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【第二部完結】剣の王女の反英雄譚 ~王女に転生したら王家から追放されたので復讐する~  作者: 空乃愛理
第15章:英雄、或いは魔王

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15章1節:人類平等宣言

 ラトリア王国女王として即位してから二週間ほど経った。


 外国での公務を終えた私は、数人の護衛と共に王都に帰還した。

 まだ戦乱の爪痕が残る街並みの中、疲れた顔をした民衆が内心はどうあれ恭しく頭を下げる。

 彼らの目に私はどう映っているのだろうか。

 多忙ゆえに見栄えに拘る余裕がなく、薄汚れた白いドレスを着ている新女王を「相応しくない」と軽蔑しているかも知れない。

「早く街や我々の生活を立て直してくれ」と怒っているかも知れない。

 なんにせよ、あまり良い想像はできない。

 私は冒険者時代に身に付けた愛想笑いを振りまきながら、自分の不甲斐なさを恥じた。

 別に「女王になって権力を手にしたら何もかもすぐに上手くいく」なんて甘い考えを持っていたわけじゃない。

 ただ、現実は私が想像していた以上にどうにもならないもので。 

 戦争の影響でラトリアはひどく疲弊しているし、再建に貢献できるはずの上流階級の半数以上が人類平等宣言に反対の意を表明し、私との連携を拒んでいる。

 こんな有り様では権力を持っていたところで動かせるリソースがない。

 この苦境を脱するための一手を練ってはいるが、果たして吉と出るか凶と出るか。


 大通りを歩いていると、なにやら騒ぎ声が聞こえてきた。

 護衛や民衆が「陛下、危険です!」と止めるのも聞かずそちらに向かってみれば、何人かの獣人が誰かを囲んで暴力を振るっているではないか。


「あなた達、やめなさい!」


 そう言いながら割って入る。私の戦闘能力を知っているのか、獣人たちは殴ったり蹴ったりするのをやめて僅かに離れた。

 そこに居たのは、整っていたであろう顔をボコボコに腫らしている青年。たしかライングリフ寄りであった貴族の子息だ。 

 私は、今はもう敵ではないその青年に手を差し伸べる。

 しかし彼は私の手を振り払い、「これが陛下の望みではなかったのですか」と吐き捨てて去っていた。


 私の望み、か。

 立場の弱い者が暴力でもってバランスを取ろうとする。「平等」がそういった力学を作り出すことなど分かり切っていた。冒険者だった頃の私自身がそれに加担していたのだから。

 なのに、なぜ心苦しく感じているのだろう。「ざまあみろ」とでも思っておけば良いではないか。

 彼の痛ましい背中を少しだけ呆然と眺めた後、我に返った私は兵士らに「この者たちを捕らえなさい」と命じた。

 すると、今度は獣人たちが怒りを露わにする。

 

「はぁ!? なんで俺らが捕まんなきゃいけないんだよ!」

「女王サマが『平等』だって言ったんじゃねえか! だったら恵まれてる奴らから金品ぶん取ったって良いだろ!」

「そうよ! これは正当な復讐なのよ! これが許されないなら何のための平等だって言うの!?」


 彼らの言い分は、復讐の為に生きてきた身としては否定し切れるものではない。

 とはいえ今の私は秩序を構築せねばならない立場だ。毅然とした態度で接する必要がある。


「確かに私は『人を格差から解放する』と言いました。ですが暴力による自力救済を許したつもりはありません。牢の中で少し頭を冷やしなさい」


 そう告げ、兵士らに連行させる。

 去り際に獣人の一人が私の足元に唾を吐いた。「不敬だ」などと怒る気にもなれなかった。


 このような事件は王都どころか周辺領地でも頻発しているようで、各地の牢獄は「かつて弱者だったもの」で溢れ返っていると聞く。

「改革には痛みが伴う」――今はそう自分に言い聞かせ、社会の安定の為に尽力するのみだ。


***


 私は王城に帰る前に、とある人物に会うため監獄に寄った。

 ここは主に政治犯が投獄されている。かつては王国正規軍亜人部隊向けの住居としても利用されていたが、既に部隊は解散させ、生き残りを正式な正規軍人として雇用している。

 なお終戦後、一時的にここに放り込んでいたフレデリックも正規軍の指揮官として復帰させた。軍人の長が変に自分の考えを堅持しているとクーデターを起こす危険性が出てくるから、大国同士の戦争がなくなるこれからの時代においては彼のような小心者がちょうど良いのである。


 監獄の一室、鉄格子の向こう側で、目当ての人物は質素な木のベッドに腰掛けていた。


「アステリア……陛下」


 かつての友人ルアは、自分から全てを奪った私を存外穏やかな目で見つめた。

 この狭い部屋の中で何もできず何もしなくていい日々を過ごし、気持ちに整理が付いたのだろうか。


「ルアちゃん。外の状況は前に送った使者から聞いてるよね?」

「ええ。ホント、とんでもないことをしてくれましたね。あなたのお陰で私は名誉人間族から獣人に逆戻りです」

「獣人でも差別されない世界にするよ」

「急に平等とか綺麗事言われても人は納得しませんよ」

「分かってる、そんなこと。でも変えようとしなきゃいつまでも変わらない」

「それに無理やり付き合わされている人間の痛みは無視ですか……あぁ、そういえば先王のことは聞きませんでしたが、やはり処刑してしまったのでしょうか?」


 私は首を横に振った。


「まさか。城の地下で穏やかに暮らしてもらってるよ。殺しても良いことないし」


「生活と安全を保証する」という父との約束は守るつもりだ。

 決してあいつを許したわけではない。「ライングリフ派から父を守る」という名目で戦争を起こした以上、殺してしまったらただでさえ危うい立場がより不安定になるから生かしているというだけの話である。

