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14章1節:ルミナス帝国の復活

 何もかもが灰になったブレイドワース辺境伯領。

 私はルルティエと協力して生存者の捜索と救出をした後、ひとまず帝都に戻ることにした。

 チャペルが心配だ。あの子が折れてしまったら計画の再考を余儀なくされる。

 これまでの犠牲を無駄にしない為に、私だけでなく私と関わった者も前を向き続けねばならないのだ。

 

 銀竜レグスから飛び降り、帝城前に着く。

 そこには人だかりが出来ていた。

 我が軍の兵、魔興旅団の戦士、彼らに拘束されたラトリア王国正規軍の生き残り、収容者たちが揃って階段上の一点を見上げている。

 かつて私がダスクの首を掲げた場所に、今はチャペルが立っていた。

 身体も心も疲れ切っている筈だが、決して揺らぎを感じさせない。

 一歩引いた位置にヴェルキンも居る。あいつに励まされたのだろうか。

 どうやら心配は杞憂に終わったようだ。それでこそ、共に新しい世界を創ることを誓い合った盟友に相応しい。

 思えばチャペルに対する印象も随分と変わったものだな。はじめは「私と違ってヌルい環境で育った皇女サマ」「ダスクやアウグストが居なければ何も出来ない」と感じていたのに。


 チャペルと目が合う。彼女は力強い表情で頷いたあと再び皆の方を見渡し、話し始めた。


「この一年と八ヶ月、私たちは故郷を追われ、散り散りになっていました。ですがそれも今日で終わり。ついに『ソドム』という名を捨て去る時が来たのです。ここはもう流刑地などではなく私たちの愛する帝都です!」


 歓声が上がる。これからここで暮らすことになるであろう魔族と半魔だけではない、人間族や獣人族、エルフ族の多くがこの結果を歓迎していた。


「皇帝チャペルがルミナス帝国の復活を宣言します! さあ、ラトリアの兵士たちよ。王都に帰ってこのことをあなた方の主に伝えなさい!」


 この手で破滅に導いた国の復活と帝位の継承を、人々と共に拍手で祝う。

 さて。チャペルにとってはひと区切りといった感じだが、私にとってはむしろここからが本番だ。

 この新たな拠点で何日かの休息を取ったのち、王都を目指して進軍を開始する。

 そして王宮に突入し、ライングリフを討つ。

 ルアにフレイナ、クロード、ウォルフガングといった難敵を突破せねばならないし、聖人会の動きだって読めない。また突然の介入で滅茶苦茶にされるかも知れない。

 課題だらけだが、ここまで来たら後は臆せず全力で突き進むだけだ。



*****



 帝国復活宣言から数日経って、ラトリア王都にて。

 敗走した兵士たちから報告を受けたライングリフはすぐにこのことを弟ローレンスやドラティア公爵の戦死と共に公表し、世間を震撼させた。

 全ては国民の敵愾心を煽り、結束を強める為。

 更に忙しさが増す状況でありながら予定していた「ルアとの結婚式」を先送りにしなかったのも、士気を向上させる打算の一環に過ぎない。


 《ヴィント財団》が準備に協力した、過剰なまでに豪奢な結婚式場。

 そこに集う有力貴族の中に、ルアの親友であるフレイナも混じっていた。


「いやぁ、ライングリフ殿下がついにご結婚とは! ルア様の御学友であったフレイナ殿にとっては特に喜ばしいことではありませんか?」

「え、ええ」


 貴族の男に話を振られ、作り笑いを浮かべながら肯定するフレイナ。


「最近は辛い出来事が続いて暗雲が立ち込めておりましたが、この素晴らしい報せを聞けば民衆の心も晴れるでしょう!」

「王家の方々のご逝去が続くばかりか、『ルミナスの皇女が存命で、国を再誕させた』と来ましたものね」

「しかも、半分とはいえ王家の血を継いでいるアステリアがそれに手を貸していたというのだから嘆かわしい!」

「……そうですわね」

「領地の焼き討ちに成功したのが不幸中の幸いでありますな。あのまま野放しにしていたらいずれは第二のルミナス帝国になったに違いない」


 分かりやすく憎悪を露わにする男に対し、フレイナは複雑な表情。

 現在進行系で大罪を重ね続けているアステリアを許すことはできないが、それでも、未だ彼女への友情を捨て切れないでいるのだ。

 全てが始まる前にアステリアの境遇に気付けていたら、あの子を罪人にせずに済んだのだろうか――そんなことを思いながら貴族たちの話を聞き流していると、いよいよ主役が姿を現した。


