2章7節:「最強」たる序列一位
一通り話し合いを終えると、私はひとまずゲオルクやフェルディナンドに同行した。
彼らはそれぞれ「宿屋の娘」や「新しく加わったパーティメンバー」に対する問いかけをする為、酒場の周辺にある店で待機していた両者のもとへ向かう。
そして最近の状況の変化について探った結果、二人ともパーティとの直接的な関係ができ始めるより少し前、数日間ほど行方不明になっていたということが分かった。
だが、その間に何をしていたのかと質問すると、彼女たちは急に胸を押さえて苦悶の声を上げ始め、自らの喉を強烈な力で絞めて命を絶とうとしたのであった。
《術式》、或いは非合法の薬草によるものか。
方法は分からないが、明らかに二人は真実に迫るような情報を吐こうとすると苦痛に襲われるように洗脳されている。
恐らく、情報を全て話し終える頃には死んでしまっているだろうから、それ以上問うことは出来なかった。
結局は「行方不明になっていた」ということ以外、分からず終いという訳である。
これらのことを踏まえた上で、予定通りネルに話してみるか。
無論、彼女が同じように洗脳を受けていて命が危うい程に苦しみだしたとしたら、質問はそこで終わりだ。「死んでも情報を吐け」なんて言う気はない。
私はネルを殺す覚悟をしたが、それは飽くまで「彼女が自分の意思で私たちを売っていた場合」の話だ。
***
情報交換の為に再び集合する時間を定めた上で一旦、私たちは他のパーティと別れた。
そして、今日から利用する新しい宿を見繕った。
居場所が知られた以上、あそこに泊まり続ける訳にはいかないのである。
また、先の場でネルに対してあれこれ問うのは彼女にとってストレスになる恐れがあるので、とりあえず落ち着ける場所を確保したかったというのもある。
以前のものとは別の街区に形成されたスラムの宿の部屋を借りると、私はすぐにネルを呼び、テーブルを挟んで向かい合うように座らせた。
他の仲間たちにはひとまず席を外してもらっている。
「……ネルちゃん。聞きたいことがあるんだけど」
「う、うん。どうしたのリアお姉ちゃん」
「私たちと出会う前、普段生活している場所からどこかに迷い込んだことはなかった? もしくは誰かにさらわれたとか」
少しだけ目を見開いた後、すぐに視線を逸らしたネル。
どうやら心当たりがありそうだ。
「正直に話して欲しいな。じゃないと、また変な奴らに襲われちゃうかも知れない」
「……わかった。スラムで怖い人たちにさらわれて、お姉ちゃんたちと会ったお城に閉じ込められるもっと前にね……別の人たちにも捕まってたんだ」
話し始めたネルの顔色が少しだけ悪くなった。
痛みによるものか、恐怖を感じた記憶を想起する不快感か、或いはその両方か。
なんにせよ無理をさせるつもりはないが、可能な限りで真実を明かしてもらう。
「その人たちに何か、されたりした?」
「……うぅ……よく分かんない……怖い女の人に何かされて、変なお薬も飲まされて、それで……」
「それで?」
「『強そうな人たちを見つけて一緒に居るだけでいい。このことを誰かに話したり、いつまでも見つけられないでいると呪いで死ぬ』って言われて……」
「だから、あの城での戦いで最後に残った私たちに取り入ったんだ?」
「ぐすっ……ごめんなさい……黙っててごめんなさい……死んじゃうのが怖くて……!」
苦痛と、恐らくは罪悪感で泣き始めるネル。
恐怖を隠し切れずにいた宿屋の娘と違い、誰かの命令で私たちに接近したことを全く悟らせなかった彼女は、人に取り入る才能を持っていると言える。
悪く言えば、人を利用することに長けているように思える。
だが不思議と、この涙は心からのものだろうと感じた。
私は彼女の猫耳を撫でて「もうちょっとで終わるから」と語りかけた後、懐から地図を取り出した。
命令を受けた場所を示してもらおうと思ってのことだ。
ネルの識字能力は不十分だが、迷子になった時に備えてリーズとライルが王都の地図の見方を教えていたので、それも可能である筈だ。
