15章6節【15章完結】:東西分断
東方諸国で大して実りのない時間を過ごした私は、暗澹たる思いを抱えながらラトリアの王城に帰還した。
出迎えたのは、深刻そうな顔をしているライル。
ただでさえ社会情勢の激動でストレスを溜めていたところにウォルフガングの死が追い打ちをかけたのか、最近の彼は明るく振る舞う余裕をすっかり失くしていたのだが、今日はいつにも増して不安げだ。
玄関では話し辛そうだったので、彼と共に会議室に向かう。
廊下を歩く最中、私たちは一言も言葉を交わさなかった。
冒険者時代の私とライルなんて、どちらも本質はともかく表面上はお調子者だったから、暇さえあれば他愛もない雑談ばかりしていた筈なのに。
なんだか心の距離が随分と離れてしまったような気がする。
でも、それでいい。今の私は一介の冒険者などではなく、ラトリアという大国を――世界を導いていかねばならない女王なのだから。
移動中に覚悟が決まったのか、到着するとすぐにライルから話を切り出した。
「リア。西方大陸に逃げた貴族どもが宣戦布告をしてきやがった。連中、『国を魔王の再来から奪還する』とか何とか言いたい放題だ」
「……そっか」
口に出せたのは、そんな淡々とした返事だけだった。
驚いていないわけではない。あまりの急展開に頭が真っ白になってしまったのである。
「『そっか』って、もっと何かないのか?」
「あぁ……うん、ごめん。こうなること、分かってはいたんだ。なんなら準備さえ整ったらこっちから攻めるつもりでいた。だけど、いくらなんでも早すぎる」
「それだけ連中のバックに居る《財団》が本気で潰しに来てるってことだろうな。ルアから報告があったが、奴ら、その辺のテロ組織如きにも新型の疑似特異武装を与えてるようだし」
「王都で実験したアレの完成形かな……聖団の方は何か言ってる?」
「宣戦布告に同調してるよ。聖団騎士と修道術士を送り込んでくるつもりみたいだ」
「破門済みだし、もう躊躇う理由はないか。聖人会はどう?」
「独自の声明は出してない。ただ聖団が動く以上、楽観視はできねえな」
「……分かった、ありがと」
「ど、どうするつもりだよ」
ライルが狼狽えながら言う。
「どうする」って、それは愚問というものだ。
「戦うしかないでしょ。ここで弱腰なところを見せたら今までやってきたことが全部台無しになる。私を信じてくれた人たちを裏切ることになる」
「そんなこと言ったって、やれるのか? あんたが剣士としても将としても強いのは誰よりも知ってるけどよ、今回ばかりは……」
どうせこちらに選択肢なんてないのに消極的なことを言うな。
私は苛立って、つい意地の悪い返しをしてしまう。
「やれるも何も、やるしかない。もしかして怖くなった?」
それでも彼は優しいから、決して怒りを露わにはしない。
「いや、あんたのことが心配で……」
「しんどかったら降りていいからね?」
「そんなに俺って頼りないか?」
「そうは言ってないじゃん! きみのことを思って……!」
「俺さ、あんたのことが分からないんだよ……ずっと昔からそういう部分はあったけど、女王になってからは特に」
辛そうに語るライルを見て、私はハッとなった。
彼に八つ当たりをして、傷つけて何になるっていうんだ。
「……みんなを呼んでくるからここで待ってて。どう防衛するか考えなきゃ」
気まずさに耐えかね、私は会議室を後にした。
今、私とこの国は未曾有の危機に陥っている。
旧ラトリア勢力圏の統一は遅々として進んでいないし、戦力の再編成も完璧とは言えない。
復興や改革、各種新規プロジェクト、西方連合による経済制裁で資金が底を突きかけている。
そのような状況下で、亡命した奴らと《財団》、聖団の部隊が一丸となって私を殺しに来るというのだ。
「……なんでこんな戦争しなきゃいけないんだよ」
廊下で立ち尽くし、独りごちる。
私は誰もがまともに生きられる世界を作ろうとしているだけなのに、権力や富に固執する連中はそれを邪魔する。
格差社会の中で上位に立つことでしか幸せになれない奴らが必死に足を引っ張ってくる。
腹立たしくて仕方がない。
――いや、今更なにを言っているのか。
私のよく知る人間ってやつはそういうものだろう?
