2章9節:ルグレイン伯領侵攻戦
私とライル、ウォルフガングは一旦、宿に帰った。
そしてネルに聞かれないように注意しつつリーズに状況報告を行った後、他のパーティとの合流時間まで可能な限り《狩人の刃》やルグレイン女伯マリアンナに関する情報収集を行った。
これまでの情報や私たちの予測が正しければ、奴らはルグレイン伯領にて私たちを迎え撃ってくる筈だ。
だが当てが外れて、これから実行することになるであろう三パーティによる総攻撃が無駄に終わるという可能性もなくはないと考えたのだ。
調査の結果、敵組織そのものについては何も得られなかったものの、マリアンナという個人に関しては、現在のところルグレイン領内の彼女が所有している屋敷に滞在しているのは概ね間違いないということが分かった。
それだけ確信が持てれば充分だ。後は天運に任せるしかないだろう。
そうこうしているうちに時が過ぎていき、夜が訪れた。
***
《ヴェンデッタ》、《竜の目》、《輝ける黄金》の面々を、先日の決闘が行われた広場に集めた。
他のパーティの「密偵をさせられている疑いがある者」は今この場には居ないが、ネルに関しては「とある事情」により、あえて同席させている。その件については事前に《ヴェンデッタ》の三人に対しては説明済みだ。
私は皆に現状を伝え、これからの行動――ルグレイン伯領への総攻撃を提案した。
まず《竜の目》の面々が、すぐに同意を示してくれる。
「オレは乗るぞ。三年ぶりのお前たちとの共闘だ」
「協力とか苦手なんだけど、今回ばっかりは私たち三人だけじゃ手を焼きそうだし、手伝ってあげるよ」
「他の冒険者との争い……辛いですけれど、やるしかありませんよね……精一杯、頑張ります」
続いてフェルディナンドが、少しだけ尻込みしつつも頷いてくれた。
これから人間同士の本気の殺し合いに参加することになる訳だから、そういった経験が無さそうな彼に躊躇が見られるのも無理はなかろう。
「……わ、分かった。僕の愛する仲間たちを守る為だ。何とか尽力してみよう……まあ本気が出せるかどうかは分からないが……」
「嫌でも本気出さないと死ぬよ?」
「お、脅かさないでくれないかリア! いや、もしかして僕を心配してくれているのか……? ならば安心してくれ。僕は天才だから死にはしない!」
挫けそうな心を抑え込んで啖呵を切るフェルディナンドを無視し、話を続けた。
「さて。結構高い金を出して《術式》による強化に対応出来る高速馬車を借りてきたから、移動はそれで行おうと思うよ。ルグレイン伯領はそう遠くないから一時間以内に到着出来る筈」
そう言いながら、私は《竜の目》に目配せをした。「今の話にツッコミを入れるな」という合図だ。
彼らには「騎乗可能なドラゴン」、そして以前の戦いで見せつけられた「ドラゴンを隠匿出来る高度な《術式》」という切り札があるのだが、意図してそこに触れなかった。
こちらに何らかの思惑があるのを察してくれたのか、彼らは黙って続きを促す視線を送ってくる。
「城門に関しては、もともと不審な連中も含めて多くの人間が商売の為に出入りしている領地だから、商団のフリをしておけば問題なく突破出来ると思う……そもそも、私たちを殺したがってる敵の方から歓迎してくれるだろうけど」
「待ってくれ! 僕らは殺意むき出しの獣共の縄張りに自分から飛び込むことになるのか!?」
「今更何を言ってるんだよ、フェルディナンド。まぁ、どうしても恐怖が拭えないってなら不参加でも良いけど……もし私たちが失敗して全滅したら、そんなヤバい相手に自分たちだけで立ち向かわなきゃいけなくなるね?」
「くっ……ひ、引く気はない! 言ってみただけだ!」
「よろしい……さあ、出来れば今すぐに動き始めたいんだけど、準備は出来てる?」
まず《ヴェンデッタ》を見て、次に《竜の目》、その次に《輝ける黄金》を見た。
みな大丈夫そうだ。何となく私が仕切る流れになっていたので、《輝ける黄金》の女たちが少しだけ不満そうだが、まあいい。
