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14章6節:聖人会の思惑

 空洞域の時と同様、ルルティエにライル、リルを同行させる形で偵察する。

 調べるのはルミナス側の城壁のみ。できることならラトリア側の城壁にも行かせたかったが、マナの消費はなるべく避けねばならない。


 少しして三人が帰ってくる。

 報告によれば城壁を防衛している兵力は最小限で、兵器類も設置されていないらしい。

 ラトリア側に防衛戦力を集中させているのか?

 いや、油断はできない。内部に潜んで背面攻撃を狙っている可能性だってある。

 

 軍勢を前進させて城壁に迫る。

 すると、外部に居た敵兵が慌てて逃げていく。

 城壁内に侵入した後も、やはり全く抵抗を受けない。

 皆で内部や周辺を調べたところ、人どころか物資すらも残されていなかった。

 どうやらここは放棄したようだ。

 私は素早く仲間たちを再結集させ、速度重視で墓標荒野を歩み始めた。


 しばらく進むと前方に幾つかの人影が見えてくる。

 服装は質素、種族はバラバラ、隊列も形成していない。明らかに兵士ではない。

 隣に居るリルが話しかけてきた。


「難民っぽいニャンね」

「見た感じはね。でも、なんでここに?」

「リルも分からんニャ。こっちに向かってきてるけど、どうするニャ?」


 何も答えず、ただ思案する。

 とりあえずあの推定・難民たちを保護して事情を聞くべきなのだろうが、ラトリア方面から来ているというのがどうにも引っかかる。

 近づくにつれ、そんな疑いは増大していく。

 散々迷った結果、私は己の勘に従い、決断をした。


「あいつらは殺す」

「はぁ!?」


 反応したのは、私たちの中でも特に弱者救済の意識が高いライルだ。

 一方、リルやゲオルクといったシビアな一面もある者達はすぐに納得を示した。


「まぁ怪しいニャンよねえ」

「場所が場所だしな。わざとらしいくらいにズタボロなのも『攻撃を躊躇させるため』ってとこだろ」

「そうだとしても、とりあえず話を聞くくらいは問題ないんじゃねえか?」


 疑問を呈するライルに構わず、私は聖魔剣を召喚する。


「その『とりあえず』に付け込んでくる。ライングリフや、あいつと手を組んでるクロードはそういう男だよ」


 そう言って剣を放ち、難民と思われる者達を貫いた。

 その瞬間、彼らの体内から次々と爆炎が発生し、血肉が弾け飛んだ。

 私の直感は当たっていたようだ。少しも嬉しくないが。


 人を使った爆弾。戦争のやり方を規制する条約がないこの世界においても流石に度を越している。

 ライルが予想を超える悪質さを前にして眉をひそめた。「もし彼らを受け入れていたら爆発に巻き込まれていた」と気付き、後悔もしているのだろう。

 ゲオルクも怒りを露わにしている。

 

「チッ……あの爆発、体ん中に疑似特異武装を仕込まれてたな。兵士としては役立たずな《工場》の落ちこぼれでも使ったのかも知れん」

「そっか。だから命令に大人しく従って……」


 ライングリフは《財団》を通して《工場》で生産された「安物」を買い取り、使い捨ての兵器として繰り出してきた。ありそうな話だ。


 その後も私たちは気分を害しながら偽装難民を倒し続けた。

 やがてラトリア側の城壁に到着したが、そこに居たのはごく少数の番兵と空洞域での戦いから逃げてきた兵だけであった。

 なるほど、ここでは交戦を避けてきたか。

 実際、墓標荒野はライングリフ派にとってもやり辛い場所ではある。奴らからしたら幾ら死んでも構わない「消耗品」を切るに留めるのは、倫理を度外視すれば正解だ。


 私たちは城壁を一通り制圧したのち、大休止を取ることにした。

 マナが希薄であるため休憩の場として最適とは言えないが、短期間、戦闘をせず滞在する分には「建造物がある」というメリットが上回る。

 この先、どこでライングリフ派が仕掛けてくるかが読めないので、こういう時間も必要である。



*****



 聖人会の会議室にて。

 レインヴァールはひどく暗い顔で俯いていた。

 共に円卓を囲っているのは、そんな顔を心配そうに覗き込んでいるレイシャと、聖人ではないがこの場に呼ばれているアイナ。アダムとレティシエル、アルフォンス、それからアレス。

