないっすから」


 アルマリカの話を聞き終える前に、ライルは踵を返して王城に駆け戻るのであった。

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