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【第二部完結】剣の王女の反英雄譚 ~王女に転生したら王家から追放されたので復讐する~  作者: 空乃愛理
第15章:英雄、或いは魔王

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15章3節:新ラトリア法

 天暦1048年9月1日。20歳を迎えたその日、私は新ラトリア法を発布した。

 これこそが、この腐敗した社会を作り変えるための大きな第一歩となる。

 内容としては人類平等宣言の通りで、人を階級や種族で分断するような制度を撤廃した。

 それに伴って領主や領地といった概念もなくなり、全てはラトリア政府の管轄となる。

 これだけでは権益の差は埋まらないため、累進課税によって富裕層から強制的に金品を取り上げる。

 当然、こうして得た税収は全て社会に還元する。


 まずは戦争によって損なわれたインフラの復旧や改善を行う。

 また、近衛騎士団や王国正規軍といった暴力装置の編成も抜本的な見直しが必要となるだろう。

 領主が自分の裁量で兵を揃えて土地を守ることができなくなるため、私が兵を各地に配置して防衛させねばならないのである。

 教育拡充も喫緊の課題だ。階級や種族に関係なく人を教育し、その過程で有能な教師が各々の才能を見出していくことで万人が活躍できる社会にする。

 私がブレイドワース辺境伯領を運営するにあたり、難民に対してやってきたことだ。私のような人嫌いにもできたのだから、その気さえあれば誰にだってできるだろう。


 それらと並行して、地上開拓計画の準備も進めていく。掲げる目標は「呪血病を根絶する方法の発見」だ。

 とはいえ、もしそれが見つからなくても、天上大陸には可住地面積の問題もあるので開拓を行う価値は大いにある。

 魔王戦争だって、安全に住める土地が少ないからこそ起きた悲劇なわけで。

 所詮、人間は分かり合えない。相容れない者同士が共に暮らすことで生じるのは相互理解などではなく、より立場が弱い者に対する迫害だけだ。

 前世の私を追い込んだ学校も、悲惨な現実から目を背けた愚かな大人たちは「異なる価値観の人間を受け入れる練習の場」とか何とかのたまっていたが、実際はそういう場所に過ぎなかった。

 こういった問題を解決するには、弱者が自分の敵から充分に距離を置いて暮らせるほど広大な土地が必要なのである。

 何にせよ、アルケーによれば地上に繋がるゲートを開くには相当な人数の術士が居なければならないようだし、それだけでなく実際に開拓を行う人員や物資も大量に用意する必要がある。

 すぐに開拓を始めることはできないだろう。私が呪血病で死ぬまでの間に地上を拝めない可能性だって充分にあるが、だからこそ残される者たちの為に計画の土台くらいは早めに整えておきたい。


 さて。新ラトリア法で示したこれらの目標があまりに急進的で、そう容易く達成できるものでないことはよく分かっている。

 それでも命尽きる前に限られた人的、物的資源で支配を確立させ、この法を機能させねばならない。

 そんな無茶を通す方法は一つしかない。


「恐怖」だ。恐怖はその対象を実態以上に強大に見せる。

「あいつの前に立ち塞がったら死ぬ」と思わせるんだ。要は冒険者時代に散々やってきたことを、より大きなスケールでやろうというだけの話である。


 手始めに、私は《アド・アストラ》を使ってとある旧ライングリフ派貴族の罪を暴き、捕縛した。

 その貴族は《工場》から私兵として奴隷を買い取り、反逆を企てていたという。

 私は王都で彼の公開処刑を行うと共に宣言した。


「ラトリアの生まれ変わりを妨げる愚かな旧貴族家……《工場》と呼ばれる人身売買組織を運営し、社会を乱している西方連合……そういった内憂外患に対応するために、必要とあらば私はいかなる手段も厭いません。彼のように首を落とされたくなければ新たな秩序を受け入れなさい」


 この出来事を受け、反対派貴族や裕福な平民が大人しく恭順する道を選んでくれると期待した。

 だが実際にはその大半が国外逃亡を選んでしまった。

 好機と言わんばかりに西方連合――実質的には、それらを支配する《ヴィント財団》――が「アステリア女王に脅かされている人々を保護する」などと主張し、難民を受け入れ始めたせいだ。

