14章16節【14章完結】:ブレイドワース朝ラトリア
目が覚めると、そこは王城にある私の寝室であった。
窓の外から差し込む朝日が眩しい。
まだ身体は重いがライングリフと戦った時に比べればかなりマシになっている。
ベッドの脇を見ると、アルケーが椅子に座ってウトウトしていた。
「アルケー」
「ん……ようやく起きたか」
「きみが治療してくれたの?」
「システィーナと協力してな。ちなみにリルやライル、《竜の目》の他の二人も見舞いに来ていたぞ」
「そうなんだ……ありがと。私、どれくらい寝てた?」
「丸一日とちょっと。余程疲れていたんだな」
「そんなに……」
「あぁ、左腕の調子はどうだ? 他の箇所に問題はなさそうだが、そこだけ気になってな」
包帯の巻かれた左腕を動かしてみる。
「まだピリピリ痺れるし痛みもある。でも動く」
「ふむ……ひとまず経過観察だな。しばらくは大事にしろよ? 《術式》や疑似特異武装を使うのも禁止だ」
「善処する」
私はおもむろに上体だけを起こした。
「それで、状況は?」
「主要メンバーの死亡や捕縛、逃亡によってライングリフ派の指揮系統は崩壊。国王バルタザールも確保済み。我々の勝利だ」
そう語るアルケーの顔は明るくない。
「ただ、こちらにも相当な被害が出た。全軍の3割が死亡、2割が重傷、2割が行方不明といったところだな。残りも健康な者はほぼ確認できていない」
最初から覚悟はしていた。それくらいの犠牲を受け入れねば勝てない戦いだと。
だけど、こうして被害のほどを聞くとやはり心苦しい気持ちになる。
そうだ、被害と言えば。
「ねえ、城の外で爆発みたいなのなかった?」
「ああ。ほら、中心街に冒険者ギルドがあるだろ? あの辺り一帯がまとめて吹き飛んだのさ」
「そっか……」
「一体なんだったんだ?」
「どうもライングリフはあれで私を王城ごと爆破するつもりだったけど、クロードが独断で標的を変えたみたい。『試験運用』とか言ってたかな」
「ふむ。人の命など何とも思っていないあの男のことだから王都を新製品のテストに使ったんだろうが、あえて君を生かした理由は読めんな……と」
アルケーが何かを思い出したかのように立ち上がる。
「どうしたの?」
「父君が会いたがっている」
「ふぅん……」
「まだそういう気分じゃないなら待たせておいてもいいと思うぞ?」
「いや、連れてきて。こっちも話さなきゃいけないこと、あるし」
アルケーは頷き、部屋を出ていった。
数分後。形だけの王位以外の全てを喪った父が、杖を突きながら入室してくる。
奴はアルケーの座っていた椅子に腰を下ろすと、私の右手を力なく握った。
「お前が無事で良かった……」
いまさら父親面か。
そんな態度を取られたところで、ただただ「惨めだ」としか感じない。
反省するのが遅すぎる。いや、コイツのことだから今だって心の底から反省しているかどうか。保身の為に私に擦り寄っているだけではないのか。
無論、そういった想いを正直に伝えることはしない。私がこの男に期待しているものは王座だけだ。
「お父様。私に譲位してください」
単刀直入に告げる。
父は目を逸らすだけであった。
私は不安を煽るため、ライングリフ派が毒物を持ち込んだ件について語った。証人となる薬師は辺境伯領襲撃で消されてしまったものの、当事者である父は奴らの狙いを薄々察していただろうから否定はできまい。
「王座こそがお父様を危険に晒しているのです。私に託していただければ、もう誰かから命を狙われることはなくなります」
「し、しかし……無力になってしまったら結局は切り捨てられるのではないか」
呆れた奴。娘が「危険と責任を引き受ける」と言っているのに自分の命の心配か。
つくづく「王の器ではないな」と思う。
「私がお父様をお守りします。天神と亡き母に誓い、誰にも傷つけさせないと約束します。穏やかな余生を保証します」
「アステリア……その言葉、信じてよいのだな? お前だけは私を裏切らないと思ってよいのだな?」
「ええ、勿論」
父はしばらく逡巡した後、私の目を見て頷くのであった。
「……分かった。お前に王座を譲ろう」
***
天暦1048年7月30日。
傷だらけの王城にて、国王の退位宣言と共に簡易的な戴冠式が行われた。