 控えめに微笑しているライングリフ。

 フレイナは敗残兵に先んじて転移の宝玉で帰還、ライングリフに状況報告をしていた。「男としての誇り」に固執したローレンスがフレイナを半ば強引に逃がしたこと、敗戦濃厚であることを聞いた彼は心の底から悲しげにしていたが、今ではすっかり切り替えているようだ。

 ルアも愛想良くしている。彼女の恋心に気づかずともこの結婚が恋愛感情を伴わないことくらいはフレイナも理解していたが、そんな想いを押し殺して幸せな結婚を演出している。

 フレイナは器用な生き方ができる二人を改めて尊敬し、羨んだ。


 予定通りに結婚式が進行していくのを見守るフレイナ。

 相変わらず正体不明のモヤモヤを抱えていたものの、二人の間には「愛ではなく利害で繋がる絆」があることも分かっているから、祝福を拒絶しようとまでは思わなかった。

 慣例となっている新郎新婦のキスを省略したことには内心、安堵してしまったが。



 結婚式と民衆の前でのお披露目が終わり、夜になった。

 将来の王妃となったルアは、強い緊張と不安に苛まれながらもライングリフの寝室に向かう。


「し、失礼します」


 恐る恐る入室すると、そこにはベッドが二つあった。

 結婚初夜だというのにいつも通り書類の山に目を通していたライングリフは、困惑しているルアに優しく微笑んだ。


「別に今すぐでなくとも良かろう。咎める母はもう居ないし、父だってあの調子なのだから」

「なるほど……お気遣いありがとうございます」


 ルアは緊張の糸が切れたようにベッドに座り込み、笑みを返す。

 どこまでも打算的で冷徹だが根底には国家への愛があり、ゆえに我欲に駆られることがない主、ライングリフ。

 そんな彼のことを、恋心はないまでも深く敬愛していた。


「あの……キスして下さっても良かったんですよ。その方が演出として効果的だったのでは?」

「もっともだが、お前のコンディションを悪化させたくはない」

「それで仕事の質を下げるほど感情的ではないつもりです。ライングリフ様が私を『そういう目』で見ていないのは分かっていますし」

「そうか……お前は強いな。結婚相手としてこの上ないとつくづく思うよ」


 しばらく穏やかな沈黙が流れた後、ライングリフはふと口を開いた。


「正直、少しだけ動揺していてな。辺境伯領を潰せたのは大きいが、それ以外は知っての通り芳しくない」

「……はい」

「死体を確認できなかった以上、皇帝家をアステリアが確保している可能性を考えないわけではなかった。だが、飽くまで虜囚に過ぎないと見ていた」

「しかし、実際には対等な仲間として信頼関係を結んでいたと」

「ああ。今のアステリアにルミナスを傀儡化できるカードがあるとは思えん。となれば信頼なくして『復活を認める』という選択は取れまい」

「共に過ごす中で分かり合っていったのでしょうか」

「だろうな。全く、厄介な妹だ」


 僅かながら弱気を見せたライングリフを意外に感じるルア。

 「自分如きが」という気持ちもありつつ、少しくらいはこちらからも気遣いを返さねばと思う彼女であった。


「安心して下さい、あなたは絶対に負けません。ウォルフガングさんやフレイナやクロードさんだって居ます。ついでに、私も」

「自分は『ついで』か。いずれ王妃になるのだからもっと自信を持って欲しいものだ」

「す、すみません。性分でして」

「こちらこそ気を遣わせて悪いな。確かに私は負けん。負けられん。レティシエルが王位を継ぐ気も適性もないことを考えれば、私が負ければラトリアはその長い歴史を終えることになる」

「ええ」

「共にこの国を守り抜こう」

「勿論です!」

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