16章9節:聖騎士と魔人
街中に設置されたトラップから生じた爆炎。
王城に居るフレイナによる支援砲撃。
聖人たちが用いる大規模破壊魔法。
それらを追い、アルフォンスと聖団の戦士たちは疾走する。
有象無象の包囲など聖人たちにとっては大した問題にならないということなのか、彼らはもう王城にほど近い冒険者ギルド前広場まで来ていた。
そこに到着したアルフォンスたちが見たものは、破壊され尽くした建造物。気絶、或いは死亡している多数の近衛騎士。そして広場の中央に立つ二人の《権限》所有者――アダムとアレスであった。
前者は騎士たちを一瞥もせず、後者は「この程度では満足できない」とでも言いたげな呆れ顔をしている。
レインヴァールとアイナ、レイシャはそんな彼らから少し距離を空けている。三人は困惑し、悲痛で眉をひそめるばかりで、その表情に戦意は見られない。
それはすなわち、この終末じみた光景はたったの二人によって作り出されたということ。
「……へえ」
「造反者めが」
両陣営が相対するや否やアレスは笑い、アダムは厭わしげに睨みつける。
「ここで暴れてればリアを引きずり出せるって話だったけど、釣れたのはキミの方だったか、アルフォンス!」
本来、ウォルフガングのような「外れ値」が居ない今の近衛騎士団では、アダムやアレスが相手となると時間稼ぎすら荷が勝ってしまう。
二人が全力で魔法を使い、こうして街を破壊し敵を蹂躙する必要はない。単なる牽制の一撃で容易に退け、アステリアの居城までの道を最速で突っ切れた筈だ。
だがレティシエルの提案で、市街地という防衛側にとってはやりにくいエリアを戦場にすべく、あえて騎士たちとの交戦を激化させていたのである。
「私では不満か? 《紅の魔人》殿」
潔癖さを思わせる白銀の大剣を構え、冗談めかして言うアルフォンス。その顔はアレスとは対照的に不愉快そうだ。
彼の敵意に応え、アレスも辺りに転がっていた近衛騎士の剣を拾って臨戦態勢を取る。
「そんなまさか。キミの強さはよく知ってるからね。リアの次……いや、あの子と同じくらいには満足させてくれそうだ!」
「あなた達はここで止めてみせる。『前座』などとは言わせないよ」
「期待させるじゃないか! 簡単に死んでボクを裏切ってくれるなよ、聖団騎士長ッ!」
直後、アレスが跳び、アルフォンスは後を追った。
それに合わせて聖団騎士と修道術士、合計20名ほどが前進する。
空のアレスとアルフォンス。地上のアダムとその他の聖団員。戦場は自然と二分された。
アレスは魔人特有の身体能力と類まれなるマナ適性を活かし、自在に空中を飛んでいる。
それと同時に赤く光るマナの塊を大量に生成し、魔弾を乱射する。
対し、一般的な人間族に過ぎないアルフォンスはどういうわけか《術式》を一切使わずしてそれに付いていき、魔弾の全てを躱し、或いは切り払う。
ただ身を守るだけではなく、隙を見ては剣を振るって「飛ぶ斬撃」を繰り出している。しかし、魔眼によって一寸先を読んでいるアレスに当たる気配はない。
「ここまで付いてこられるのは想像以上だ! キミ、もしかして《剣神》クラスじゃないか!?」
「あの御方と比較されるのは恐れ多いな。私は剣の力でこれを為しているに過ぎないんだから」
アルフォンスの適合している《光輝剣クラウソラス》。
その能力は「概念の切断」である。
「距離」を斬れば剣閃は飛翔し、「重力」を斬れば持ち主は浮遊し、「魔法」を斬ればそれは破魔の盾となる。
群を抜いた汎用性を持ち、ゆえに扱いも難しい、最高峰の聖魔剣。
アレスはそういった性質を看破し、より高揚した。