「ネルちゃん。何となくで良いから、どこでその人と会ったか分かる? あと、その人の見た目とか……」
「見た目は金髪で綺麗だったことしか覚えてない。場所は……えっと、たぶんこの辺にあるおっきいお屋敷……」
そう言うと、彼女は指先を震えさせながら、とあるスラム街の一角を指した。
占領後の王都に複数生まれたスラムの中でも治安の面で言えば最悪の部類で、ギルドが無ければ売春宿以外の宿屋も存在しない場所である。
あんなにも荒れ切った区画に本拠地を構えているとは思えないので小規模な活動拠点があるだけなのだろうが、それでも敵の正体に繋がる情報が転がっている可能性はある。
「ありがと、ネルちゃん。もう大丈夫だよ。みんなと話してくるから少し休んでて」
「うん……本当にごめんなさい」
ネルは息を切らしながらベッドに向かい、すぐに寝息を立て始めた。
罪悪感から無理をしてくれたのか、それとも前の二人と違って洗脳が甘かったのか。
その辺りの真実は分からないが、なんにせよ消耗させてしまったみたいなので、今はそっとしておこう。
私は玄関で待機していた三人の方へ向かい、ネルが話したことを伝えた。
すると、リーズが私に向かって頭を下げた。ライルも少し気まずそうにしている。
「リア様……ごめんなさい! 間接的とはいえ、パーティを危険にさらしたのは私の責任で……!」
「気にしないで。ネルと出会った時に気付けなかった私も悪いし。それより、これからどうするかを決めよ」
「……ええ、分かりました」
「夜にまた《竜の目》や《輝ける黄金》と合流することになってる訳だけれど、それまでに私たちだけで例の場所に行っちゃおうと思うんだ」
私が意思を伝えると、ウォルフガングは頷いた。
他の二人もそれに続く。
「俺はあなた……いや、お前の意見に賛成だ。本格的な決戦にはならないだろうから、身動きの取りやすさを優先した方が良い」
「そうですね。私もそれが良いと思います」
「右に同じ……だけど、ネルの奴はどうするよ?」
ライルが腕を組みながら、私たちの借りている部屋に繋がる通路の方を見て言った。
「ネルちゃんの話だと、敵さんはあの子に対して『ただ同行をしろ』と命じた訳だよね。つまり、《術式》か何かであの子を通して周囲の様子を窺っている可能性があるんだよ」
「そういう事なんだろうな。だから、今この宿に居るのもバレてる筈だぜ」
「たぶんね」
「……一緒に連れて行かないと襲われて人質とかにされるかもしれねぇ」
「でも、連れていくとこちらの動きがバレて何か対策されるかも。とりあえずネルちゃんはここで寝かせておいて、一人だけ一緒に待機しててほしいな。リーズちゃんとかどう?」
「……私を頼って下さるのですか?」
「うん。もし何かあったら責任持って、あの子を守ってあげて」
「承知致しました!」
「よし! じゃあライルとウォルフガングは一緒に来て!」
こうして方針を定めた私たちは早速、ネルとリーズを置いて王都最悪のスラム街へと向かうのであった。
*****
アステリアたちが行動を開始したのとほぼ同時刻。
王都の外と内で、ある二つの組織が動いていた。
王都に程近い地域にあるルグレイン伯領。
《魔王軍》侵攻による被害が軽微だった為、王都よりも整った街並みが広がっているこの領地だが、その中でも一際大きな屋敷にて男と女は口づけを交わしていた。
豪奢なベッドの縁に腰掛けて愛し合っている二人はまだ服を着ている。しかし、これから全てを脱ぎ捨てて快楽を貪ることになるのだろう。
そんな状況下の寝室に、別の男が慌てた様子で飛び込んできた。
短い金髪の小太りな青年だ。身なりも顔立ちも悪くないのだが、贅肉と、それに相反しているかのような余裕なさげな立ち振る舞いが全てを台無しにしている。
一方で男女――茶髪を後ろになで上げた男とカールしている長い金髪を持った女――の方は、楽しみを邪魔されたのにも関わらずニヤついている。
「お、おい貴様たち! 聞いたぞ、どうやら序列入り連中を殺し損ねたそうだな!」
