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【第二部完結】剣の王女の反英雄譚 ~王女に転生したら王家から追放されたので復讐する~  作者: 空乃愛理
第16章:剣の王女の英雄譚

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16章2節:最善の布陣

 天暦1048年10月10日、亡命貴族からの宣戦布告を受け、私もまた戦争の開始を宣言した。

 女王として即位してから僅か二月余りで、天上大陸の歴史上まれに見る規模の争いの当事者になってしまったのである。

 それから五日ほど、戦力の動員と配置、民衆の士気を高め協力させるための演説に奔走することになった。


 現在、私の制御下にある兵の数は約二万。

 現代の戦争は《権限》所有者を代表とする「ごく少数のゲームチェンジャー」によって幾らでもひっくり返り得るもので、占領要員が求められる攻撃側はともかく、防御側は物量が殆ど意味をなさない局面もある。

 とはいえ、貴族勢力のバックに少なくとも《ヴィント財団》と聖団が居ることを思えば、あまりにも心許ない数字である。

 こうなったのは私の支持基盤が弱かったり内戦からの復興が充分でない所為でもあるのだろうが、もっと根本的な原因がある。

 それは、二つの捨てられない「拘り」だ。

 一つは、なるべく私自身の手で根回しを行っていること。伝達の齟齬や裏切り、スパイの介入を恐れてのことだが、そのせいで私の処理能力はとうに限界に達している。

 もう一つは傭兵や民兵、冒険者といった外部戦力の雇用基準を緩めないようにしていること。戦中だからといって誰でも歓迎していたら、部下を御し切れず王都占領の惨状を招いた魔王と同じ轍を踏むことになる。

