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14章2節:決戦の始まり

 深夜、ライングリフはベッドに入るや否やすぐに眠りについた。

 同衾していないとはいえ、傍に年頃の少女が居るというのに全く意識していないようだ。

 ルアは次期国王の無防備な背中を見て、ようやく自分の立場を実感した。

 

「うう……眠れません……」

 

 良質な布団の中に潜り込み、丸くなる。色々な考えが頭の中を過ぎ去っていく。


 自分なんかが妻になって良かったのだろうか。貴族社会や市井に受け入れられるよう努力してきたし、これからもしていくつもりだが、「獣人が王家に加わること」を否定する人間が居なくなることはないだろう。

 アステリアとの戦争はどう転ぶのか。勝った時、彼女が処刑されるのを座視せねばならないのか。負けた時、ライングリフや自分は処刑されるのだろうか。

 レヴィアス公爵領は問題ないだろうか。母や臣下に出来る限りの引き継ぎはしてきたがやはり不安だ。

 フレイナは自分のことをどう思っているのか。レヴィアスとラトリアの為に生きると決めた今となってはもう想いを伝えることは叶わないのだろうか。


「……やめましょう。優先順位が分かっているなら悩むことなんて何もないはず」


 自分に言い聞かせるように小さく呟くルア。

 そうして無理やり気持ちを切り替え、眠るのであった。



 後日。

 ルアはまず国王バルタザールに挨拶をした。彼は「ようやくライングリフが結婚した」という喜びと「相手が獣人だった」という困惑が入り混じった複雑な感情を抱えていたが、ひとまずはルアを受け入れることにしたようだ。

 その後、ライングリフ派幹部の会議に出席した。


「改めてご結婚おめでとうございます! これでお世継ぎは安泰ですねぇ~」


 にやけ面でデリカシーに欠けた発言をするクロード。

 ライングリフとルア、フレイナが顔をしかめ、王国正規軍将軍フレデリックが慌てだした。ウォルフガングはどこか「心ここにあらず」といった様子である。

 

「世継ぎ云々は今のところ保留だが、諸侯との結束が強まったのは確かだ。これで各領地から更に兵や物資を引き出せる」


 冷静に語るライングリフに、ルアが問いかける。


「アステリアはどう出るでしょうか?」

「真っ直ぐ私を殺しに来るだろうな。既にソドム……いや、帝都を発っている可能性もある」

「なるほど。レヴィアス兵の王都配置を急がせます」

「カーマイン領も予定通り王都防衛を優先しておりますけれど、周辺領地をこんなに手薄にしてよろしいんですの?」

「安心しろ、フレイナ。アステリアに領地を抑えていくようなリソースはないし、あれで案外、手段を選ぶ女だ。略奪もしたがらんだろう」

 

 ライングリフの「アステリア評」は一般的な認識とは異なっていたが、彼女の人となりを知っているルアとフレイナ、ウォルフガングには納得できるものだった。


「お前たち四人は王都で指揮と防衛に専念してもらう。アステリアと遭遇した際には処刑を行う為になるべく生け捕りしてもらいたいが、それも難しいだろうから殺して構わん」


 これから行われるのは最終決戦だ。両陣営とも「撤退」という選択を取ることは難しく、どちらかが死ぬ可能性は高い。

 今一度、覚悟を問う意味で三人の顔を順番に見るライングリフだが、そこに迷いはなかった。

 

「ええ。必要であれば自ら手を下すつもりでいます。『殺し』の禁忌を犯して《熟考の誓い》を喪おうとも」

「それを心配する必要はありませんわ、ルア。わたくしがあの子を仕留めますもの」

「いや、あなたを軽んずるわけではないが、アステリア様は炎の雨をも突破して肉薄してくるだろう」


 ウォルフガングが指摘する。単に「これまでの戦いでフレイナが一度も勝てていない」という現実を突きつけただけでなく、「まだ若いフレイナに友人殺しはさせまい」という優しさもそこにはあった。


「そ、それは……」

「決着は私に任せてくれ、フレイナ。その為に救済の洞穴まで行ってこれを手に入れたんだ」

 

 ウォルフガングは腰に下げた剣を抜いた。

 《虚数剣ツルギ》。派手さこそないが美しく、また見る者にぞっとするような鋭さも感じさせる、刀に似た聖魔剣。

 