「……あらあら、そんな無粋な話をしに来たんですの?」
「本当に無粋だ。少しは身分相応に落ち着けないものか? どうだ、苛立ちをマリアンナにぶつけてスッキリするか?」
「ヴィンセント様ったら、止めてくださいませ! 正直言ってぜんっっっぜん好みじゃありませんもの!」
「……だそうだ、悪いな」
ヴィンセントと呼ばれた男の挑発的な物言いに対し青年は激高し、顔を真っ赤に染めていく。
「ふざけるな……! 全く、《竜の目》といい貴様らといい、冒険者とは無能しか居ないのか!」
「では、他の誰かに俺たちの始末を依頼するか? 《竜の目》を切り捨て、俺たちに『消せ』と命じたようにな」
「……ふん。依頼でしか動かない傭兵もどきはともかく、貴様らは無能なりにまだ使い道がある」
「よく言うものだ。俺たちの協力なくしては貴様のやっている『物や人の売り買い』は成立しないだろうに。誰が美味しい思いをさせてやっているか分からんか?」
「クソっ、金の為とはいえあんなこと始めなければ良かった……! あの《ヴェンデッタ》に目をつけられるなんて!」
「自ら選んだ悪の道を誇れぬとは、小物だな」
「ほざけ! 私はこれからしばらく地下室に籠もる! 《ヴェンデッタ》や他の連中が報復しにやって来たら貴様らが責任を持って対処しろ!」
「承知した、『殿下』」
小太りの青年が寝室から出ていくや否や、マリアンナはくすくすと笑った。
「……あれで王子なのですから、ラトリア王国に未来はありませんわね」
「生前に『高潔であり武勇に優れている』と謳われた第三王女のような例外も居たが、基本的には王も王妃も無能である以上、その子供らも知れている」
「そうですわね。だからこそ付け入る隙があるというもの……っと」
「どうした、マリアンナ。冒険者共が動いたか?」
「ええ、《ヴェンデッタ》が……ごめんなさい、どうやら洗脳が完全には効いていなかったみたいですの。恐らく、相手がまだ幼かったからでしょう」
「構わん、そういうこともあるだろう」
「寛大で素敵ですわ。さて、どう致しましょう?」
「好きにさせておけ。元よりあんなにも興味深い連中を本気で潰す気などなかった……この場に到るのであれば歓迎してやるまでだ」
ルグレイン伯領でそんな出来事があった一方。
王宮では四人の客人を歓迎する為の盛大なパーティが開かれていた。
多数の貴族たちが挙って彼らと挨拶をしようと近づくが、パーティの主催である少女が扉を開けて客人のもとへやってくると、貴族たちは一斉に身を引く。
――レティシエル・フォルナー・ラトリア。
彼女こそ、ラトリア王国の第二王女である。
年齢はアステリアより一つ上の十八だが彼女よりも更に小柄で童顔であり、非常に可愛らしい印象を与える。
艷やかな金の長髪、優雅でどこか蠱惑的な部分もある所作も相まって「男にとって理想の女」とまで言われている、絶世の美女だ。
客人たちが他の貴族と共にレティシエルに跪いて挨拶をする。
彼女は皆の頭を上げさせると、四人の中で先頭の位置に立っていた人物の手を取った。
これといって特徴がない黒髪の人間族の少年であり、何も知らない人間であれば、こうして王女に歓迎されていることが不思議に思えてしまうだろう。
「お会いできて嬉しいですわ、《勇者》レインヴァール様!」
「えっと、うん……レティシエル殿下」
「どうか『レティ』とお呼び下さいませ」
「分かったよ、レティ」
無邪気に笑うレティシエルに対し、レインヴァールと呼ばれた少年は気まずそうに頭を掻いている。
平凡な外見から見て取れる通り、彼自身は社交界には慣れていない様子だ。
「本日はささやかではありますが、あなた方を歓迎したく、このパーティを開催させて頂きました」
「ああ、ありがとう。まさか王女様自ら、こんなに良くしてくれるなんて……」
「むしろ、この程度で充分なのか、とてもとても不安でした……」
「え?」
「本当はもっと派手にしたかったのですけれど、事前のやり取りでそちらが『王都に来訪していることを街の人々に悟られたくない』と仰っていたので……」