 

「案外冷静なんですね」

「今の私は女王だから……と、本題に入るけど」

「はい」

「まず、私がこれから制定する新しいラトリアの法において身分制は廃止される。当然、領地っていう概念もなくなるわけ」

「……構想は伺っています」


 身分制の廃止。それは新ラトリア法の最も大きな変更点と言えよう。

 じきにラトリア王国に貴族は居なくなる。

 王も私が最後の一人となる。私の死後は血統や地位に関係なく、優れた実力と人格を持つ執政官が国を導いていく。

 目指すは中央集権だ。

 力を分散させれば足の引っ張り合いや一部集団の暴走が発生する。歴史上、それは往々にして悲劇を招いてきた。

 大昔のドーンライト商会員虐殺事件も、ラトリア北方戦争の原因となった事件も、王都で《魔王軍》の一団がダスクの思惑に反して虐殺を働いたことも、全ては統制が取れていないがゆえに起きたこと。

 だから私は余計な者に力を与えるべきではないと考えている。

 そうは言っても、私ひとりで周辺領地すべてを直接治めるのは無理がある。

 そこでラトリア政府が元領主を官僚として雇用し、こちらの指示のもと統治してもらう。

 勝手なことは許さないし、昔のように税金で贅沢もできなくなるが、領地と民を愛する者であればどれだけ不利な立場になろうとこの話に乗らざるを得ない筈だ。


「ルアちゃん、きみにはレヴィアス『県』を治めてほしい」

「……なるほど」


 ルアはじっと私の目を覗き込んだ。

 急な申し出で驚いたというよりは、私が取引相手として信用に値するかどうかを見極めようとしている感じだ。

 この子のことだから私がこういった要求をすることを予期していたのだろう。


「官僚になってくれるなら当然、きみは自由の身になれるし、ライングリフと結婚してまで守ろうとしたレヴィアスの運営に戻れるんだ」

「あなたに命令されるままに、ですか」

「そのぶん責任は軽くなるよ? 命令通りにやって、それでも上手くいかなかったら全部私のせいにできるんだから」

「『死ぬほど臆病なきみが安心して、好きに生きられる』……」


 ルアは決戦の最中に私が伝えた言葉を繰り返した。

 

「きみは優秀だけど、なにもかも自分で背負えるようなタイプじゃない」

「あなたなら背負えると?」

「無理だと思ってるなら女王にならなかったよ。私を信じて欲しい、レヴィアスの民を冷遇するようなことは絶対しないからさ」


 逡巡するルアであったが、やがてベッドから立ち上がり、鉄格子を挟んで私と向かい合った。


「……分かりました。お引き受け致します、アステリア陛下。たとえ権限が少なかろうと、愛する故郷を他の誰かに託すよりはずっと良い」

「賢明な判断をありがと」

「……ところで、他にもう承諾した領主は居るのでしょうか?」

「親の後を継いだドラティア公爵ことフェルディナンドとかルグレイン伯爵辺りの旧穏健派は殆ど全員、応じてくれたかな。旧ライングリフ派や中立系は芳しくないけど、フレイナちゃんとこのお父さんは引き受けてくれることになった」


 フレイナの名前を出した途端、ルアが両手で鉄格子を掴んだ。


「フレイナ! ちゃんと生きてるんですよね!?」

「うん。何日かここに居てもらったけど、もう解放してる」

「良かったです……」


 安堵の笑みをこぼすルア。

 二人は単に同じ派閥に居たというだけでなく、プライベートでも以前と変わらず親友として仲良くしていた――そんなことが伝わってくる顔だ。


「しばらくは忙しくなるけど、色々と落ち着いたら休みをあげる。なんの気兼ねもなく遊んだら良いよ。きみ達は貴族でもなんでもない、ただの女の子になるんだから」

「アステリア陛下……お気遣い感謝致します」


 ルアがぺこりと頭を下げる。

 スムーズに話がまとまって助かったな。

 ライングリフ派が崩壊したとはいえ、未だレヴィアスは影響力の強い地。ここで揉めていたら面倒なことになった。

 この子も思うところはあるのだろうけれど、それを一旦抑えて現状で一番マシな選択ができるというのは流石だ。

 上流階級が皆こうであってくれたら良かったのに。


 私は預かっていた鍵で鉄格子を開けようとした。

 その時、左手が痺れて鍵を落としてしまう。


「陛下……? 大丈夫ですか?」

「き、気にしないで。ウォルフガングとの戦いで負った傷がまだ治ってないだけ」


 慌てて右手で鍵を拾い直す。

 

 終戦以来、一日に一度はこうして左腕がピリピリすることがある。

 もう傷は残っていないように見えるのだが、内部がまだ損傷しているのかも知れない。

 アルケーに診断してもらうとしよう。

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