13章23節【13章完結】:王女と皇女の絶望
「アステリア様……ブレイドワースが……ライングリフ派貴族率いる部隊による襲撃を受けているとのこと……!」
民兵は息を切らしながらそう報告した。
帝都進軍の隙を突いた拠点制圧。ラトリア勢力圏と我が領地が近いのであれば考慮すべき可能性だったが、まさかこの距離を越えてくるなんて。
鼓動が加速し、冷や汗が流れてくる。
私は兵士に連れられ、足早に正門へ向かった。
チャペルのフォローをしてやりたかったけれど、私とて気が気ではないのだ。
正門では全身に火傷を負った領民が治療を受けていた。
体力を振り絞ってなんとかここまで逃げてきたのだろうが、あの焼けただれた姿から思うに、十中八九そう長くは持たない。
深刻な表情で治療を行っているのはシスティーナだ。
後ろでは疲れ切ったゲオルクが城壁にもたれ掛かっていて、彼を心配するようにルルティエが寄り添っている。
《竜の目》が無事に勝利、合流してくれたことに喜びたかったが、今はそんな状況ではない。
「リアちゃんっ!」
「システィーナさん、その人から何があったか聞いてる!?」
「……はい」
システィーナは辛そうに私から目をそらして語る。
敵部隊は領地に残してきた防衛隊を壊滅させた後、焼き討ちや民間人の虐殺を始めたらしい。
目眩がする。思考が霞がかる。
私は、間違えたのか?
「ごめんなさい……私達が村の方に向かっていれば……」
システィーナが嘆く。「結果論を言っても仕方がない」と返してやるべきなのだろうが、そんな気にはなれなかった。
こうして話している今も人々が殺されているのだ。領主としては素人な私を信じ、付いてきてくれた人々が。
助けに行かなきゃ――そう思うのに足が動かない。
なんでだよ。私が始めた戦いだろうが。大体、これまでだってクソみたいな現実をうんざりするほど見てきたんだ。今更なにを怯えている。
俯いて頭の中のモヤを必死に払おうとしている最中、ふと誰かに手を引かれた。
顔を上げる。そこに居たのはルルティエだった。
「行くよ、リア」
彼女はいつもみたいに私を「ピンク女」などと罵ることはなく、かといって慰めもせず、ただそう言った。
この迷いのなさは単に領地で過ごした期間が短いからなのかも知れないが、なんにせよ今は有り難い。
私は力強く頷き、正門の外で休んでいるレグスのもとへ向かった。
二人と一体で空を駆け、やがて辺境伯領上空に到着する。
眼下に広がっている光景は地獄そのものであった。
私の屋敷も含めた家屋のことごとくが燃え盛り、至るところに死体が散乱している。
敵兵はくまなく生存者を探し、執拗に追い回している。
これは「制圧」なんてものじゃない、徹底的な破壊だ。
兵站を断つと共に士気を砕くのが目的か。
「ねえ、ドラゴンはこの子以外もう居ない?」
「そうだね。今すぐ用意……ってのは無理かな」
「じゃあ生存者を帝都まで送ってあげて。ここは私ひとりでやる」
「加勢できなくてごめん。あんたならどうにでもなるだろうから余計なお世話かもしんないけど……絶対生きて帰ってきてよ」
「うん」と答えると同時、私はレグスの背から飛び降りた。
更に聖魔剣を降り注がせ、敵兵を五人ほど撃ち殺した。
着地すると、さっきまで兵に追われていた村人たちがこちらにやってくる。
「アステリア様! 村がぁ……」
「きみ達は今すぐあっちの方に居る女の子のところに避難して。ここのことは気にしちゃだめ。もう……終わりなんだから」
そう口にしてしまった途端、虚しさが押し寄せてきた。
ブレイドワース辺境伯領を得てから二年弱。たったニ年弱かも知れないけれど、それが長く感じられるくらいには頑張ってきたのだ。
何かを築き上げるというのはとても大変なのに、どうして壊れるのは一瞬なのだろう。
村を巡り、生存者を探しながら敵兵を殆ど一方的に殺していく。