じゃあ、最後にネルにも声を掛けておこう。
「……ネルちゃん。私は前に『役に立ってもらう』って言ったけれど、今がその時だよ」
「うん」
「これから行くところには最悪な奴らがいっぱい居て、もしかしたら危ない目に遭うかも知れないけれど……それでも一緒に来て、一緒に戦って欲しいんだ。ねえ、やれる?」
実質的には拒否権のない問いだった。少なくとも敵が倒されない限り、ネルは私たちの傍を離れられないだろうから。
ただ一応、意思を確認しておきたかったのだ。
そんな意地悪な質問に対し、彼女は力強さに満ちた表情で答えてくれるのであった。
「行く。リアお姉ちゃんたちに迷惑かけたから、そのぶん役に立ちたい。それに、みんなの仲間になりたいから」
「……そっか。ありがとう、頼りにしてるよ」
私、明らかにこの子のことを信用しつつあるな。
自分自身の心境の変化に気づき、笑ってネルの耳を撫でた後、皆に向かって宣言する。
「さあ、行動開始だよ! 私たちを怒らせたことを後悔させてやろう!」
既にこちらの思惑を全て伝えてある《ヴェンデッタ》はすぐに、ネルや《輝ける黄金》のメンバーを連れて馬車が置いてある地点へ向かっていった。
その様子を見届けながら、こちらの意図に気づいて待機してくれていたゲオルクとルルティエの手を握った。
システィーナは私たちが動き出さない理由がよく分かっていないのか、ポカンとしている。
「ルルティエちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……騎乗出来るドラゴンってどれだけ居る? この前みたいに隠匿出来るのはどこまで?」
「乗れるのは私たちがいつもお世話になってるやつ一体だけ。《隠匿》の方は、一体ならすぐ傍に迫るまでは完全に隠し切れる」
「ふぅん。四人なら身を隠して行けそうだね?」
「あんたを乗せるのは癪だけれど」
「え~良いじゃん。『ドラゴンに乗る』っていうロマンを体感させてよ~」
「めんどくさ。イヤだけど、仕方ないか……」
「……えっと、ちょっと待って下さい。どういうことですか? 私たちとリアちゃんは戦わないんですか?」
システィーナが完全に困惑している様子なので、ちゃんと説明しておこう。
「私たちはドラゴンに乗って、敵が居ると思われる屋敷に直接向かって急襲する。たぶん敵パーティの手下は無理やり働かされてる感じだろうから、頭を叩けばこっちの勝ちなんだよ」
「そ、そんなことが可能なのですか!?」
「だから、あっちに意識を向けさせて戦力を分散させる為にネルちゃんを連れて行かせたんだ。話してなかったけど、ウチのパーティに潜り込んでた密偵はあの子だったんだよね」
「な、なるほど……でも、作戦がバレてる可能性も……」
「もちろん、その場に居ない私たちが完全に別行動してる可能性はフツーに思い当たる筈。でも、あっちには私の頼れる仲間たちが居るし、《輝ける黄金》も何だかんだやれるみたいだから結局は無視出来ないんだよ。それに《隠匿》のお陰で、私たちが別のタイミングで攻めてくることは分かってもそれがいつになるかは分かんないだろうし」
「ええ、えっと……あわわわ……」
色々と話し過ぎた為か、余計に混乱してしまっている。
見かねたゲオルクが、笑ってシスティーナの肩を優しく叩いた。
「あんま細かいことは気にするな。お前はいつも通り、戦闘に入ったらオレの支援をしてくれればいい」
「そ、そうですね! 頑張りましょうゲオルクさん!」
一通り話し終えると、私たちは王都の外まで移動し、草原に出た。
月明かりが輝く中、ルルティエが立ち止まって目を閉じ、片手を天に掲げる。
すると、不可視化されていた銀の身体の竜が徐々に姿を現していき、目の前に降りてくる。
彼女はドラゴンと会話することが出来るようで、言葉を語りかけていた。
「ごめんね。思考共有の力で既に知ってると思うけど、今日はこの変な女も一緒に乗せることになったから」
「意思疎通出来るんだ、凄いなぁ……で、変な女ってだれ?」