それらは新たな女王の誕生を祝うにしては随分と質素なものになってしまった。
理由としては、まず権力の真空状態を長引かせないために準備を急がせる必要があったことに加え、代々ラトリア王の戴冠式に協力してきた天神聖団が私の王位継承を不正とみなし、参加を拒んだのである。
まあ、やむを得ないことだ。国王の承認を得たとはいえ、傍から見れば私は内戦を起こして正統な後継者を殺し尽くした簒奪者でしかない。
戴冠式を終えた私は幾つかの発表を行うため、ライングリフ寄りだった者も含む各国の王侯貴族を王城の広場に集めた。
全員を見下ろせるバルコニーに立つ。
全てを伝えたあと、一体どれだけのラトリア貴族がこの国に残るのだろうか。諸外国の有力者はどう感じるのだろうか。
私は深呼吸して緊張を和らげ、口を大きく開いた。
「さて。既に挨拶は充分すぎるほど交わしましたから、さっそく本題に入りましょう……私、アステリア・ブレイドワース・ラトリアは今日この日、『人類平等宣言』を発します」
広場にどよめきが走った。多くの有力者が怪訝そうな顔をしている。
無理もない。人類平等宣言――その内容を知っているのは私だけだが、既得権益を破壊するようなものであることは想像に容易いだろう。
「階級格差、種族格差……この天上大陸を蝕んできた悪しき伝統がついに終わりを告げるのです。貧民に生まれることに罪はないのに、なぜ力ある者は『自己責任』と断じて無視や排斥をするのでしょうか。なぜエルフや獣人、魔族や半魔はそう生まれたというだけで人間よりも下に見られねばならないのでしょうか」
人の反応は様々であった。怒りを表情に出している者も居れば感心したように頷いている者も居る。思案顔をしている者も居る。
「私が王となった『ブレイドワース朝ラトリア』において、そういった悪法は一掃されるでしょう。代表的なものを一つ挙げるのであれば『名誉人間族制度』。なんとバカバカしい、あんなものはコンプレックスを利用して金を巻き上げるだけの仕組みではありませんか」
「その辺りにしておけ!」「ラトリアの尊い伝統を解体するつもりか!」などと怒号が飛んでくるようになった。
私は構わず話を続ける。
「差別が発端となって生じたルミナス帝国との軋轢も、ようやく解消されます」
そう言って私は後ろを振り向き、そこに居る人物――ルミナス帝国新皇帝チャペルに合図を送った。
父に譲位を約束させた後、私は真っ先に彼女に連絡し、王都に招待していたのである。
この子も帝国の再建で多忙にしていた筈だし、ここまでの旅の途中で襲撃されるリスクもあったけれど、有り難いことに「アステリアと平和な未来の為ならば」と快諾してくれた。
チャペルは私の隣に並び立つと、人々に語りかけた。
「私、チャペル・ルミナスとアステリアは縁あって盟友になりました。今後、我がルミナス帝国とラトリア王国は密接に連携していきます。魔王戦争のような悲劇は二度と起こらないでしょう」
予想通り反対派の中傷は激化し、「簒奪者」「売国奴」「魔族の手先」といった声が聞こえてきた。
中には怒りのあまり剣を抜き、穏健派や衛兵に取り押さえられている者も居る。
仇敵であるチャペルを王城というラトリアの聖域に招き、挙げ句の果てにその仇敵が「女王と盟友になった」などと言い始めたのだから、彼らからしたら許しがたいだろうな。
「私もチャペルも決して権力や富、名声を欲しているわけではありません。『この過酷な世界に平和と平等をもたらしたい』という想いで指導者の座に就きました。ですから皆様、どうかご理解とご協力をいただきたい!」
そう言って締め括ると、罵声と拮抗するほどの歓声が上がるのであった。
王侯貴族とて権益にしがみつくことに必死な人間ばかりではない。そのことが分かれば今は充分だ。
さあ、これからだぞ。私は女王になる夢を叶え、新たなスタートラインに立った。
ラトリア女王という立場を利用し、この天上大陸を作り変えてやる。いや、必要ならば世界そのものだって。
その過程でまた犠牲が出てしまうだろうけれど、迷いはない。
「私がぜんぶ背負う」って、そう決めているから。
*****
地上。神々の住まう、偽りの楽園。
純白の部屋の、同じくらい真っ白な円卓には十二の席がある。
着席しているのは十人。
