表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第二部完結】剣の王女の反英雄譚 ~王女に転生したら王家から追放されたので復讐する~  作者: 空乃愛理
第16章:剣の王女の英雄譚

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

217/240

16章4節:レヴィアス防衛戦②

 フレイナと砲兵らの血の気が引いていく。

 ただでさえ海上の敵を撃滅し切れず被害が出ているというのに増援まで現れたとなると、いくら実戦経験の豊富な彼女達でも平静ではいられなかった。


「……規模は?」


 フレイナが恐る恐る問う。


「報告に来たリルさん達によれば五千ほど。それも、練度の高い元王国正規軍人の騎兵部隊が混じっているようです」


 ルアの答えを聞き、現実が想像を超えてきたことに皆が絶句した。

 フレイナは身体の震えを何とか抑え込み、言葉を返す。


「……あの裏切り者たちですか。レヴィアス攻略にあたっての本命はそちらだったということですわね」

「ええ。突破力と破壊力に特化した使い捨て部隊で消耗させ、制圧を担う本隊を送る……優れた戦術です」

「道徳をかなぐり捨てていることを除けば、ですけど」

「戦いにおいて強いのは『善く在ろうとしている者』ではなく『勝とうとしている者』ですから」

「それで、指揮官としてはどうするつもりなんですの? 海から攻めてくる方だって無視はできませんわよ?」


 ルアは少しの間フレイナの足元を見つめた後、静かに、しかし芯の強さも感じさせる声色で語った。


「フレイナ、そちらの方々と一緒に市街地北の見張り塔まで退いて下さい」

「あなたの家の近くにあるアレですわよね? でも、あそこから海を狙うことはできませんわよ?」

「そちらは《竜の目》と他の兵に任せるので、あなた達は増援への先制攻撃に専念して下さい。犠牲は更に増えてしまうでしょうが……これ以外に手はないかと」

「他に増援担当は居ないんですの? 街に辿り着く前にわたくし達だけで一掃できれば良いのですけれど、そう上手くいくとも思えませんわ」

「私が一人で前に出ます。殺しはできませんが、時間稼ぎという意味では一番向いてる筈です」

「……はぁ!?」


 フレイナは思わず、力なく笑うルアの両肩を掴んだ。

 後方支援があるとは言っても、ルアが一騎当千の《権限》所有者とは言っても、一人で五千人に立ち向かうというのは無理がありすぎる。

 いや、無理があるとかないとかは関係なく、フレイナはルアが死ぬことがほぼ確実であるこの作戦を受け入れたくなかった。

 だが戦力が限られているというのも確かである。

 そして「友の代わりに他の兵が死ねばいい」と思えるほど彼女は我儘でも残酷でもない。


「……フレイナ」


 だから、ルアに真剣な目でじっと見つめられると、ただ手を離すことしかできないのである。


「自分が良い指揮官だとは全く思いませんけど、間違っても背中から撃たないで下さいね。まだ死にたくないので」


 冗談めかして言うルア。いつもだったら茶化し返していたフレイナだったが、今はそんな気になれなかった。


「……ええ。むしろ絶対に生かして差し上げますわ」

「はいっ!」


 フレイナは、ルアとライングリフが結婚式を挙げた時にも感じた、得体の知れぬ胸のざわつきに襲われる。

 しかし、ここは戦場である。そんなことに拘泥している暇はない。

 彼女は雑念を振り払い、部下を率いてルアの背中を追うのであった。




 レヴィアス北部の草原。

 ルアは見張り塔でフレイナ達と別れ、今はたった一人で迫り来る大軍を見据えている。

 常人であれば気を失ってもおかしくないほどの恐怖を、理性と罪悪感でねじ伏せながら。


「死にたくない……なんて、皆同じですよね」


 彼女がここに立っているのは、単に必要に迫られて、というだけではない。

 フレイナへの後退命令について、戦術的な意味があることが大前提とはいえ心の内では「彼女を死なせたくない」という私情を挟んでしまった。

 そのことを恥じ、「せめて自分が最も危険な仕事をしよう」と考えたのである。


 徐々に両者の距離が縮まっていく。

 しばらくして無数の矢が飛来するようになる。それらを《水流(ニクス)》で撃ち落とす。

 敵軍が射程内に入ったのか、後方からフレイナの炎と砲弾が放たれ、戦列を砕く。

 頭と手足、臓物と血しぶきの嵐の中にあっても敵に動揺は見られない。

 最前列の兵はみな装備が貧弱であり、種族も人間族以外が多い。例によって《工場》の人材を盾にしているのだろう。


 また少しして、武器すら構えていない亜人兵の群れがルアをめがけて疾走し始めた。

 