「あんたのことだよ、ピンク女」
「ひどっ! こんな美少女を乗せられるんだから嬉しいもんでしょーが!」
「ウザッ……出来ることなら空から突き落としてやりたい……!」
「も~、優しくしてよルルティエちゃん。一時的な関係とはいえ仲間でしょ」
そんな他愛もないやり取りをして緊張を少しだけほぐしながら、私たちは竜に乗って空へと飛び立っていった。
***
束の間の空の旅を楽しんだ後、ルグレイン伯領へと近づくと、私たちは上空から地上の様子を観察した。
別働隊は城門を突破した後、街中に展開していた迎撃部隊との交戦を開始している。
やはり敵側もこちらを潰す気で待ち受けていたらしい。
ネルが少し心配だが、あちらには一騎当千の強者であるウォルフガングとリーズ、ついでに直接戦闘は苦手だがライルも居るから何とかなるだろう。
しばらく戦況を見極め、防衛の為に追加の兵力が駆り出されたタイミングで、私たちはマリアンナが住まう豪邸の正面へと移動した。
「ここからは迅速かつ豪快に行くよ。ゲオルクとシスティーナちゃん、準備は出来てる?」
「ああ、いつでも行ける」
「は、はい!」
「よし。ルルティエちゃんはどうする? きみって前線に出られるタイプ?」
「無理。コイツと一緒に上空から偵察してるよ……あ、ちなみに支援攻撃には期待しないで。私たちが本気で暴れたら無関係な一般人の犠牲もたくさん出しちゃいかねない」
「分かってるよ。じゃ、行ってくる」
そうして私はドラゴンから飛び降りた。二人もそれに続いてくる。
別働隊が引き付けてくれているお陰で屋敷周辺の守りはかなり手薄になっている。
とはいえ全く防衛されていない訳ではない。例によって装備にも種族にも統一感がない数十人の軍勢が、突然、空から降ってきた私たちに驚きつつも襲いかかってくる。
以前の襲撃実行部隊と同様、見た目のわりに妙に素早く、攻撃も力強い。
今ならば察しがつくが、恐らく彼らは《狩人の刃》の「使い捨てメンバー」であり、《術式》だけでなく薬学にも通じていると噂されるマリアンナが非合法の肉体強化薬を使用させているのだろう。
私は右手に《神炎剣アグニ》、左手に《竜鱗剣バルムンク》を呼び出し、迫り来る敵を無敵の刀身で退けながら発火能力によって焼滅していった。
ゲオルクもまた、システィーナからの強化《術式》の恩恵もあり、難なく突破した。
一通り殲滅を終えると、ゲオルクが屋敷の扉を大剣で破壊する。
私たちが広々とした玄関ホールに踏み入るや否や、装いこそ整っているが猫背で気弱そうな男がこちらへ駆け寄ってくる。
この男がマリアンナの夫だ。見るからに尻に敷かれていそうであり、政治手腕も凡庸なので貴族社会においては「退屈な男」と見下されている。
「……な、なんなんだ君たちは! もしや、街に入ってきて暴れているならず者たちの仲間か!」
不慣れな手つきで剣を握る彼に対し、私は安心させるような声色で語りかけた。
「マリアンナに会いに来た。大丈夫、きみ自身をどうこうする気はないよ」
「我が妻になんの用だ?」
「私たちは冒険者。きみの奥さんやその仲間に危害を加えられたから、報復をしに来た」
この男にとって、怪しい連中と遊び呆けている妻にこき使われている現状は、耐え難い屈辱である筈だ。
だから私はここに来た理由を正直に話し、彼に恩を売っておきたかった。
男はしばらく悩む素振りを見せたが、やがて決心がついたのか、剣をその場に落としてゆっくりと私たちの方に近づいた。
「……そうか。ならば妻を、この先に居る『あの男』を何とかしてくれ! このままでは私の評判まで落ち切って、領民に反乱でもされた日には殺されるかも知れない!」
「あの男って?」
「ヴィンセント……犯罪組織の長だ。私の妻を奪うどころか、この屋敷内に住み込んで毎晩のように……」
「そりゃ酷いね」
「そうだろう!? 頼む、あんな連中は殺してしまってくれ! 後で報酬も出す! そうだ……全部奴らが悪いんだ!」
彼は「全て奴らが悪い」と何度も呟きながら頭を抱えている。
