13章21節:皇帝家の帰還
指揮官であるローレンスが死んだことにより、ソドムを防衛しているライングリフ派の軍団は急速に瓦解し始めた。
再びライルやリルと合流し、予想通り帝城内部に存在した転移の宝玉を破壊したとの報告も受けた。
なおフレイナの姿は見当たらなかったらしい。ローレンスを殺した今になって思うと、本人の意思で逃げたというよりはあいつが「戦場で女が死ぬな」「貴族の女の仕事は血を遺すこと」だの何だの言って無理やり帰したのだろうな。
ソドムの外についてはゲオルクたちとまだ合流していないので状況を把握できていないが、彼らならば大丈夫だろう。
ともかく、私たちは勝利を収めた。
仲間たちがそれぞれの能力を発揮し、奮闘してくれたお陰だ。魔興旅団も、疑いが拭い切れなかったが参戦後は期待を遥かに上回る活躍をしてくれた。
全部終わったら、その時は皆に感謝を伝えねば。
防衛部隊の残存戦力の確認および掃討に関してはこの地に残留することになるであろう魔興旅団に任せる。
こちらの最終目標は王都の制圧だ。犠牲を出してしまったとはいえ、まだ戦闘を続けられるレベルの損耗であるため、態勢を立て直し次第すぐに出発する。
時間を掛ければ掛けるほどライングリフ派は王都の防衛を強固にする。かといって、手薄になった周辺領地を占領して王都を孤立させるようなリソースも私たちにはない。
従って、こちらの作戦は「なるべく迅速に王都を叩く」、この一択と言っていいだろう。
静かになった帝城前広場で城を見上げる。
足音がしたので振り返ってみると、チャペルが勢いよく駆け寄ってきた。
どこまでも純粋な笑顔。あんな表情は初めて見たな。
彼女は私の右手を両手でぎゅっと握った。
「アステリア! それに他の皆様も! 本当にありがとうございます! チャペルたち、ようやくここに帰ってこられたんですね……」
そう言った後、急に恥ずかしくなったのか顔を赤らめてそっぽを向くのであった。
チャペルに続いてアウグストもゆっくりと歩いてくる。
近接戦闘能力のない娘を必死で守っていたのだろう、服はところどころ斬り裂かれており血が出ているが、幸い軽傷で済んでいるようだ。
「私……いや、我からも礼を言おう、アステリア」
「なんか変な感じ。きみ達が国に帰れなくなったのは私のせいなのに」
「それでもだ。あの時、我が恩人を討ったのがそなたでなければ……我々を虜囚にしたのがそなたでなければ帰還は叶わなかった」
「ぜんぶ打算の結果だけどね」
「そなたは女王になろうとしているのだ、それくらいの方が良かろう」
ふっと笑うアウグスト。見慣れた厳しい顔が少し和らいでいた。
私も釣られて笑顔になる。
まさか仇敵同士である私たちがこんな関係になるなんて。
照れ隠しで「打算」とは言ったが、最近の私は間違いなく二人や、少し離れたところで負傷者の治療に勤しんでくれているアルケーに利害を超えた仲間意識を抱いている。
向こうもきっと同じ気持ちだろう。
縁というものはなにも失うばかりではない。
ウォルフガング、ルア、フレイナ、そしてユウキ。今や敵対してしまった恩師と友人たちの姿を心に浮かべながら、そんなことを思うのであった。
「さて、魔興旅団とも合流しなきゃね。まだ戦ってるみたいだから――」
「何人か連れて援護に向かう」。そう言い終える前に、異変は起きた。
東の空が青白く輝き、続いて爆音が鳴り渡る。
私は二人に背を向け、音のした方を見た。
見てしまった。
*****
魔興旅団、防衛部隊の生き残り。崩壊した城壁跡周辺で戦っている両陣営が、武器を振る手を止めて蒼穹を仰ぐ。
そこに居たのは一人の青年であった。