「武器を使いこなす技量も含めてキミ自身の強さだろ。さあさあ、もっと色々見せてくれよ!」
これまでは追いかけっこでもするかのように逃げ回りながら射撃していたアレスが突然反転し、マナが付与された剣を乱雑に振るった。
放たれる幾重もの紅き剣波を、アルフォンスは「距離」と「魔法」の切断によって生じさせた白き剣波で相殺する。
「そんなことまで出来るとは凄いじゃないか! でも、そういう消極的な使い方なら『あの能力』で事足りるだろ?」
「《権限》のことならもう喪ったよ。制約違反でね」
「そりゃ残念だ。喰らって、ボクも使ってみたかったんだけど……なァ!」
アレスは暴風を纏い、アルフォンスめがけて突進した。
かつて殺し合った親友から喰らい奪った加速魔法。
しかし動きが単調になったその瞬間を狙い、王城のフレイナが火球を撃った。
命中精度を上げるため、太陽と見紛うほど巨大になったそれはアルフォンスをすり抜け、アレスだけを飲み込む。
「うわ――」
動揺の声が炎にかき消され、墜落していった。
だが、この場に居る誰一人として「《紅の魔人》がこれで終わる」とは微塵も思わなかった。
実際、彼はすぐに立ち上がり、ただ転んだだけであるかのような仕草で砂を払うと、疎ましそうに王城の上方――フレイナの居場所を見据える。
「あぁ……先にキミをやった方が良さそうだね。そりゃ戦い方に良いも悪いも無いけどさ……遠くから撃つしか能がない奴が楽しい殺し合いに横槍入れるの、単純に面白くないんだよ」
そして再び地面を蹴り飛翔。
そこに、彼の狙いを察知したアルフォンスが立ち塞がる。
「させないッ!」
「止めてみろよォ!!」
暴風とマナの奔流により加速力と破壊力を極限まで高め、突撃を行うアレス。
常人であれば本能レベルで恐怖し、反射的に避けようとするであろう天災じみたそれに、アルフォンスは自ら向かっていった。
両者の剣が空中で接触しては余波で地上の建物が崩壊するほどの爆発が起こり、二人は弾かれ、凄まじい速度で空を舞い、再び衝突する。
そこに居るのが聖団騎士長と《紅の魔人》であることを知らない者は、これがまさか人間族と半魔の戦いだとは思うまい。
そうして幾度目かの衝突がなされた時。
アルフォンスの大剣が落下した。
力尽きて手を離したのではない。剣を持っている右腕ごと斬り落とされたのである。
すぐにクラウソラスによる重力調整が失われ、彼自身も落下することとなった。
その頃にはもう五人だけになっていた聖団の戦士達は、今まで見たことがない団長の痛ましい姿に息を呑んだ。
絶望から逃げるように彼を目指して走り、《術式》で衝撃を軽減する。
そこにもう一つの絶望――最上級の魔法使い、アダムが迫るのであった。
アルフォンスという世界有数の戦士が研鑽した全てを以てしても「最強」たるアレスは止められなかった。
しかし消耗はさせられたようであり。
「あれで終わりじゃないだろ、アルフォンス。アイツを殺したらすぐ戻るからそこで待っててくれよ?」
そんなことを言いながら王城に近づく彼の声色や表情に、いつもほどの余裕は見られない。
王城前広場上空に到ると、アレスは左手を掲げ、マナをかき集める。
以前から使用していた爆撃魔法だ。
人ひとりを殺すには過剰すぎるエネルギーがその手に宿った時、ルアが城内から出てきた。
だが、彼女が状況を把握した頃には何もかも遅かった。
アレスが左腕を前方に向ける。その先はフレイナの居る王城上階。
「やめて――」
ルアが時間を止める間もなく、叫びが届くこともなく。
一筋の青白い星が流れ、彼女の愛する人ごと上階を消し飛ばすのであった。




