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【第二部完結】剣の王女の反英雄譚 ~王女に転生したら王家から追放されたので復讐する~  作者: 空乃愛理
第16章:剣の王女の英雄譚

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16章5節:王都北の戦い

 レヴィアスへ攻め込もうとした西方の軍勢が予想外の介入に狼狽えている頃。

 王都北、街道の走る平原にて、ラトリア王国正規軍はきたるべき交戦に備え、簡易陣地にて待機していた。

 率いているのはフレデリック。先の戦争ではライングリフ派として戦った末に捕虜となるも、アステリアの命により復職した将軍だ。

 彼は戦列の最後方で護衛の兵に囲まれ、緊張と汗の冷たさに震えている。

 アステリアのような「誰よりも前に出て勇猛果敢に戦い、兵の敬愛を集める」将軍像とは真逆の在り方。だからこそ彼女はこの男を評価しているのだが。

 臆病さは、時として勇気やカリスマ性、戦闘技術といった華々しい要素を上回る価値を発揮する。

 恐れるがゆえに敵の戦術を充分に警戒でき、恐れるがゆえに自らや部下の命を重視した決断ができるのだ。

 そしてフレデリック自身もまた、新たな主の信頼に応えるため、己の性質を嫌うのではなく正面から受け止めた上で職務に臨もうと考えるようになった。



 フレデリックは、偵察を終えて帰還途中のライルから敵軍に関する情報を得た。

 現在、一万前後の部隊がレヴィアスを迂回する形でこちらに侵攻している。

 《工場》生まれの戦闘奴隷が多くを占めているレヴィアス侵攻部隊とは異なり、亡命貴族とその私兵、そこに合流した聖団騎士と術士が中心となっているようだ。

 なお、聖団勢力に関しては「想定より数が少なく、騎士長アルフォンスの姿も見られなかった」らしい。

 アルフォンスが居ないとなれば、敵戦力の中で最も注意すべきなのは軍団を指揮している「ウォーレス」という男だ。

 彼は元ライングリフ派貴族である。「異種族や外国人は害虫であり、殺し尽くさねばならない」という思想のもと積極的に戦闘に参加し、それを実践してきたことから《滅殺公》の名で知られている。