「あ~……僕らが王都に居るのが広く知られると騒ぎになっちゃうからね。王宮までの移動中も、彼の認識阻害系の『魔法』に世話になったよ」
そう言うとレインヴァールは、後ろに立っていた長い銀髪の青年「アダム」を見た。
長く伸びた耳から、エルフ族であることが分かる。
彼は冷淡な表情と口調で、何かを急かすように話し始めた。
「……早速ではありますが、例の件についてのお話をしませんか、レティシエル殿下」
「せっかくのパーティですし、まず食事やダンスを楽しんでから……というのはいかがでしょうか?」
「……ふむ」
「それとも、あなた方にはそれ程の時間すらもないと?」
「いえ、そういう訳では」
何か言いたげではあったものの、冷静に引き下がることを選んだアダム。
二人の間で何らかの心理戦が繰り広げられている間、レインヴァールはどこか上の空だった。
レティシエルは、そんな彼の手を再び握る。
「レインヴァール様、私と踊って下さいませ」
「正直、自信無いんだけど……」
「私にお任せ下さい。王族として、そういった教育も受けてきていますから」
「そっか。じゃあ、お相手願おうかな」
王女と勇者がダンスを踊る中、他の三人の客人は、貴族たちに囲まれながらその様子を眺めていた。
「レティシエル様、まだ恋人居ないんだっけ?」
そう問いかけているのは、レインヴァール以上にこの場にそぐわない容姿をした、エルフ族の少女「レイシャ」。
赤いマフラーと極端に生地の薄いベビードールのような服装だけを纏い、肉感的な身体を隠そうともしない彼女は、「そういう者」として既に周知されていなければこの場を追い出されていただろう。
そんな彼女もまた落ち着きがなく、両サイドで束ねた金髪を弄んで居心地が悪そうにしている。
「ええ、あれほどに美しい御方だから意外に思うかも知れないけれどね。だからこそ、今回の話……レインヴァールとレティシエル殿下の婚約の検討に至ったの」
答えたのは、明るい緑色の髪を伸ばした人間族の少女「アイナ」。
こちらはレインヴァールやレイシャと比べて、この場に馴染んでいるように見える。
だが、勇者を見るその目はどこか悲しげだ。
「ふーん……アイナ、寂しい?」
「そ、そんなことないわよレイシャ! それがラトリア王国の為になるならば、喜んで祝福するわ……ええ……!」
「うそつき。それ、まるっきりレインの言ってた『らのべ?の負けひろいん?』ってやつの思考だよ」
「アイツのよく分からない趣味の話を真に受けないでよ、もう!」
「ふふっ。冗談はさておき、レインが王子になったとして、その立場に馴染めるかは分からないよ。彼もそれが分かってるから気まずそうにしてるんだと思う」
「そうね、人助けのことばかり考えてる馬鹿な男だものね。ハッキリ言って、王子なんて似合わないわ」
少女二人が挨拶を求める貴族に対応しながら雑談していると、そこにアダムがやってくる。
「困ったことだが、アイナの言う通りだろうな。レインヴァールという男はどうせ今も麗しき王女ではなく、街で起きている不審な事件のことを考えているのだろう」
「確か、序列入り冒険者が連続で襲撃を受けているのよね? 実際、私だって気になるわ」
「放っておけ、俺たちが何もせずとも連中は自力で解決するだろう」
「きっと彼は納得しないわよ」
「もしこの場を抜け出したら、いつも通り連れ戻すだけだ。目先の命よりも世界全体の未来を考えるべきだということをいい加減、学んで欲しいものだが」
「ま、そうじゃないから彼は《勇者》なんだとレイシャは思うよ。いつだって目の前のことしか見えてない、そーいうところがレイシャは大好き」
そんな会話をしながら、しばらくの間、表向きは穏やかな時が過ぎていった。
――人間族の男女と、エルフ族の男女。
この場に居る誰もが、知っている。
この四人が、序列第一位の冒険者パーティを構成していることを。
この世の趨勢を決定し得る「最強」であることを。