彼らの練度はそれなりだし、装備も無駄に充実していた。確かに最小限の戦力で編成されていた防衛隊では厳しいだろうな。
だが私の脅威になるほどの相手は居ない。
そのことが更に喪失感を掻き立てた。帝都解放を成し遂げる為に戦力を集中させる必要があったとはいえ、この程度の部隊に領地を滅ぼされたのだから。
自宅前の広場に着くと、そこには恰幅の良い貴族然とした男が居た。
フェルディナンドの父、ドラティア公爵だ。
経験を積んだことで考え方を変えた息子と異なり、彼は頑迷なライングリフ派にして、弱者を見下し強者におもねる典型的な小物である。
なるほど、こいつなら手柄を求めてここまでやるだろうな。
彼は私を見るや否や、唾を飛ばしながらまくし立てた。
「妾腹め……何もかも貴様のせいだ! 貴様のせいで息子はおかしな思想に染まってしまった!」
随分な物言いである。今や体面を気にする貴族社会においても私はそういう扱いらしい。
「冒険者などという遊びに興じていたことはもう許そう。平民との結婚も祝福してやろう。だがライングリフ様と志を共にしないのはラトリア貴族の恥さらしだ!」
「フェルディナンドは色んなものを見て、受け止めて、悩んで成長したんだよ。きみ達と違ってね」
「黙れいッ! 長らく出奔していた貴様に息子の……貴族の何が分かる!? こうなればその首を取り、貴族として正しい在り方を示してやるのみッ!」
公爵が槍を構え、突撃する。剣を持ってこなかった辺り、本気で私を殺すつもりで来たのだろう。
気概は充分。だが実力は明らかに不足している。
ごめんよ、フェルディナンド。きみの父親だということは蛮行を許す理由にはならない。
「……恨んでくれていいからね」
ここには居ない彼に向けて小さく呟く。
そして私は聖魔剣を放ち、公爵を穿つのであった。
「魔王め……今に見ていろ、ラトリアが貴様に正義の鉄槌を……」
言い終わる前に彼は崩れ落ち、絶命した。
魔王、か。
魔族の居場所として作り上げた村を滅ぼされた当時のあいつは、今の私と同じ気持ちだったのだろうか。
――いや、同調するな。まさにそれこそがライングリフ派の狙いだ。
先の公爵の言葉で読めたが、この蛮行は恐らく「商会員虐殺事件の再演」という目的も含んでいる。
「アステリアは魔王の再来であり、世界の敵である」という認識を積極的に強めようとしているのだ。
そんな手に乗ってやるものか。私はレイジと同じ失敗はしない。
お前たちがどう呼ぼうと勝手だが、私は私だ。「悪」ではなく「外道」として自分のやり方を貫くだけだ。
炎に包まれ、目の前で崩壊していく我が家。
この家と同じように理性を飲み込み、燃やし尽くしてしまいかねない程の怒りを必死に抑えながら、私は改めてそう決意した。
*****
父の亡骸を抱え、大声で泣くチャペル。
誰もが――アルケーすらも――どう声を掛けたらいいのか分からないでいる。
そんな中、傷だらけのヴェルキンが足を引きずりながら現れた。
普通ならば意識を失ってもおかしくないほどの負傷と消耗。意志の力だけがその肉体を支えている。
彼は皇帝家親子の姿から状況を察し、それでも絶望して立ち止まることはなく、チャペルの傍に寄った。
「チャペル様。あなたがルミナスの皇帝になるのです。それが偉大なるアウグスト陛下の御息女であらせられるあなたの責務です」
「ヴェルキン……でも……チャペルなんかじゃ……」
「あなたは独りではありません。我々がどこまでもお支えします」
飾らないながらも優しさに満ちたその物言いが響いたのだろうか。
少しの沈黙の後、チャペルは涙を拭い、ヴェルキンの目を見るのであった。
これにて第13章は完結です。次章「王都侵攻」編をお楽しみに。
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