14章12節:《剣の王女》と《剣神》
私は数少ない仲間と共に王都に突入した。
炎弾や稲妻が夜空を切り裂いているが、街並みそのものは見慣れた故郷のそれである。なのにどこか刺々しさを感じるのはきっと、今の私が侵略者だからだ。
通りの脇にある民家の窓を一瞬見てみると、怯えと怒りの入り混じった顔でこちらを睨む男が居た。
そんな目をするな。私たちは下衆な侵略者とは違う――などというのはこちらの理屈。かつてこの街で行った演説が響かなかった者にとっては我が軍と《魔王軍》の間に大差はない。
それにしても人の気配が多いな。生活感も以前と変わりない。
どうやらライングリフの奴は一般市民を避難させなかったようだ。その為の時間は充分にあった筈だし、避難先だって、戦場にならない可能性が高かった南部領地だけでそれなりの人数を保護できただろうに。
まさか大規模な攻撃を躊躇させるために、或いはもし私たちが大量に死傷者を出した場合に有利な立場に立てるよう、あえてこうしたのか?
ライングリフなら考えそうなことだ。まあ、味方の犠牲をも計算に入れた作戦を展開している時点で私も同じ穴の狢と言えるか。
真っ直ぐ大通りを進む。
目的地の王城に近づくにつれ正規軍人や近衛騎士の抵抗を受けるようになった。
前者は市街地向きの戦力ではないのでそれほど問題にはならないが、ウォルフガングによって鍛え上げられた後者が攻撃力、機動力ともに厄介だ。
しかも建造物内に住人が居る以上、それらを無差別に押し潰してしまう《魔王剣アンラマンユ》を安易に頼ることはできない。
私たちは敵兵の「建物を盾にするような立ち回り」に苦戦しつつも、連携によって突破していった。
「民間人をなるべく犠牲にしたくない」というエゴの為に、また私の仲間が何十人も死んだ。
潜伏している敵による包囲を避ける為に後方に分隊を配置してきたが、それを除けば五十人程度しか残っていない。
ライル側も同じような状態だろう。
我が軍はもはや限界を迎えようとしていた。
ある者はとうとう精根尽き果ててその場に崩れ落ち、またある者は極限のストレスに耐え切れず泣き叫びながら逃げ去っていった。
「持ちこたえて! あと少し……あと少しなんだ! ここまで頑張ってきたのがやっと報われるんだ!」
必死に声を掛けて皆の気力を繋ぐ。
そんな私の前に、彼は現れた。
「アステリア殿下」
「……ウォルフガング」
我が師であり、恩人であり、かつての仲間であり、愚かで惨めで情けない実父に代わって私を父性で導いてくれたひと。
その右手には前世でいう日本刀のような形状をした、この世界では見たこともない聖魔剣が握られている。
なるほど、私の《権限》に対抗する手段を得たというわけだ。
辺りを見回すと、先行したゲオルクとリル、それからライルと彼に付けた兵士たちが倒れていた。
全滅。
ウォルフガングが加減したのだろうか、みな息はしているが、戦闘に復帰させることはできないだろう。
「優秀な仲間を集めましたね。《竜の目》、ネルの姉、他の者達も。真っ向勝負が苦手だったライルも随分と強くなっておりました」
「……ウォルフガングには勝てなかったみたいだけど」
「ですが私以外は抑え切りました。少なくともこの辺りに正規軍人や近衛騎士の生き残りはおりませんし、フレイナも体力を消耗し過ぎて今はもう戦えません」
近衛騎士団長として丁寧な口調で語るウォルフガング。少し悲しげなのは仲間を討たれたからか、或いはそれをかつての弟子が為したからなのか。
「そこまでされて、なんで皆を生かしてくれたの?」
「この戦い、正義があるのはあなたがたの方でしょうから」
「そう思っていながらどうして……」
ウォルフガングは、いつの間にか静まり返っていた空を遠い目で見上げた。
「正義より忠義を選んだまでのこと。ラトリアの在り方がどうであれ、私がこの国に救われたことは確かなのです」
「でも、それ以上に苦しめられたでしょ!?」
「確かに色々なものを喪った酷い人生でした。しかしラトリアとの縁がなければ喪うことすらできなかった。先王、近衛騎士たち、亡き妻、リーズやライルやネル、そしてあなたとエルミア様……私の心を苛むもの全てが、同時に大切なものでもあるのですよ」
疲れた笑みを浮かべる老人の姿に、思わず涙しそうになる。
この人は私よりもずっと長い人生の中でたくさん苦しんで、悩んで嘆いて絶望して、それでも、そんな人生を丸ごと肯定しているんだ。
私とは違う。「御剣星名」を否定し、「アステリア・ブレイドワース・ラトリア」をも否定し、復讐の権化になった私とは。
「説得ができるのであれば」とほんの少しくらいは思っていたけれど、その余地をまるで感じない。
私と彼では本質があまりにも違う。
ああ、そんなことはとっくに分かっていたんだ。長いあいだ一緒に居たから。でも期待したっていいじゃないか。
私はライルに預けていた《迅雷剣バアル》を含む全ての聖魔剣を周囲に浮遊させた。
それに合わせて部下たちも戦闘態勢を取る。
ウォルフガングが何か言おうとして言葉を飲み込んだ。
ふと傍に浮いている剣の刃を見ると、自らのやつれた顔が反射していた。
意志の力で何とか誤魔化してきたが、私自身もそろそろ限界らしい。
「……退く気がないっていうなら、ウォルフガングでも容赦しないよ」
「それでよろしい。さあ、殺すつもりで来なさい。でなければ殿下の道はここで断たれます」
ウォルフガングはそう宣言し、両手で刀を構え。
そして、一歩踏み出した。
次の瞬間、彼の姿は消えていた。
振り向くと同時、強烈な剣波が巻き起こり、吹き飛ばされる。
私は《竜鱗剣バルムンク》を盾にして無傷で着地できたが、部下は違った。
石畳や建物の壁に激突した者が多数。運良くそれを免れた者も、剣先から溢れる殺意にあてられて意識を失っていた。
たった一太刀で私は独りきりになった。しかもウォルフガングはこれだけのことを「一人も殺さずに」やっている。
《剣神》ウォルフガング。
今、こうして絶技を目の当たりにしたことで実感した。聖魔剣を得た彼は、魔王ダスクにも匹敵しうる最大級の強敵だ。
私は、たったひとりでそれを越えねばならないのだ。