 逃げていった奴らは私が手を出し辛い西方大陸を拠点とし、武力をかき集めてラトリア侵攻を計画していると聞く。

 どうやら奴らにとっては私よりも、金儲けの為に犯罪組織を運営している連中の方が正しいようだ。

 富める者はそうでない者よりも多くを支払い、弱者を助ける。新ラトリア法は「当たり前」のことしか言っていないのに、そんなにも受け入れ難いのか。


 

 休まずラトリアの立て直しに尽力する日々を過ごすにつれ、疲労も相まって私の心は段々と闇に染まっていった。

 ああ、自分が危うい方向に突っ走っているのは自覚しているんだ。

 でも、ここで私がやり方を再検討したところで社会が良くなるのかと言えば、ならないだろう。

 民主主義? 良い言葉だが、そこから生まれる現実は足の引っ張り合いや衆愚政治だけだ。

 大半の人間はいつだって「世のため」ではなく「今より少しでも多くの富や権力や名声を得るため」の競争で熱意と資源を無駄遣いしている。

 そんな連中に支配権を僅かでも託すべきではない。

 故に、どれだけ危うかろうとそれが止まる理由にはならない。

 私はクソったれな選択肢しかない中で、クソったれなりの最善を選んでいるつもりだ。



*****



 ライルとリルは、王城の休憩室で身体を休めていた。

 二人は正規軍と連携し、領地を明け渡すことを拒んで武装蜂起した貴族を暗殺する任務から帰ってきたところである。

 リルがソファでうつ伏せになってリラックスしている一方、ライルは物憂げに天井を見上げている。


「ライル、あんたまだウォルフガングのこと気にしてるニャン?」

「あ、いや……確かに『リアならなんだかんだ先生のこと助けられたんじゃないか』って何度も考えたさ。でも今は『仕方なかった』って割り切ってるよ。リアが前を向いてるんだから俺だって引き摺っちゃいられない」

「じゃあどうしたニャン? そんなしょぼくれてさあ」

「リアが心配なんだよ。ずっと働きっぱなしなせいかどんどん体調崩してる感じがしねえか?」

「あ~……」

「なのに誰にも何も相談しない。命令はしても助けは求めない。新ラトリア法だって一人で作っちまったしな。『全部一人でやらなきゃ』ってなって孤立していってるように見えるんだよ……」


 ライルが深刻そうに語ると、リルは起き上がって彼と向き合った。


「ん~、仕方ないんじゃないかニャ~」

「俺たちが頼りないのが悪い、ってか?」

「……というかさ、誰もアステリア様の隣には立てないよ。お仕えしてるうちに分かってきたんだ……あの人は他の人間とはどっか違う目線で世の中を見てるって」

「それは……そうかも知れんが」


 真面目な口調で言うリルに少し面食らいつつも肯定するライル。

 彼もウォルフガングと同じく、何らかの確信は持てないまでも王都脱出以後のアステリアに違和感を覚えていた。


「だからリルはずっと憧れてるの。生きる理由だけじゃなく夢まで見せてくれるアステリア様に。本当に世界を変えられるのは……英雄になれるのは、ああいう人でしょ?」

「……」

「不満?」

「そうじゃなくて。俺たちは立場の差こそあれ対等な仲間だと思ってたからさ、寂しいっつーか……」

「ふぅん……そういうもんニャンかね。リルはもともと対等な存在じゃなくて『手下』として傘下に加わったから、その辺りの感覚は違うニャンね」

「確かに、あんたは領主になってからのリアしか知らないからな……」

「まあ手下ってのは出過ぎたことは考えず、求められたことを精一杯やるしかないのニャ。それが一番、主の助けになるニャ」


 ライルはその結論を素直には受け入れられず、黙り込んだ。

 しかし「余計なお世話にならない形でアステリアを救う方法」も特に思い浮かばず、あれこれ悩んだ末に結局は「今はリルの言う通りにするしかないか」と諦めることしかできないのであった。

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― 新着の感想 ―
呪血病だけじゃなく普通に心身の不調まで。 二部、もしかしてアステリアが死んで幕だったりするんでしょうか。 一部と二部でアステリアの立ち位置が大きく変わったことを考えると、 あり得なくもないような……
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