女を取られた男が嘆く姿はなんとも哀れだが、それはそれとして、この戦いが「依頼」として成立するというのは好都合な申し出だ。
ギルドを介さない直接契約なので評価ポイントには繋がらないものの、実質的な領主が依頼主として便宜を図ってくれるのならば引き受けない理由はない。
「分かったよ。その願い、叶えてあげる」
「ああ、助かっ――
と言い終わる前、ホールの向こう側の扉が開き、眩い光が発生した。
私は咄嗟に前に出て、《竜鱗剣バルムンク》を構える。
それとほぼ同時に輝く熱線が照射されたが、無限大の防御力を持つ刃に遮られる。
やれやれ、危なかったな。あと少しでも反応が遅れていれば依頼主が丸焦げになっていたところだ。
やがて光が晴れると、《術式》を放った者――マリアンナが、数人の部下と共にホールに足を踏み入れた。
いかにも貴族然とした美しい女性。一方で、周囲を守っている部下たちは限界まで強化薬を投与されたのか筋肉が不自然に肥大化しており、目をギョロギョロと動かして涎を垂らしている。
この女の二面性を象徴しているかのような光景だ。
「相変わらず情けない人。そんなだから愛想尽かしたんですのよ。男たるもの、もっと強くて刺激的でなくては」
「きみがマリアンナだね。殺しに来たよクソ女」
「まあ、可愛らしい容姿なのに随分と口汚い……それにしても、せっかく実験室を知られないように薬で洗脳を施したというのに、幼い子には効きが甘かったみたいですわね。今後の反省点と致しましょう」
「『今後』があると思ってるの?」
「負けるのはあなた方なのだから当然でしょう……さあ、捕らえて実験して調教して私の人形にして差し上げますわ!」
マリアンナがこちらを指差すと、配下の「人形」たちが飛びかかってくる。
迎撃しようと思ったが、私が動くより早くゲオルクが前に出て聖剣を振るい、薙ぎ払った。
「提案があるんだが、こいつはオレたちに任せてお前は親玉を潰しに行くってのはどうだ? その方が早いだろ」
なるほど。この手でマリアンナを屠りたいという気持ちはないでもないが、重要なのはそんな個人的感情ではなく、迅速な勝利だ。
従って、私は笑顔で答えた。
「ふふっ、乗った!」
《加速》を行使し、人形どもが形成している肉の壁を突破する。
マリアンナが障壁を展開して行く手を阻もうとしたが、私は《竜鱗剣バルムンク》を瞬時に《静謐剣セレネ》に切り替え、前方に突き出した。
そのまま「《術式》破壊」の能力によって障壁を貫き、マリアンナのすぐ隣を通り抜けていった。
「なっ……!?」
困惑している様子だが、もう遅い。
彼女は数人の部下に私を追わせたものの、その場を離れることは出来なかった。
今、後ろに意識を向けてしまえば瞬く間にゲオルクに斬殺されるだろうから。
意識を集中し、五感をフル稼働させて「親玉」の気配を探りながら長い通路を駆け抜ける。
すると両側の壁を走って人形が二人、接近してくる。
「もー、邪魔だなぁー!」
奴らが私を殴り殺すべく壁を蹴って迫ろうとすると同時、両手に持っていた聖魔剣を宙に放り投げた。
それらはまるでシューティングゲームのホーミング弾のように敵の頭部を追尾し、貫く。
そうして《権限》による剣の遠隔操作を駆使し、後ろから追ってくる人形共を一体ずつ撃ち落としていった。
全てを追手を殺し、剣を手もとに呼び戻した時にはもう、ある大扉の前に辿り着いていた。
この先から、生きていてはいけない最低最悪の悪の腐臭が漂ってくるのだ。
私は決意を固め、扉を開けた。
パーティ会場のような広々とした大部屋。
その奥の椅子に、魔王か何かを気取っているみたいに堂々と座る男。
彼を囲んでいるのは、マリアンナのように洗脳された部下などではない。
両手足を拘束され、助けを懇願するような目でこちらを見てくる一般市民や屋敷の使用人たちだった。
「ようこそ。『リア』だったか? 貴様たちのことは知っているよ……マリアンナが王都で何人かを捕らえて『強制感覚共有』の《術式》を掛けてくれたのでな」