立ち向かってくるのであれば怒りを以て叩き潰すのみ。今までもやってきたことだ。
そう、「私が」やらなきゃ誰がやる。
許し難いものをぶち壊す為にここに来た転生者として。苦しみを知る王女として。復讐者として。外道として。数多の希望を託された女王として。
あらゆる過去と想いと責任を背負って戦うんだ。
私が。
私が。私が。
私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が。私が――
*****
聖人会の円卓を十三人が囲んでいる。
レインヴァール。アダム。レイシャ。レティシエル。アレス。アルフォンス。トロイメライ。クロード。
そして《夜明けをもたらす光》の一員ではあっても聖人ではない筈のアイナや、《シュトラーフェ・ケルン》の四人まで居る。
聖人ではない者たちがこの場に居るのに、本来であれば会議に立ち会うべき法王は呼ばれていないことから、聖人会の元々の結成目的が形骸化していることが見て取れる。
ここに在るのはもはや「天神聖団に首輪をつけられた強者たちの相互監視機関」ではなく、少数精鋭にして最強の独立勢力である。
レティシエルとクロード、怪しげな笑みを浮かべた二人が向き合って話している。
「やはりあなたとは気が合うようです。クロード様のお陰で私の狙い通りの展開になりました」
「いやぁ、レティシエル様のような聡明な方にそう言っていただけるとは光栄です。それにしても、アステリア陛下に政治は向いていなかったみたいです」
「良くも悪くも剣のように実直なのですよ、あの子は。とはいえ王座に就くまではもう少し上手く立ち回っていたはずですが……」
「何か焦っているようにも見えますよねぇ」
アダムが二人の会話に割って入る。
「あの女の心情などどうでもいい。我々は出向くべきか否か、それが重要だ」
「まずは亡命した方々と聖団に任せて様子見……ですが、私たちも介入するつもりで居るべきでしょうね。相手はあのアステリア、戦略面はともかく、戦術眼や個人としての戦闘力に関しては天才的と言っていいでしょう。加えて、ルア様とフレイナ様があちらに付いたようですし」
レティシエルの言葉を聞き、先ほどまで欠伸をしていたアレスの表情が一気に明るくなった。
「今度こそ本気でやり合えるって期待していいってことだよね!? 楽しみだなあ……キミのせいでずっと飢えてたんだよ」
「ええ。時が来たら存分に暴れていただければと」
そんなやり取りを眺めていたアルマリカが苦笑いをする。
「ホント、酷い王女サマっすね。いや、最高のタイミングでライングリフ殿下のところから引き抜いてくれたのは感謝してるんすけど」
「そう言わずに。王室直属だった頃よりもずっと高待遇にして差し上げたではありませんか。オーラフ先生も、アステリアの排除については納得いただける筈です」
「無論です、殿下。あの者はラトリアを破壊し、いずれは世界をも破壊する存在。生かしてはおけません」
そこで、会議が始まってから今まで黙りこくっていたレインヴァールが口を開く。
「本当にやらなきゃいけないのか? リアは……倒すべき悪人なのか?」
「はい。女王になった過程も問題ですが、何より、あれが女王になってしまった為に社会は崩壊の一途を辿っています」
レティシエルが答えるも、納得いっていない様子だ。
「あの子の願いは平等な世界だ。確かに今は上手くいってないけどさ、もし上手くいったら、それって聖人会の理想にも合致するんじゃないか?」
「その『平等な世界』の頂点に立つのはアステリアです。彼女は恐怖で全てを支配しようとしているに過ぎません。騙されないで下さいませ、勇者様」
「本当にそうなのかな……」
アステリアの思惑も想いも知らぬレインヴァールには、それ以上反論できなかった。
会議室を重苦しい沈黙が流れる。
少しして、アルフォンスは「席を外します」とだけ告げ、トロイメライの手を引いて退室した。
廊下を歩きながら、数刻前の法王との会話を思い出す。
彼は「アステリアの討伐」を掲げる法王に反対の意を示していた。
「アステリアが危険人物だと判断するのはまだ早いのではないか」と。「この戦いで我々が血を流す正当性は在るのか」と。
しかし法王は彼の意見を一蹴するばかりであり、失望感を燻らせていたのである。
会議室から充分に離れると、アルフォンスはトロイメライの目を真剣に見つめ、話し始めた。
「トロイメライ様。あなたに何かを求めることが不敬であるとは承知していますが……その上で願います」
「なんでしょうか?」
「天神聖団を導いて頂きたい。今の聖団は世俗に飲み込まれています。端的に言って、レティシエル王女や《財団》に操られている。私は、あの者達に仕えることが秩序の守り手として正しいとは思いません」
アルフォンスの冷静ながらも熱意に満ちた物言いに対し、トロイメライはいつも通り「心ここにあらず」といった様子だ。
「難しいことを言わないで下さい。私は神意のままに判断し、行動するだけのシステムに過ぎません」
「神は『現世を諦め、来世だけを見つめろ』とおっしゃっているのですか?」
「それは……何にせよ、自分の意志がない私がこの世に対してできることなど一つもありません」
どこか悲しげに語るトロイメライ。
アルフォンスは、かつて彼女から聞いた秘密を想起した。
トロイメライが持つ転生の《権限》、《希望の誓い》の代償は「人の心が読めてしまうこと」である。
これにより聖人会結成の折に《権限》の所有者を特定できたのだ。
そして彼女は遠い昔から、自由に制御できないこの代償に苛まれ続けていた。
「あなたは他者が内に抱えた苦しみに際限なく触れ続け、この世の救われなさに絶望してしまった。だからこそ、心に希望を灯してくれる存在を求めて救済の旅をしていたのではないですか?」
「……」
「今の現世にはそういう人々が居ます。彼らを守りたいとは思いませんか?」
「……私にできるのでしょうか。何の力もない私に」
「あなたに出来ないことは私にお任せ下さい。どうか、なるべく早いご決断を」
一方その頃、地上にて。
転生の女神、理亜は、灰色の壁に囲まれた無機質な部屋で、何かの機械を操作していた。
桃色の髪の女神、フィーネが不安げに声を掛ける。
「理亜ちゃん……ついにこの時が来たんだね」
「ええ。と言っても結末がどうなるかは読めないけれど、恐らくは『これ』を使うことになるでしょう」
「調整は?」
「あと少しで終わるわ」
フィーネは壁にもたれ掛かり、膝を抱えた。
「全て予定通りに行ったとして……勝てるのかな、フィーたち」
「『私たちなら絶対に勝てる』って言って欲しい?」
「……情けなくてごめん」
「いいわよ、そういうところがあなたの良さだから。それでいて何だかんだ意志が固いところもね」
それに対し、フィーネはただ儚げに微笑むのみ。
しばらくして、彼女は天井を見上げて呟くのであった。
「……ごめんね、アステリアちゃん」
これにて第15章は完結です。次章「剣の王女の英雄譚」編をお楽しみに。(第2部最終章となります。)
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