「自爆攻撃ですか……!」


 《権限》の代償として殺しを禁じられているルアは、彼らの足を氷で封じる。

 しかし亜人兵の一部は自らの足を引きちぎり、這ってでも彼女に近づこうとする。

 ルアは兵器として育てられた生命に悍ましさと哀れみを覚えつつも、彼らが自爆の疑似特異武装を起動するよう充分に引き付けた上で、時間停止を用いて回避した。

 感情と理性を切り分ける天性の素質は、極限の戦場においても活きている。


 亜人兵に対応しながら後退を繰り返すルア。

 やがてフレイナ達の砲撃が敵軍後方にも届くようになる。

 圧力に堪えかねたのか、重装騎兵が氷漬けになってもがいている亜人たちを無慈悲に踏み潰し、ルアに突進した。


「偽りの女王に迎合する軟弱者め! ここで自らの過ちを悔いて死ね!」


 フレイナが「裏切り者」と呼んでいた、ラトリア王国正規軍から離反した騎兵隊である。

 ルアは冷静に《停滞(スタグネイション)》で減速させ、馬やそこから降りた兵の足を凍結する。

 馬鹿正直な突撃は通用しないと見るや、今度は歩兵を囮として前進させ、騎兵たちはルアの側面や背後を狙う形で疾駆する。

 包囲から抜けるため、《権限》を発動しようとするルア。


 だが、何も起きなかった。

 疲労の影響で集中が乱れたのだ。

 ルアが殺意に反応して振り向いた時にはもう、目の前に鎧を纏った馬が居た。

「まずい、轢かれる!」――そう思った直後。


 突然、気配遮断を切って姿を現した何かに、騎兵が横から突き飛ばされた。

 他の敵兵も同様に排除されていく。


「一体なにが起こって……」

  

 それらはルミナス帝国が軍用に飼い慣らしていた魔物、地竜であり、乗っているのは魔族や半魔の兵士だ。

「まさか帝国軍がわざわざ助けに来たとでも言うのか?」と困惑するルアのもとに、赤肌の筋骨隆々とした男がやってくる。


「ありがとうございます。あの……ルミナス帝国軍将軍のヴェルキン様ですよね?」

「うむ。ルア殿、ここは我々に任せてもらおう」

「何故あなた方が……?」


 ルミナスの情勢は未だ不安定であり、その原因を作ったのはラトリアだ。

 手を貸す余裕も動機もある筈がない。何か裏があるのではないか。

 疑念を抱くルアに、ヴェルキンが説明する。


「チャペル陛下は『アステリア女王から受けた恩義に報いたい』と仰っていた。我々の中にもそう考える者が現れ始めた」

「恩義、ですか」

「それに、過去の因縁にとらわれ『被害者』で在り続けても良い未来には繋がらん。故に、まだそちらの女王を測りかねているし、ダスク様の件を無かったことにするつもりもないが、今は陛下と共に信じようと決めたのだ」


 かつて敵であった国の将の言葉を聞き、ルアは驚きを露わにした。

 失策を繰り返していると思っていたアステリアが築きたかったものはこれなのか、と。自分はこれに救われたのか、と。


「相当消耗しているようだ。竜騎兵を一人付ける、貴女は街に戻って休め」


 他国の部隊に前線を任せるのは気が進まないルアであったが、自分がこれ以上戦い続けられないことも先の失敗でよく理解していた。


「……良いんですか?」

「そちらの砲兵隊に、我々を巻き込んで撃たぬよう言ってくれ」

「分かりました……では、よろしくお願い致しますっ!」


 世界中がアステリアのことを「無益な無謀を為した暴君」と評価しているわけではない。誰もが考えもしなかったような馬鹿げた理想論の追求に挑んだからこそ得られるものもある。

 ルアはそんなことを実感しながら、ラトリアの民にとっては恐怖の象徴であった筈の地竜の背に乗るのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ルア~~~~っ! 死んじゃうと思ってました。いや、やっぱり死んじゃうのかもしれませんけど。とりあえずよかったです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