 接触した物体の「重さ」を一時的に切除する攻守一体の聖魔剣と、風の《術式》を併用する戦闘スタイルを取る。

 フレデリックにとっては因縁深い相手でもある。

 ウォーレスは13年前のラトリア・ルミナス間の緊張状態の中で「ルミナス辺境の村人はゲリラの可能性がある」と主張し、他のタカ派貴族や兵士を煽動して虐殺に駆り立てた。

 つまりはフレデリックのトラウマである北方戦争の原因を作った人物なのだ。


 協力を提案したライルに「あなたにはあなたの仕事がある」と伝え王都に向かわせた後、フレデリックは兵士たちに命令を下した。


「……お待ち下さい。退路の確保に兵を割くのですか?」


 命令を聞き終え、不服そうに言ったのは、本軍団の副指揮官だ。

 彼はアステリアの強さに魅入られて新体制側に付いた元貴族であり、消極的なフレデリックを内心見下している。


「ええ、騎兵部隊を後方の偵察に向かわせます。亡命した旧騎兵隊ほどの練度があれば攻撃を任せてもよかったのですが、こちらはまだ再編したばかりですから」

「報告によれば彼我の戦力は互角と推定できます。それなのにわざわざ数的不利になれと? ここは全軍で正面突破すべきです!」

「《滅殺公》の力を侮らぬように。陛下のいらっしゃらない戦場で聖魔剣使いを正面から討ち取ることの難しさは想像できるでしょう」

「それは……」

「加えて、ライル殿の言葉も思い出して下さい。聖団が本格的に合流していないということであれば増援や挟撃を考慮せねばなりません」

「……承知いたしました。正直、閣下のお考えには同意しかねますが、あなたを指揮官にしたアステリア陛下のご意向と思い受け入れることにします」

「それでよろしい。さあ、作戦の伝達を」



 それから数刻。日が沈み始める中、「最後方で淡々と指令を飛ばす防衛側と、将が最前線で率いる侵攻側」という対照的な両軍が接敵した。

 ウォーレスが「敵将はあの臆病者だ、恐るるに足らん」とでも言って兵を鼓舞したのだろう、後者は意気揚々と進軍している。

 一方、前者に動きはない。


 幾らか距離が縮まると、フレデリックは射撃開始の合図をした。

 矢や魔弾、《術式》に制御された石などが侵略軍に降り注ぐ。

 彼らも反撃を行うものの、弾幕の圧力は明らかに防衛側の方が勝っていた。

 今回、フレデリックは正規軍に正式加入した元亜人部隊員、更には王立アカデミーで武芸と《術式》を学んだ若者、傭兵や冒険者といった外部戦力まで数多く引き連れていた。

 その意図は、王家が軍を統率していた時代のように「盾にするため」ではなく、「従来型の正規軍人だけでは不足している射撃要員の追加」である。

 多数の弱者で強者を屠る最も現実的かつ倫理的な方法。それは「遠距離攻撃の多重化」だ。

 どれほどの達人であろうとも人である以上、矢に射抜かれれば死ぬし、石が頭に直撃しても死ぬし、炎や光線に飲み込まれても死ぬ。

 そして、大量に飛来するそれらを延々と防御、或いは回避しながら前進し続けられるような真の猛者はそう多くない。


 敵軍後方の修道術士が防壁を展開しているものの、弾幕の全てを消し切ることはできず、みるみるうちに死人が増えていく。

 先ほどまでの士気はどこへ行ってしまったのか。敵兵は消沈し始めていたが、ウォーレスが「怯むな!」と叫び、臆せず先頭を突き進む姿を見せることで何とか瓦解を防いでいる。

 彼は今のところ無傷である。エメラルド色に輝く大剣を盾のようにし、迫り来る飛翔体の重さを失わせて無力化しているのだ。また、修道術士によって防御力強化の術が付与されているのか魔弾にも耐えている。

 

 死の雨の中を駆け抜ける将に圧倒される防衛軍。

 だが、フレデリックはこの結果を予期していた。

 ウォーレスの得意な近接戦に持ち込まれる前に次なる命令を出す。


「全軍、撤退!」

「逃げるか! 平民の血混じりの女王なんぞに大人しく使われている軟弱な老いぼれらしいなァ!」


 そんな挑発を無視し、フレデリックたちは全力で後退し始めた。

 無論、ただ下がるだけでは背後から一方的に攻撃されることになるだろう。

 そこで、彼は元亜人部隊員に生存を最優先として遊撃を任せていた。

 付かず離れずの距離を保ちながら動き回って敵を牽制する。難題だが、純粋な人間族より身体能力に恵まれている彼らならば不可能ではなかった。


「鬱陶しい害虫どもがッ!」


 苛立ったウォーレスが大剣を振り回し、同時に《術式》を唱えて自身を中心に風を発生させる。

 僅かでも剣に触れた者を上空に吹き飛ばし、落下させる必殺の組み合わせ。

 しかし、当たらなければ意味がないどころかマナを浪費してしまう。


 嫌がらせじみた遊撃を繰り返しているうちに、ウォーレスを守らんと敵軍中央がまとめて突出してきた。

 包囲のチャンスであったが、フレデリックは焦らない。

 戦力が充分でない状況で下手に戦列を伸ばすのは、逆に突破されるリスクを孕んでいるからだ。

 

 やがて、先に退路を確保させていた騎兵部隊と合流した。

「周辺に伏兵は確認できなかった」との報告を受け、フレデリックは満を持して翼包囲の指示を行う。

 機動力のある兵を左右から前進させ、術者の多い後方部隊を圧殺していく。

 程なくして侵攻軍は崩壊し、兵が潰走し始めた。


 フレデリックは決して退却を前提とした作戦を組んだわけではない。

 むしろ「彼ならば怯えて逃げるだろう」という先入観を利用した偽装退却を仕掛けたのである。

 

 ウォーレスは全方位を敵に囲まれても、術士と共に術的防御が消え失せてもなお戦意を失わなかった。


「ふざけるな! 貴様のような卑怯なだけの無能に私が負けるなど有り得ん! さあ来い正々堂々と勝負しろ! くだらん女王やくだらん害虫に頼らねば何もできん無能だから怖いのか!? なあァ!」


 大剣を振るうが、わざわざ「正々堂々とした斬り合い」に付き合う者など一人も居なかった。

 フレデリックは彼を捕虜にするのが困難だと判断し、ただ「撃って下さい」とだけ言う。

 直後、ウォーレスは四方八方から来る射撃にさらされた。その全てを聖魔剣で無力化することはできず、身体中を穿たれる。


「……ようやく蛮行のツケが回ってきましたね」


 穴だらけの無残な死体と成り果てた仇敵を見下ろし、フレデリックは積年の恨みを絞り出すかのように呟くのであった。

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― 新着の感想 ―
フレデリック、カッコいいじゃないですか!完勝ですね。
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