「前にも拝見しましたが、やはり魅入られるものがありますね。や~、噂をお教えした身としては本当に聖魔剣があってくれて助かりました」

「ああ、感謝しているよ。これであの方と正面から渡り合える」

「お前が本領を発揮できる条件は整ったというわけだ。頼りにしているぞ、《剣神》」


 ライングリフに言われ、彼は鞘に剣を戻してから恭しく頭を下げた。

 その後、ライングリフは隅でひっそりしているフレデリックの方を見た。


「お前は正規軍を率いて出撃、アステリア軍の兵力を削れ。奴らが平原に出てくるのであれば正規軍の数的優位を生かせる」

「え、えぇ……」


 冷や汗をかいて狼狽えるフレデリック。

 正規軍の実質的な将であったローレンスが戦死したことで、彼はかつてのように軍に関する全ての責任を負う立場となり、プレッシャーと胃痛に苦しんでいた。

 そんな中で「先鋒として敵に向かっていけ」と来た。しかもその敵というのが優秀かつ士気の高い戦士を揃えており、なによりリーダー自身が圧倒的な戦闘能力を持っているアステリア軍だ。

 近年のフレデリックは常々思っていた。「ごく少数の強者に全てをひっくり返される可能性が常に存在する、今の時代の戦いにはついていけない」、と。

 彼はこの場から立ち去りたくてたまらなくなったが、とはいえ最高権力者の指令を無視するわけにもいかず、結局はしぶしぶながらも首肯した。


 最後に、ライングリフはクロードの方に目をやった。


「『アレ』は完成しているのか?」

「もちろん。いつでも使える状態ですよ」

「それは良かった。なるべく使いたくない切り札だが……アステリアにこの国を奪われることだけは何としてでも避けねばならんからな」


 他の面々は二人が何について話しているのか分かっていないようだ。しかし、一様に不穏なものを感じるのであった。



*****



 チャペルによる帝国復活宣言から一週間。

 予定していた出陣の時が訪れた。

 私は部隊の立て直し、死者の確認と簡易的な埋葬など諸々の仕事に追われていたので、本音としてはもう少し休みたかった。

 だが贅沢は言っていられない。

 時間を掛ければその分ラトリア王都の防衛がより強固になってしまう。

 また、ライングリフ派は帝都における敗戦も視野に入れていたのか、さほど物資が残されておらず、長居できそうにない。

 帝国と縁のある《ドーンライト商会》が格安かつ迅速に品物を融通してくれたお陰で、今のところは私たちが滞在していても辛うじて何とかなっている。しかし、帝国再起の噂を聞きつけて各地から人が集まってきたらすぐに立ち行かなくなるだろう。

 ただでさえ今のチャペルは急遽、人々の前に姿を現して皇帝になったばかりで権力基盤が弱い。これ以上の負担は掛けられない。



 朝。我が軍が正門の前で整列している。

 傭兵や民兵、冒険者の人数は減少。《黄泉衆》は壊滅。ライル、リルと彼女の部下、《竜の目》、アルケーは一見無事であるものの、疲労は癒え切っていないだろう。

 帝都攻略前より幾らか弱体化してしまった軍勢を見渡していると、ふと申し訳なさそうにしているチャペルと目が合った。

 昨夜、あの子に「戦力を提供できなくてごめんなさい」と謝られたな。「物資と荷馬車を譲ってくれた。アルケーを連れて行くことを許してくれた。充分だよ」と言ったのに、まだ気にしているのか。

 チャペルに向かってただ微笑みかけると、彼女の表情も徐々に優しい笑顔に変わっていった。

 安心した私は、全軍に語るべく口を大きく開いた。


「さあ、いよいよ決戦だよ! みな疲れてるだろうしお腹も空いてるだろうけど、あと少し力を貸して欲しい! ブレイドワース辺境伯領の悲劇……あんなことがニ度と起こらない世界にするんだ!」


 そして「総員、進軍開始!」と締め括ると、皆が声を上げた。

 ああ、良かった。間違いなく苦しい状況だし仲間や家族を失った者も少なくないだろうが、それでもまだ彼らの心は折れていなかったのだ。

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