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【第二部完結】剣の王女の反英雄譚 ~王女に転生したら王家から追放されたので復讐する~  作者: 空乃愛理
第15章:英雄、或いは魔王

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15章4節:信じる者、疑う者

 ある日、フェルディナンドは公務のため、かつての自領であるドラティア県を離れ王都に訪れていた。

 街の風景はライングリフとアステリアの戦争――「ラトリア継承戦争」以前と比べて様変わりしており、国外から流入してきた獣人や魔族、半魔が大通りを闊歩している。

 彼らは元とはいえ貴族であるフェルディナンドに攻撃的な視線を投げかける。人間族の市民もまた、治安の悪化を招いたアステリアの派閥に属している彼をあからさまに敵視する。

 流れる空気は剣呑であり、いつ暴力沙汰になってもおかしくない。

 王都がこのような状況になってしまっていることをフェルディナンドは知っていたが、新ラトリア法によって貴族という立場だけでなく資産まで失ったため、昔のように護衛を引き連れることはできなかった。

 優秀な術士としてずっと付き添い続けたエミルも今や妊娠しているので自宅で安静にさせている。

 そういった事情により一人で行動していた彼は、何者かが広場で演説をしているところに遭遇した。


「魔王の再来アステリアは戦争で勝つためにこの街で大量破壊兵器を使用し、守るべき民を虐殺した! あんな女に国を預けたままでいい筈がない!」


 女王を非難する叫びに市民が同調している様子に、フェルディナンドは頭を抱えた。

 戦争の最終局面で謎の大爆発が発生したことは当時、現場を離れていたフェルディナンドを含む大勢が知っている。

 アステリアの発表によれば「《ヴィント財団》の仕業」とのことだが、証拠が残っていないため実際のところは誰にも分からない。

 そんな中、いつからか「あの爆発はアステリアが手下の研究者に作らせた新型の疑似特異武装によるものだ」という噂が流れ始め、すぐにアステリア自身の言い分よりも市民権を得たのである。

 無論、彼女を信じているフェルディナンドとしては到底受け入れられるものではない。


 彼はカッとなり、聖魔剣を抜いて演説を止めさせようとしたが、辛うじて自制し、巡回しているであろう近衛騎士を探して報告することにした。

 しかし演説をしていた男の方が彼に気付き、その場から声を掛けてくる。


「おやおや、これはドラティア公爵家の御子息ではありませんか!」

「今はもう貴族ではない。その呼び方はよしてくれないか」

「ふむ、黙ってアステリアの圧政を受け入れると。どうやらあなたはラトリアの理想に殉じたお父上ほどの誇りは持ち合わせていないらしい。やはり『冒険者ごっこ』に興じていた放蕩息子に過ぎませんか」


 挑発的に言う男に、フェルディナンドは冷静に反論する。


「自国の領地を焼き討ちし、無辜の民を虐殺することが『誇り』だと言うのであれば、僕はそんなもの無くて構わない。父のことは敬愛していたが、あの行いは断罪されて当然だ」

「この世には死んでいい者とそうではない者が居る。あなたや女王はそれだけのことも理解していない。なんと視野の狭い……」

「話にならないな。貴様、誰に雇われてこんなことをしているのか知らないが、騎士団に逮捕されたくなければ陛下の中傷はもう止めることだ」


 そう言ってフェルディナンドは広場を去った。



 新ラトリア法に対する一部勢力の反発と武力衝突。増長する悪しき異種族。新女王への不信感から来る民の不安。

 アステリアが即位してから社会は乱れゆく一方である。

 それでもフェルディナンドは、苛烈さの奥に秘めた善性を幾度となく見せてくれた彼女を信じ続けている。

 この苦難を乗り越えた先に、新たな時代を築いてくれると。

 《魔王軍》の幹部を倒した時に感じた虚しさを、二度と味わわなくていい世界にしてくれると。



*****



 新ラトリア法を発布してから一ヶ月ほど経ち、各勢力のスタンスは概ね明確になってきた。

 まず、新ラトリア法に反対する貴族や上流市民は徹底抗戦の構えを示している。彼らが立てこもった旧領地のうち半数程度は制圧、残り半分は苦戦中といったところだ。

 既に制圧した地域を支配していた勢力も一掃とはいかず、一部は敗走を許してしまった。東方大陸最大であるレヴィアス港はルアに封鎖させているものの、まだこちらの手に落ちていない港もあるため奴らの亡命は阻止できそうにない。


 より厄介なのは、そういった亡命者を保護している西方連合と《財団》だ。

 連中は「アステリアは大量破壊の疑似特異武装で民間人を虐殺した」「国王を脅して王位を簒奪した」などと事実無根の主張をし、「正義のための経済制裁」を科してきた。

 更には反対派勢力に大量の物資や人材を供給している。制圧が一向に進まない地域があるのは王国正規軍の再編成が充分でないというのもあるが、その支援によるところが大きい。

