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14章4節:《千影》、《蝕毒》、《神鎧》、《巧術》

 アルマリカが言い終わった次の瞬間にはもう、その姿が視界から消えていた。

 私が瞬きをしている間に無詠唱で気配遮断を行ったのだろう。《千影》と呼ばれるほどの達人であれば《隠匿(コンシール)》をその域まで仕上げていてもおかしくない。


「アルマリカに注意して!」


 ライル、リル、ゲオルクに声を掛けながら聖魔剣を自身の周囲に展開する。

 それとほぼ同時、白銀の鎧に身を包んだベルタが前進した。特異武装である鎧の恩恵か、儚げな細身の女エルフらしからぬ力強い踏み込みだ。

 彼女の突撃に合わせてトリスタンが液体の入った瓶を投てき、オーラフも《発破(ブラスト)》を連続詠唱する。ベルタの堅牢さを信じているからこそできる、一切迷いのない追撃である。


 私はまず《神炎剣アグニ》で瓶を焼き尽くした。次に《静謐剣セレネ》でオーラフの炎弾への対処を試みたが、数が多いため消し切れず、《加速(アクセル)》で後退する。

 降り注いだ火の玉が地に当たり、炎の嵐が巻き起こる。それを物ともせず突き抜けてくるベルタ。

 そこに割って入ったのはゲオルクだ。

 竜のようにいかつい《克竜剣アスカロン》がベルタの拳と接触する。

 ゲオルクの足もとがふらついたが、押し切られるまではいかなかった。


「こいつはオレがやる! 鎧の能力は知らねえが、芸のないタイプっぽいしな!」

「負!&?あ#!?」


 ゲオルクの挑発的な物言いにベルタが反応する。何を喋っているのか分からないが怒っているのは確かだ。

 彼の言う通り、あの女は純粋なパワー型。手札の多さが強みであり一芸に特化していない私では些か攻略し辛い。

 対し、敵の強さに応じて基礎能力そのものを向上させる剣を持つゲオルクは適任と言える。


 私は更に一歩退いて戦況を観察した。

 ライルがオーラフを、リルがトリスタンを狙っている。

 前者は気配遮断に加え、遠近両方に対応できる《迅雷剣バアル》で巧みにオーラフを翻弄している。後者はトリスタンの出方を窺っているのか、攻撃はせず回避に専念している。

 二人とも何とかなっているようだし、ここは任せよう。

 後方の正規軍本隊は《シュトラーフェ・ケルン》を巻き込むことを恐れ、手をこまねいている。冒険者を軽んじているローレンス辺りなら「構わず撃ちまくれ」と命令しただろうな。フレデリックの良識、或いは臆病さに感謝だ。

 こうなると私が担当すべきはアルマリカか。

 だが奴の姿は見当たらない。

 あいつは適当な性格ではあっても、契約条件に見合った仕事をするプロ意識はあるはずだから、本当に逃げたとは考え辛い。

 少し離れたところから私を射殺そうと企んでいるに違いない。

 絶対防御の《竜鱗剣バルムンク》と威圧の《魔王剣アンラマンユ》を構え、周囲を警戒する。後者は仲間にも悪影響を及ぼしうるのでなるべく使いたくないが。

 そして、私は後方から殺気を読み取った。

 

「そこッ!」


 振り向いて剣を飛ばすが、宙を貫いただけで終わる。

 

「勘が良いっすねえ」


 直後、すぐ後ろからアルマリカの声がした。

 こいつ、まさか「偽の気配」を作り出したのか!?

 アンラマンユを――いや、間に合わない! 