円卓の上には赤髪の女、レーナフェルトが立っており、燃え盛る長剣を構えている。
刃の先で座っているのは理亜。セナ、ユウキ、レイジを転生させた銀の髪の女神だ。
彼女の落ち着きように反し、傍らでは桃色の髪の少女、フィーネが席から立って慌てふためいている。
「アステリアは戦を制し、女王となった……それで満足か?」
レーナフェルトが挑発的に言う。
理亜は冷静に返した。
「あの子が自分の意志でやっていることよ。私には関係ないわ」
「だったら殺しに行っても問題ないな?」
「それは彼が決めること」
理亜は白髪の中性的な美男子の方を見た。
十二天神の主神に当たる存在、アレーティアである。
彼は淡々と言葉を発した。
「まだアステリアが私たちの存在を脅かすと決まったわけじゃない。上にはアダムという抑止力も居る。もう少し見守ろうじゃないか、レーナフェルト」
「甘いな。奴は転生者だぞ」
「私たちは人ではなく神なんだ……天上の人々にとってはね。君が戦争に飢えているのはよく分かるけれど、我欲で手を出してはいけないよ」
「チッ……」
レーナフェルトは不満げな顔で着席した。
アレーティアは理亜の方に視線をやる。
「今後もアステリアの動向については逐一報告して欲しい」
*****
これは、どこか遠くで、同時にすごく近い世界の物語。
老いてなお壮健な男性体育教師「剣先達狼」はその春、とある中学校に異動してきた。
彼は屈強な身体、厳しい顔つきに反して親しみやすく、また運動が苦手な生徒でも積極的に授業に参加できるよう取り計らっていることから瞬く間に人気者となった。
必要な時――生徒が他の誰かに悪意を向けた時には両親からのクレームをも恐れぬ毅然とした態度で接するため、不良とその親からは疎まれているが。
彼は二年生のあるクラスの授業中、殆ど常にその少女のことを気にかけていた。
名は御剣星名。茶髪を伸ばしている内気な生徒で、授業は毎回、参加せず見学している。
クラスメイトらはそれとなく彼女を避けているように見える。
「もしやいじめを受けているのではないか」と達狼は思い、ある日、担任に聞いてみるも「知らない」の一点張り。
呆れた彼が意を決して星名に声を掛けてみると、彼女はただ「昼休みはいつも屋上に居る」とだけ言った。
休み時間、屋上。
達狼が向かうと、そこには星名の他にもう一人、彼女の唯一の友人らしい他クラスの男子生徒、雨宮勇基が居た。
物静かな星名に代わって彼が事情を話す。
星名はその家庭環境ゆえに昔から内気な性格であり、いじめの標的になりやすかったという。
この学校でも一年生の頃からいじめを受けていたようで、今年は加害者たちが達狼を恐れて少し大人しくなったものの、未だ彼に気づかれないよう注意を払いつつ嫌がらせを継続しているとのことだった。
深刻そうな顔で語った勇基。一方、当の本人である星名は気怠げに「人のことあれこれ喋りすぎ。うざ」と言うのみであった。
達狼が星名の目を見ようとすると、彼女はそっぽを向いた。
「御剣、誰がお前に嫌がらせをした?」
「先生、余計な気使わなくていいから。それを言ってどうにかなるもんでもないし」
「止めさせる。担任や親はそいつらを庇うだろうが、知ったことか」
「だからいいって……」
「御剣……」
「もう帰ってよ。話したそうにしてたから『ここに居る』って教えただけで、別に何も求めてないから。教師とか大人とか、どうせ何もできないんでしょ」
頑なに拒絶する星名。
彼女の周りには期待を裏切り続け、失望感を植え付けるような大人しか居なかった。
この社会の無情さや醜さばかり見せて、優しさや幸せを教えられないような大人しか居なかった。
達狼はそれを察し、決意した――自分は彼女の味方で在り続けようと。
その時、彼は正体不明の既視感と寂しさを覚えた。
「自分はかつて『親しかった誰か』に寄り添うことができなかったらしい」――そんな、知らない記憶が曖昧ながらも実感と共に蘇ってくる。
これはもしや、やり直す機会が与えられたのではないか。
達狼がそう感じた瞬間、胸の奥にある寂しさは一転して勇気へと変わるのであった。
これにて第14章は完結です。次章「英雄、或いは魔王」編をお楽しみに。
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