燃えるような赤髪、獰猛な獣を思わせる黄金の瞳。狂気的な笑み。
この場に居る誰もが「何者か」を理解し、そして戦慄した。
「《紅の魔人》……!」
ヴェルキンがその名を呼んだ瞬間、星が墜ちた。
凄まじい閃光に包まれ、陣営に関係なく大勢が蒸発する。
それに留まらず、《紅の魔人》――アレスは《戦乱の誓い》によって親友バルディッシュから奪い取った加速魔法を使用。
暴風を纏いながら急降下、着地と共に衝撃波を発生させる。
彼が辺りを見回した時には防衛部隊の兵の殆どが死体と化しており、魔興旅団もまた半壊状態となっていた。
「き、貴様ァァァァ!!」
辛うじて無事だった正規軍人の男が、突然割り込んできた部外者に仲間を鏖殺されるという理不尽に怒り狂って突撃する。
「やめろッ!」
敵ながら思わず制止してしまったヴェルキンであったが、パニックに陥っている彼の耳に届くことはなかった。
「よっと」
対し、アレスは事も無げに足元に転がっていたロングソードを蹴り上げ、掴み取った。
刃にマナが込められ、赤く光り始める。
それを軽く振り上げると真紅の波動が放たれ、地面を疾走し、正規軍人を縦に真っ二つにした。
アレスは焼け焦げた臓物が零れ落ちる様を冷たい目で一瞥する。
「なんだ雑魚ばっかりかぁ……いや、そっちのキミは結構やれそうかな?」
彼とヴェルキンの視線がぶつかった直後、戦闘は始まった。
ヴェルキンがアレスの足元の土を変形させ、杭を作る。
城壁跡に散乱している大量の石を操り、高速で殺到させる。
並の戦士であれば即死するほどの猛攻だが、相手は個人戦闘力最強と目される男だ。
加速魔法で飛び上がり、杭を躱す。追尾する石の弾丸を吹き飛ばす。暴風の鎧を突破し得る巨大な石は、剣から射出したマナの波動によって破壊する。
すぐにヴェルキンは悟った。
「自分に勝ち目はない」、と。
アレスが空中から一方的に剣波を放ち、仲間が次々と討たれていく。
ヴェルキンは辛うじて直撃を避けられているものの、掠り傷と剣波の熱による火傷で全身が赤く染まっていった。
「戦闘スタイルの相性が悪い」などという話ではない。単純に、格が違いすぎる。
だが彼は逃げも隠れもしない。
勝てないならばせめて、なるべく長くこの化け物を食い止める。それが敬愛なる皇帝家の為に出来ることだ、と決心したのである。
しかし、ヴェルキンの強い想いに反してアレスの表情は段々と冷ややかになっていく。
彼はヴェルキンと距離を空けた状態で着地すると、口を開いた。
「つまらないなァ、キミ」
「何が言いたい?」
「キミは殺し合う相手のことを少しも見ていないじゃないか。実力が足りないならせめて殺意でボクを愉しませてくれよ」
「殺し合いを愉しむ趣味は持ち合わせていないのでな。守るべきものの為に戦う、ただそれだけだ」
「あ~、そういう感じね。はいはい。なんだかやる気が失せちゃったな」
「であれば今すぐに立ち去れ。どういうつもりで介入したのかは知らんが、この戦場に貴殿の居場所は無い」
アレスはヴェルキンに興味を失ったかのように後ろを向く。
「今、ここには『あの子』が来ているんだったね。たぶん城の辺りかな」
「待て!」
アレスがどこに行こうとしているのかを察し、彼を止めようと石の弾丸を放つヴェルキン。
だが、無情にも加速魔法で回避されるだけであった。
*****
なにか嫌な予感がして、私は振り返った。
でも、遅かった。
チャペルを目掛けて光弾が飛来する。
何の予兆もない攻撃だった。
それでも、すぐ隣に居たアウグストだけは反応することが出来た。
愛娘を庇うように前に出る。
そして、光弾が彼の胸を穿つのであった。




