13章19節:穢された帝都
リル、ライルと別れた後、私は百人ほど仲間を連れてソドムを進み始めた。
目指すは帝城。正面から堂々と進軍し、敵の本隊を引きずり出す。
他の兵は正門周辺を拠点にして各自、制圧を行ってもらうことにした。
聖人会の一員としてここを訪れた際には街を観察する時間が殆ど無かったので実感できなかったが、美しかった旧帝都は犯罪者の流刑地にされたことですっかり汚れてしまっていた。
今、後方から付いてきている皇帝家親子はさぞ悔しかろう。
何やら悪臭まで漂ってきたので周囲をよく見てみると、路地に大量の死体が詰め込まれているではないか。
服装のみすぼらしさや人間族以外が多いことから察するに、作戦行動の障害になり得る囚人が正規軍によって虐殺されたのだろう。
ソドム合意は一応「保護の為の収容」が名目であった筈なのだが、そんな体裁を保とうとする気は全く感じられない。
もはや他国からの批難など意に介さないフェーズまで来ているということか。
この戦争がライングリフ派の勝利で終わったら、奴らは武力を振りかざしてでも天上大陸全域を支配しようとするに違いない。
しばらく歩き、そろそろ帝城付近に辿り着くかといったところで、建物や物陰から敵意を宿した人々が一斉に現れた。
正規軍人ではない。鎧を着ておらず、武器も質の悪そうな短剣。構え方からして戦闘技術もない。
笑っている者も居れば怯え切って涙している者も居る。どちらにせよ恐慌状態であり、戦場に立つ者としての覚悟を備えているようには思えない。
「お、大人しく殺されてくれ! そうすりゃ自由になれるんだ!」
先頭に立っている人間族の男が言った。
なるほど、誘惑や脅迫が効く囚人を捨て駒として出してきたか。
「ねえ、私のところに来なよ。一緒にライングリフ派と戦おう。奴らの言いなりにならなくてもいいんだよ」
呼びかけると、囚人の半数ほどは早くも揺れ始めた。
しかし、先の男をはじめとする比較的戦いに乗り気な者たち、つまり免罪という餌に釣られた本物の犯罪者たちは更に敵意を強めた。
「お前ら騙されるな! あの女は罪人と見るや何の躊躇もなく殺すぞ! だったらライングリフに賭けた方がマシだろ!?」
「そんなことないんだけどな……冤罪で捕まってた人は助けてるよ。いや、罪人であったとしても相応の事情と更生の余地があれば許してる。私の仲間、元盗賊でここに囚われてた子たちも居るんだよ?」
「外道がまともぶってんじゃねえ! そんなのお前の勝手な基準に過ぎねえだろうが!」
外道。仰る通りだ。私は誰かの主張する正義や悪には染まらず、自分の基準で物事を判断してきた。
そうしなければ変えられないものがあるから。
それが信用できないというのであれば仕方がない。
状況が許せばじっくり交渉でもしたいところだが、生憎と今はそういう時でもないのだ。
「……逃げるなら今のうちだからね」
先の戦闘で敵兵から奪ったロングソードを二十本ほど浮遊させて切っ先を突きつける。
そんな脅しだけで何人かはどこかに走り去っていった。
だが、すっかり自棄になってしまっている者も多く、彼我の能力差も考えず必死の形相で私を刺し殺そうと迫ってくる。
戦闘能力も覚悟もない敵など殺す必要すらない。
武器を弾き飛ばす。刃をギリギリまで近づけて死の恐怖だけを味わわせる。それでもまだ退かないなら腕を斬り落とす。
そう経たないうちに、辺りには戦意を喪失した囚人だけが残った。
私たちは彼らを放置し、進軍を再開しようとした。
その時、帝城に繋がる大通りの先から、数多くの兵士を伴って男が現れた。
短い金髪、筋肉質な長身を覆う銀の鎧。我が兄、ローレンス・フォルナー・ラトリアだ。
奴こそがソドム防衛部隊を統率している指揮官だろう。
あいつやその配下の実力は未知数だが、今回はローラシエルと戦った時とは異なり攻め側かつ短期決戦が求められる。
従って、小細工は弄さない。全力で叩き潰すだけだ。
両軍が幾らかの距離を保って対峙する。
ローレンスは大通りの隅で縮こまっている囚人たちを忌々しそうに一瞥した。
「時間稼ぎもろくに出来んとは。所詮は戦士としての誇りを微塵も持たぬクズ共か」
そして、昔から愛用しているランスを私に向ける。
「アステリア。我が妹……いや、愛すべき家族を裏切り、あまつさえ死に追いやった貴様はもう妹でも何でもない」
「こっちだって、きみ達の家族として生まれたくなんかなかったよ」
私は聖魔剣を展開しながら、普段通りのラフな口調で吐き捨てた。
戦争が始まってしまった今、どうせ殺さねばならない敵を前にして取り繕うことに意味はない。
「自らの出生に感謝するどころか否定するか。であればここで潔く死ね!」
ローレンスの方もやる気だ。
あいつは強い家族愛を持っているが、その対象に私やお母様が含まれたことは一度たりともなかった。当然、私も憎悪以外の感情を抱いたことはない。
お互い、大した言葉も交わさず早々に臨戦態勢を取ったのは自然な流れであった。
「みんなは周りの正規軍人をお願い。私がローレンスを倒す」
前を見据えたまま指示する。ローレンスもまた「偉大なるラトリアに逆らう愚か者どもを皆殺しにしろ!」と叫び、槍を天に掲げる。
それが開戦の合図となり、両軍は衝突するのであった。
――ローレンス。グレアムとローラシエルに続き、これから私が復讐を行う相手。
あいつは卑劣なグレアムや己の正義を堅持しているローラシエルとはまた違った意味で、物心ついた頃には脅威として認識していた。
家族を愛するどこまでも素直な男、と言えば聞こえは良いが、要は「思慮」という言葉を知らないだけなのだ。
両親や兄、姉の言うことに疑問を抱かないから、何の理屈も持たないままに血統や階級、種族などによる差別をする。
「強く在ることこそが男の役目」「男を支えることこそが女の役目」という浅薄な考えをいつまで経っても改められない。
そんな兄と重ねる形でふと、前世の学校に居た、不良たちの親玉的な立ち位置の男子を思い出した。
素直さゆえに家族や仲間からは「根は良いヤツ」と慕われる一方で、「何となく気に入らない」というだけで暴力を振るう。その矛先は大抵、力も立場も弱い者だ。
弱者を救おうとして結果的に不良となったレイジとは比ぶべくもない小物である。
ユウキがあのクソったれ共に暴行されたり金や食べ物を奪われたり、教科書やお気に入りのライトノベルを破り捨てられたりしていたな。
「カノジョを他校の不良グループから守った」という話をした直後に「汚いホームレスをボコってやった」なんていう話を自慢げにしていたのを耳にした覚えもある。
全くもって救いようがない。こういう連中が居るから世の中はなかなか良くならないんだ。