 最奥には聖人会の表向きの代表である天神聖団法王。

 組織を私物化したレティシエルに協力する意思がある、或いは何らかの事情で協力を強いられている面々だ。


「ソドム……いえ、帝都介入の件、まだ納得がいっていないようですね?」


 気遣うように優しく語りかけるレティシエル。レインヴァールは彼女と目を合わせないままに答えた。


「……だって、殺す必要なかったじゃないか。今度こそ話し合いで解決できたかも知れないのに」


 対し、アダムは冷たく言い放った。


「皇帝家に何を期待している。奴らは帝国や《魔王軍》の残党をかき集め、いつか再び戦争を起こすつもりだ。それに備えて力を削いでおく必要があった」

「そんなの決めつけだ」

「では実際に二度目の魔王戦争が発生したらどうする? あの『失われた46年』の間、奴らとの戦いでどれだけの死人や負傷者が出たと思っている?」

「そ、それは……」

「アダム様、その辺りで。『納得できない』という気持ちはきっと理屈ではないのでしょう」


 レティシエルの言う通りであった。

 レインヴァールとしては二人のやり方に同意できないが、とはいえ社会や政治を知らぬ身では否定することもできない。

 現実は前世で見てきた物語とは違う。誰もがもっともらしいことを言っているから、誰を信じていいか、正義の矛先をどこに向ければいいのかが分からない。

 レインヴァールは溢れそうになる涙を必死に堪えた。「せっかく転生して勇者になったのに、なんでこんなにも苦しまなきゃならないんだ」、と。


 そんな彼を無視し、アダムはレティシエルに話しかける。


「決戦の場は王都になるとのことだが、どちらが勝つと考える?」

「兄様の方が確率は高いでしょうね」

「お前の妹も戦術家としてはそれなりだぞ」

「あの子は意外と甘いんですよ。兄様もそれが分かっていますから、あえて王都の民の避難を急がせませんでした」

「……自国民を人間の盾にするか」

「自陣営からはそう受け取られないように上手くやるのが兄様の恐ろしいところです」

「お前も似たようなものだろうが……それで、聖人会としてはどう動く?」


 レティシエルは協力者たちの顔を順番に眺めたあと、それに答えた。


「国王暗殺未遂。帝都や辺境伯領における虐殺。非道な戦術の数々。ライングリフ派を制裁する理由は幾らでもありますが、アステリアを信じて『我々は』手を出さないことにしましょう」


 退屈そうに円卓に足を乗せていたアレスが不満をこぼす。


「おいおい、最高に楽しげな祭りを前にしてじっとしてろって? やっぱりキミのことは好きになれないなァ」

「ごめんなさい。どうか今は我慢していただけると」

「不干渉はいいとして……『あの男』は?」


 アダムが何かを問い、レティシエルが答える。


「彼の思惑も私とそう変わりません。最適な判断を下してくれるかと」


 そのやり取りに不穏なものを感じたレインヴァールが口を開いた。


「……レティ、何度も聞いてるけど、君は一体なにを望んでるんだ?」

「答えは変わりません。私の願いは聖人会の願い。『公平な世界』です」

「もっと具体的に教えてくれ」

「そうですねえ……今回の戦いで言えば、兄様とアステリア、どちらかを圧勝させないことが狙いでしょうか」

「何かまずいのか?」

「兄様が圧勝してしまえばこのままラトリアは世界を支配し、いずれは聖団の権力と権威でも太刀打ちできなくなります。アステリアも何を考えているかは分かりませんが、女王になって大人しくしているような人間でもないでしょうね」


 アステリアの目的はレインヴァールにとっても気になるところであった。

 彼がスタンスを決めかねている一番の原因なのだから。

 アステリアについて思いを巡らせていると、レティシエルが話を続けた。


「……ただまあ、どちらかといえばアステリア一派が勝ってくれた方が都合が良いですね」

「っていうと?」

「ライングリフ派ほど盤石な勢力ではないのです。戦後社会であの子が現在の支持を保つことは簡単ではありません」


 それからレティシエルは、アステリアの「支配者としての弱さ」について語った。

 曰く、アステリアは人を信じていないのだと。

 戦争の名目が「国王の保護」であっても次代の王であるライングリフを討つ以上、その座を奪うのが真意であることは明白だ。

 なのに彼女は開戦の演説を行った際、明確な敵であるライングリフ派以外からの反感を買うことを恐れたのか、「ライングリフ派の批判」という安易な手を打つばかりで彼らを倒した後のビジョンを明かさなかった。

 目先の脅威や利益に踊らされず、未来をしかと見据えている賢人たちの信頼を勝ち取らなかった。

 だから真っ当な有力者ほどアステリアを支持しない。現段階で彼女やその内輪を支援しているのは「ライングリフ派憎し」で動いている勢力だけだし、その支援だって十分とは言えない。


「あの子に一定のカリスマがあることは事実ですが、支配者らしいやり方というものを理解できてはいません。長年、冒険者に甘んじていたからでしょうか」


 レティシエルの厳しい指摘。

 レインヴァールは政治的な立ち回りができないばかりに状況に流されっぱなしの自身を批難されているように感じ、何も言えなくなった。

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