 各地に潜む小規模武装集団にも疑似特異武装を含む武器を供与しているようで、制圧済みの地域でも次々と人死が出ている。やはり港の掌握が肝要ということなのか、レヴィアスでは毎日のように政府関係者の襲撃や自爆テロが発生しており、ルアは相当に手を焼いているらしい。


 戴冠式への参加を拒んだ天神聖団もより強硬な姿勢を見せてきた。 

 法王が「魔の手先となった罪」で私を破門したのである。

 まあ無理もない。新ラトリア法で掲げた地上開拓計画は、聖団にとっては希望どころか宗教的神秘性を穢す悪行に他ならないのだから。

 聖団が私を敵と見做した以上、聖団騎士や修道術士、そして最強の武装勢力と言っても過言ではない聖人会がいつ襲いかかってきてもおかしくない。


 以上が敵対勢力の動向である。

 一方、外部における唯一の味方であるルミナス帝国については再建が滞っているようだ。

 あちらはしばらく占領状態が続いていたため、チャペルが私よりも自国民に支持されているとは言っても厳しいものがあるのだろう。

 支援は期待できそうにないが、あの子は自分の国を保つことに集中してくれればいい。「東方大陸北部が敵ではない」というのはそれだけで価値がある。


 さて。残るは東方諸国だが、彼らだけは沈黙を貫いている。

 私は代表たるレンの思惑を探るため、エストハイン王国王城にて一対一の会談を行うことにした。


 真紅の絨毯に金の調度品。相変わらず豪奢な会議室で、私とレンは一通り情報交換を行った。


「……なるほど、災難続きじゃな」

「本当にね。奴らの言ってることはメチャクチャだよ。私は父の合意を得て王位を継いでるし、噂になってる大量破壊兵器だって本当は《財団》が作ったものなのに」

「王都への侵攻、新型《術式》の販売……噂が真実味を帯びるのに充分な土壌はあったからのう。クロードのやつもそれが分かっていたから、お主を嵌める為に例の兵器を使ったのじゃろうな」

「そうなんだけどさ……で、レン様はどうするつもりなの?」

「別にどうもせん」

「東西対立に関しては静観を貫くってこと?」

「うむ」


 消極的な姿勢に苛立ちを感じたが、それを表情に出さないようにして話を続ける。


「確かにレン様たちにとって脅威度の高いライングリフは死んだ。でも、仮の話だけどさ、奴の遺志を継ぐ貴族たちが王権を取りでもしたら同じことになるよ?」

「じゃろうな」

「クロードはもっと危険。ほら、東方諸国って昔から《ドーンライト商会》の影響拡大を恐れてきたよね。《財団》はその商会の比じゃない力を持ってるんだよ?」

「分かっとる」

「なら……」

「もう少しわらわ達の視点に立って考えてみい。お主は果たしてそういった連中よりも信用できるか? 東方諸国に悪影響を与えないと保証できるか?」


 レンの厳しい言葉を否定できず、閉口することしかできなかった。

 今のところはラトリアの秩序の再構築、西方の脅威の排除、地上開拓が優先であり、東方諸国に干渉するつもりはない。

 だがそれは単に「余裕がないから」というだけのことである。他の地域よりずっとマシとは言っても、ここにだって格差はある。つまり、いつかは是正させる為に政治的圧力を掛ける必要が出てくる。

 その時、もしレンたちが飽くまで現状維持を望んだのなら、ラトリアは武力を行使せねばならないのだ。


「アステリアよ、お主はもっと現実的で打算的な思考ができる奴だと思っておったぞ。掲げた理想を否定するつもりはないが、慎重な改革はできんかったのか?」


 呆れ顔で語るレン。

「そんな時間はないんだ」と正直に返すわけにもいかず、私はただ眉間にしわを寄せた。


「ずっと協力してきた手前、わらわ個人は信じてやりたいところじゃが、流石に今の危うすぎるお主にまで手を貸すのは無理じゃ」

「……分かったよ。じゃあ、せめて中立で在り続けることだけは約束して」

「それなら構わん。わらわ達は所詮、弱小国の集まりじゃ。こんな争い、関わらずに済むならそれに越したことはないと皆思っとる」

「商取引も継続してくれる?」

「それも約束しよう。お主との取引から得られる利益はこちらとしても捨てがたいからのう」


 私は失望感を隠さないままレンと握手を交わし、形だけの挨拶をしてその場を離れた。


 レンの主張が妥当であることは理性では分かっている。東方諸国でも何でもないラトリアの理念に従って上流階級への締め付けを行えば、彼女は売国奴扱いされて王座を追われてしまうだろう。

 だが、気持ちとしては「裏切られた」と感じざるを得なかった。

 手伝う気がないというのであれば好きにしろ。私は私だけでこの苦境を乗り越えてみせる。

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