 後ろ首に鋭い何かが迫るのを感じる。恐らくは短剣だ。まだ強化術の効果は切れていないが、もしそれに《術式》の減衰や貫通といった効果が付与されているとしたら。

 最悪の可能性が一瞬、脳裏に浮かぶ。しかし、その刃が首に触れることはなかった。


「ニャーーー!!」


 トリスタンを抑えていたはずのリルが横から現れ、短剣を突き刺そうとする。

 アルマリカは咄嗟に後退した。


「ひえぇ……前にも思ったけど、アンタ天才っすよ。視線誘導に加えて『あいつは弓使いだ』っていう先入観まで利用した奇襲を仕掛けたってのに」

「むしろ、そっちの方が天才的な暗殺者だからこそ『どうせそういうことやってくる』って読んでたニャ」

「なぁるほど。名が売れるというのも一長一短っすねぇ」


 そうか。リルはこの「初見殺し」を引き出した上で対応する為、《幻影(ファントム)》を使い、特に相性が良いわけでもないトリスタンを狙うフリをしたのだ。


 やはり気配遮断の使い手を相手取るなら同類の方が良い。私はリルと目配せを交わし、《術式》使いに有効である《静謐剣セレネ》を貸与する。

 その後、何らかの薬を飲んでいるトリスタンに接近しつつ剣を放った。


「してやられましたか」


 そんなことを言いながらも、彼は柔らかい笑みを崩さない。

 炎を撒く《神炎剣アグニ》と長さが変わる《変幻剣ベルグフォルク》。飛翔する二振りで注意を引き、《徹閃剣カラドボルグ》による神速の刺突を繰り出す。

 回避が困難な三段攻撃であったが、トリスタンは人間離れした動体視力と跳躍力でもってその全てを躱す。


「これはあまり使いたくなかったのですが、あなたが相手なら仕方ありませんか」

「さっきの薬の効果かな?」

「ええ。一時的にオーガ種相当のパワーや鳥人種相当の視力を得られます。これ一本を調合するのに魔族を十人ほど丁寧に解体しないといけないんですよ?」

「クズ野郎が」


 私はそう吐き捨て、更に接近しようとした。

 あの速さとなると剣の遠隔制御で追い詰めることは難しい。ここは経験の差がより影響する近接戦闘を挑むしかない。

 しかし、トリスタンはそれを牽制するように上に跳び、素早く地面に薬瓶を投げつけた。

 アグニによる焼却が間に合わず、瓶が割れる。

 瓶からは何も出ていないように見えるが、不穏なものを感じた私は「みんな離れて!」と仲間たちに呼びかけつつ《加速(アクセル)》も交えて距離を取った。


「不可視の毒霧ってところ?」

「ご明察。ちなみに僕ら四人は解毒薬を飲んでいるのでご心配なく」

「あっそ」

「それにしても素晴らしい実力です、殿下。《狩人の刃(ウェーナートル・ラーミナ)》を破っただけはある。ヴィンセントさんもマリアンナさんも旧《魔王軍》幹部クラスの強さだった筈ですが」

「懐かしい名前。もしかしてあの二人と知り合いだったり?」

「はい。ウチのリーダーはスラムの浮浪児だった頃からの縁でヴィンセントさんを慕っていましてね。僕の方もマリアンナさんとは薬学で繋がった友人でした」


 アルマリカの《破砕(デモリッシュ)》を初めて見た時に既視感を覚えたが、二つのパーティにはそんな繋がりがあったのか。

 

「実は私たちに復讐心を……って、きみらはそういう人間でもないか」

「僕らもあの方々も根っからの悪党ですからね。殺されても文句は言えないでしょう。だからといって殺される気はありませんが」


 それから何度か攻防を重ねたものの、互いに決め切れない状況が続く。

 

 そんな中、金属同士がぶつかる音が派手に鳴り響いた。

 そちらを見ると、ベルタの兜の一部が欠けていた。彼女はよろめきながらも右手をゲオルクに向けて何かをしようとしている。

 だが、すぐ傍に現れたアルマリカがその手を押し下げる。


「この辺りが『報酬分』っすか。そろそろウチらは帰らせてもらうっすよ。トリスっちも薬を使いすぎて赤字なんじゃないっすか?」

「そうですね。あの強化薬まで切っちゃいましたし」

「……%方*1」

「待て、こんなところで退くつもりか!? 正規軍の方はどうする!?」


 まさかの撤退と来た。トリスタンとベルタは受け入れたようだが、オーラフだけは困惑している。

 彼を宥めるようにアルマリカは言う。


「もういいじゃないっすか。あいつら、待遇のわりにウチらをこき使い過ぎなんすよ。その点、『移籍先』はもっと丁重に扱ってくれるはずっす」

「しかし……」

「もしかしてまだ悩んでるっすか? テロリスト時代のスタンスと違うってのは分かるっすけど、新しいご主人自体に不満はないっすよね?」

「……そう言われてしまうとな。やむを得ん、リーダー命令として従おう」


 不承不承聞き入れるオーラフ。

 アルマリカは最後に私たちの方を見て


「っつーわけでウチら、ライングリフ派辞めるっす!」


 とだけ言って、戦場から去っていくのであった。

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