 世の中、信用に値する人間なんていうものはごく限られている。それは前世もここも変わらない。

 レイジはその程度のことも理解していなかった。だから、仮にあいつの本質が善だったとしても罪を背負うこととなり、私に殺されたのだ。

 私はそんな失敗を、信用をしない。

 ゆえに、動員の遅れに繋がっていたとしても、このスタンスを崩すわけにはいかないのである。


 さて。緒戦は十中八九、東方大陸最大の港があるレヴィアス県への侵攻から始まるだろう。

 まだこの王城に連絡は届いていないが、既に戦いが始まっているかも知れない。

 レヴィアスには以前からルアや《竜の目》が滞在している。しかし、どちらも戦闘スタイル的に多数を相手取るのは不向きだから、追加の戦力を送る必要がある。

 そこで、私はフレイナに砲兵――元々はカーマイン公爵家の私兵であり、現在は正規軍に取り込まれている――を連れて加勢するよう命じた。

 射程が長く、高威力な攻撃手段を有する彼女たちは対軍団戦の適性が高い。敵が海路で攻めてきた場合には一方的に数を減らせる筈だ。

 なおフレイナもルアも元ライングリフ派である以上、兵を与えられたこの機に乗じて軍閥化する可能性も否定できないわけだが、その心配はあまりしていない。

 二人とも故郷を愛し、貴族でなくなっても貴族らしい誇りを持っているからこそ、その故郷を人質に取っているとも言える私を軽率に裏切るようなことはできまい。

 私は彼女達の善性を「信頼」しているのではなく、理性を「評価」しているのだ。


 貴重な《権限》持ちを割り振ったからにはレヴィアスは文字通り死守してもらうとして、他の港町については一旦、諦めるしかない。

 今までだって東方大陸に潜伏しているテロリスト共のゲリラ戦に翻弄されて制圧できなかったのに、増援が来ている状態で落とし切れるとは考えられないからだ。

 となれば当然、レヴィアスを守り切ったとしても、敵は王都制圧に充分なだけの兵を送り込んでくる。

 それを迎え撃つのが正規軍の仕事だ。彼らは市街戦に向いていないので、王都の北から西にかけて広がる旧領地の平原に展開し、正面からぶつかる。

 ライル、それからリルとその部下は例によって偵察担当である。港町に出向き、敵軍の出方を窺ってもらっている。

 最後に、私と近衛騎士団で王都を防衛する。

 こちらの軍門に下っていない貴族勢力はまだラトリア勢力圏内に残っている。奴らは間違いなくこの侵攻に合わせて王都になだれ込んでくるだろう。

 更に、もし聖人会が介入することになった場合、レイシャという最強の移動手段を擁している彼らは恐らく直接、ここに現れる。

 私も最前線に出て戦いたいところだが、隙を突かれるリスクを抱えたままここから離れることは不可能だ。


 いま出来る限りで最善の陣を敷いたと思っている。それでも、かつてないほど厳しい戦いになるだろう。

 私は玉座に座ったまま《勝利剣ウルスラグナ》を召喚、剣の腹を額に当てて祈った。


「……『勝利剣』って言うならさ、勝たせてよ。もう最後なんだから」


 こんなにも「負けたくない」と願ったのは人生で初めてだ。

 ここで負けたらその人生全てを否定されたような気持ちになってしまうから。


――しかし、私はいったい何を考えているんだろうな。「人生に価値はない」と思い、一度は自ら否定したっていうのに、どうしてこれほど必死になっているんだろう。



*****



 レヴィアス県。ルアの邸宅の応接室で、彼女は最近めっきり減ってしまったフレイナとの二人っきりの時間を過ごしていた。

「これから戦いが始まるというのに喜んでいる場合ではない」と思いつつも、胸の高鳴りを抑えられないルア。

 そんな彼女の想いに気づいていない様子のフレイナ。


「ルア、やっぱり緊張してますの? さっきから黙って……」

「え、ええ……」

「不安ですわよね。この戦争、こちらが相当不利なのは間違いないでしょうし」


「そういうことじゃない」という言葉を飲み込み、ルアは話を合わせることにした。

 彼女の中に戦いへの不安があるのは確かだが、この場においてはもっと別の感情に揺り動かされている。


「『死んでも勝て』って、陛下は無茶を言ってくれたもんです」

「その陛下……リアもこの頃ずっと追い詰められたような顔してますわよね」

「実際、追い詰められてるんじゃないですか。やりたいことは分かります。あの志がたぶん本心なんだろうなってことも。でも、誰もついて行けてないんですよ」

「ですわね。そうは言っても、わたくし達はついて行くしかないんですけれど。亡命貴族たちの頭にあるのは富や権力への執着だけ。その点、リアはやり方が無茶苦茶ですけれど、少なくとも未来を見据えていますわ」

「はい。ホント、どうしてこんなことになってしまったんでしょうね。リアさんも、私たちも……」


 二人は共通の友人にして、かつての敵にして、今の主の愚痴で盛り上がり、緊張をほぐす。

 それから少し沈黙を挟んで、ふとルアが意を決したようにフレイナの目を見つめ、口を開いた。


「……フレイナ。えっと……この戦いが終わったら……」


 その時、応接室に兵が駆け込んできた。


「ルア様! フレイナ様! 敵襲です!」

「っ……! ついに来ましたか! フレイナ、行きましょう!」

「え? わ、分かりましたわ!」


 ルアはタイミングの悪い報告への苛立ちを隠し、困惑気味のフレイナを連れて邸宅を出るのであった。


 ルアが言い損ねた言葉は「この戦いが終わったら大事な話がしたい」というものだった。

 彼女はついに、秘めた想いを伝える決心をしたのである。

 たとえ蔑まれ否定されたとしても。たとえ今の関係が壊れてしまうとしても。

 ずっと想いを封じたままでは、いつか地上に逝く時に後悔すると思ったから。

 そんな重い決心をふいにされた形とはなるが、一方で、彼女は大事なところを言い損ねたことに安堵してもいた。

 戦いが始まる前に終わった後のことを話すというのは縁起が悪い。その戦いが、今回のように過酷になることが約束されたものであれば特に。

 ルアは儚くも大切な希望をそっと胸の奥にしまい込み、戦いに集中することにした。

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死亡フラグ立ちすぎでは!?誰が勝って、誰が負けるのか。誰が死んで、誰が生き残るのか。 全然予想がつきません!続き待ってます!
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