13章18節:ソドム攻城戦②
城壁から飛来する攻撃を巧みに躱しながら疾走しているそれは、地竜に乗る一人の騎兵であった。
地竜は《魔王軍》が用いていた魔物だ。チャペル抜きであれを手懐けたのか、それとも《魔王軍》崩壊前から飼われていたものの生き残りか。
いずれにせよ、かつては敵として私の前に現れたその姿を見て、今は希望を感じている。
魔興旅団の遣いと思しき竜騎兵の男は私のもとにやって来ると、間髪を入れずに早口で話し始めた。
「われわれ魔興旅団は東側から城壁に対する攻撃を開始した。これで防衛戦力を分断させられる筈だ」
「遅くなった言い訳を聞かせてよ」
募った苛立ちをぶつける。男も男で「仕方ないだろう」とでも言いたげに刺々しく答えた。
「最後の最後まであなたと協力することに納得できない者たちが居たのだ」
「それで説得に時間が掛かったと」
ヴェルキンは帝国復活の為に感情を殺して私と協力することを選んだが、誰もがそう簡単に割り切れるわけではないか。
到着が遅くなったせいで失われた命は帰ってこないけれど、悪意が無いのであれば追及はやめておこう。
「でも、大丈夫なの? 門も何もない東側を攻めても遠距離攻撃で一方的に返り討ちにされるだけじゃない?」
「案ずるな。我らが長ヴェルキンは大地や土、石を操作する魔法を得意としている。他の戦士たちも猛者揃いだ」
「分断を誘うのに充分なプレッシャーを与えられるってことね……分かった、全力で暴れちゃって!」
「あなたに言われずとも。祖国を傷つけるのは気が引けるがな」
男は言い終えるとすぐに去っていった。
さて。犠牲が出ているため怒りと焦りを表出させてしまったが、これは間違いなく起死回生をもたらす一手だ。
実際、敵軍の動揺は急速に拡大しており、戦線を離脱して東側に向かう者も現れ始めている。
とはいえ「王都からソドムに兵を転移させる手段がある」という読みが当たっているとすれば、いずれ兵力が追加投入されるだけだろう。短時間で決着を付けねばならないというのは変わらない。
ここは混乱の隙を突いて一気に畳み掛ける。
「正門を一斉攻撃する! 私に合わせて!」
力いっぱい叫ぶ。そして全ての聖魔剣を駆り、再び巨大な門に刃を突き立てた。
それと同時に、友軍の放った矢や《術式》が集中する。
彼らとの連携は完璧だった。
防壁がバチバチと音を立てて青白く光り、揺らいでいく――が、まだ足りない!
先の狙撃のせいかドラゴンが怯んでしまいブレスを見当違いな方向に撃ったため、充分な火力を叩き出せなかったのだ。
ルルティエがこの場に居ないからだろうか、生存本能を抑えられるほど強く支配できていないようだ。
無駄に終わった一斉攻撃のお返しと言わんばかりに死の豪雨が襲来し、また仲間が何十人も死んだ。
「頼むルルティエ、早く来てくれ!」なんて祈りながらも次の一手を考える。
すると突然、ドラゴンの動きに統率が生まれた。
しかし、あの子や銀の竜の姿は見られない。どうやら祈りが通じたわけではないらしい。
ああ、そうか。ここにはチャペルが居るじゃないか。
魔物の操作なら彼女にも出来る。今の攻撃でドラゴンたちに生じている異変に気づき、ルルティエによる支配を上書きする形で支配魔法を掛けたのだろう。
そしてもう一つ、状況を好転させることが起きた。
正門の向こうから爆音がして、敵兵の意識が内側に向いたのだ。
ライル、リル。やってくれるじゃないか。
「みんな、もう一回ッ!!」
再び命ずる。
一斉攻撃に今度はブレスも加わり、今度こそ障壁と共に正門が砕け散った。
代償としてドラゴンがフレイナによって全て撃ち落とされてしまったが、どのみち市街戦では扱いづらい戦力なので損失としては許容できる範囲だ。
敵軍の混乱と反比例するように、限界を迎えそうになっていた我が軍の士気がたちまち回復していくのが感じられた。
「全軍、突撃!」
私の号令に合わせ、皆が鬨の声を上げた。
地獄の中を必死に走り抜ける。矢に貫かれ、魔弾や砲弾に吹き飛ばされ、炎に焼かれて一人、また一人と倒れていくが、決して止まらない。
そうして私たちはついにソドム内部に到った。
冒険者だった頃の私はルミナスを滅ぼす者としてここに立った。今はルミナスを復活させる為にここに立っている。
不思議な運命に思いを巡らせたいところだが、そんな暇は与えられない。
当然、敵軍は近接戦闘部隊を差し向けてくるし、城壁の上や中に居た弓兵や砲兵、術師たちもやってきた。
ただ、ここまで近づいてしまえばこちらの方が圧倒的に有利だ。
敵兵は戦意、練度ともに私の知る正規軍人よりも数段高いと感じたが、それでも私相手に白兵戦でやり合える者などそうは居ない。
ライルとリル、その他の仲間の協力も得て、速やかに付近を制圧するのであった。
ひとまず戦いが収まる。
フレイナの攻撃まで止んだのは、不利だと感じて逃げ去ったのだろうか。
あの性格だからギリギリまで粘りそうな気もするが。
妙に思いつつも、私はライルとリルの二人を呼び寄せた。
「きみ達が敵の注意を引いてくれたお陰で突破できたよ。ありがと」
「ああ。通用門を抜けるのにもここまで門に近づくのにもメチャクチャ苦労したよ。馬も殺されちまったしな……」
「なんか兵士が急に減り始めたから辛うじて何とかなったニャンねえ」
「魔興旅団が東側の城壁で戦ってるからね」
「へえ、あいつらちゃんと来てくれたんだな」
「随分と遅れたけどねえ……で、二人に次の指示を出したいんだけど」
「ニャニャ?」
「転移の宝玉っぽいものを探して、もし見つけたら破壊して。場所はたぶん帝城……違った場合も人の流れから絞り込めると思う」
「分かった。行ってくる」