13章17節:ソドム攻城戦
迎撃部隊の後衛を壊滅させた私たちは、そのまま勢いを保って進軍した。
さて。ソドムに到着した後は真っ向から正門を突破することになる。
魔王戦争の時は《ヴェンデッタ》とフレイナだけでの攻略だったので通用門から入ってしまえばよかったし、ソドム粛清の時はレイシャの能力で直接乗り込めたが、今回はそうもいかないのである。
私はライルとリルを先行させ、通用門に向かわせた。
隠密行動が得意な二人ならば裏から正門を開放、或いは破壊できるかも知れない。
とはいえ、これは飽くまでサブプラン。敵側もその辺りはしっかり警戒しているだろうから、二人には「生存を優先するように」と言ってある。
敵兵を確実に減らしながら無理のない形で正門も攻略する。最も被害を抑えられるこちらの作戦で行くつもりだ。
ソドムに近づくにつれ、矢や魔弾、砲弾が飛んでくるようになった。
事前の打ち合わせ通り、我が軍の術師たちが防壁を展開する。
また、そのうちの一部が私に対して多重に防御強化の《術式》を掛ける。
それが終わると私は全速力で走り始め、あえて軍勢から突出した。
敵がどれほどの戦力をソドムに投入しているかが分からないので、私が単独で囮になってやろうというわけである。
充分に防御力を高めておけば、もしルアが時間停止を利用した奇襲を仕掛けてきても辛うじて耐えられる。
聖魔剣を持たぬ剣士であるウォルフガング、戦闘スタイル的に対個人よりも対軍団の方が得意なフレイナはもともと有利な相手だ。
これなら行ける。改めてそう確信した私は、仲間たちへの合図も兼ねて声高に詠唱した。
「《加速》ッ!!」
速度を上げ、遠距離攻撃の雨の中を駆け抜ける。
私はリーズほどこの《術式》を上手く扱えないので弾幕を避けることは考えない。防御強化の効力を信じてただ突っ走るだけだ。
しばらく進んだところで砲弾の一つがすぐ横を通り、後方で轟音を立てて爆発。私は上空に吹き飛ばされてしまった。
もろに当たったわけでもないのにこの衝撃力とは凄まじいな。強化のお陰で無傷で済んだが、これがなかったら肉片になっていたかも知れない。
空中を舞っていると、ふと敵意で射抜かれたかのような寒気が走る。
次の瞬間、内城の最上階の一点が明滅した。
反射的に斜め下に向かって再び《加速》を使用する。見上げてみると、多数の炎弾が高速で頭上を通過していった。
あの圧力、間違いなく単なる術師の仕業ではない。あそこにフレイナが居るのだ。
今の攻撃を咄嗟に回避できて良かった。防御力が強化されている今であっても、あの子の《正義の誓い》をまともに食らうのは流石にリスクが高い。
それにしても今回は素直に狙撃に専念してきたか。前回、近距離戦で敗北を喫したことが効いたのだろう。
まあ、地上に居る今なら城壁によって視線が遮られるから正確に狙いを付けることも出来ない。もう一度《加速》で接近しよう――と考えた時だった。
内城の上空に燃え盛る渦が形成され、大量の炎弾を無差別にばら撒き始めたのである。
「ちょっ……! ムチャクチャ過ぎるよフレイナちゃん!」
と、つい愚痴ってしまったが、《正義の誓い》の「敵以外をすり抜ける」という特性を考えれば理に適った使い方と言える。
こうなると回避が困難になる《加速》を使うのは危険すぎる。
私は聖魔剣を召喚しつつ通常の速度で疾走した。
矢や魔弾は無視。砲弾は剣で撃ち落とし、フレイナの炎だけを避ける。
予定よりも少し時間が掛かってしまったが何とか城壁に肉薄した。
不幸中の幸いと言うべきか、未だルアは出てこない。あの子はソドムに来ていないと考えてよさそうだ。もしこの場に居るなら単身で突出している私を狙う筈である。
となれば私がやるべきはなるべく遠距離攻撃要員を減らし、仲間の損害を抑えることだ。
近接防御のため正規軍の白兵戦部隊が現れる。
これは私からしてみれば僥倖だった。
大部隊ともなればやはり全員に命令を厳守させることは難しいのだろう。私を相手取るにも関わらず剣を持っている者が多数混じっているのだ。
己が誇りの象徴を手放せなかったか。ならばその誇りと共に死んでゆけ。
私が《乙女の誓い》を敵軍に対して発動すると、ロングソードはまず持ち主を刺し貫き、それから周囲の兵を斬り刻んだ。
「『剣の王女』……いや、貴様などもはや王女ではない! 魔王の再来だ……!」
兵の一人が憎悪に満ちた顔で絶命した。
好きに呼べ。それで世界を変えられるというのなら幾らでも憎まれてやる。
私は奪取した大量の長剣と聖魔剣を浮遊させ、城壁の上の敵兵を攻撃し始めた。
しかし向こうは想定以上に強固な術的防御陣を敷いており、防御を突破できるものの制圧力に欠ける《静謐剣セレネ》と《徹閃剣カラドボルグ》以外はあまり殲滅に貢献できていない。
城壁を駆け上がって接敵し撃破効率を高めようにも、上から降ってくる攻撃の雨が激しいため容易ではない。
「ならば」と思い《魔王剣アンラマンユ》の能力を解放したが、更に想定外なことに、この切り札すらも妙に効きが悪かった。
アンラマンユの力場の前で物理的防御力は意味をなさないし、仮に肉体が耐えられたとしても精神の方はどうだろうか。確かにローラシエルのやつは気合でこれに耐えていたが、あれほどの傑物はそう居まい。
一般的な《術式》による強化とは異なる、何らかの力が敵軍全体に働いているとしか思えない。
そうこうしているうちに我が軍が追いついてしまった。
敵軍が標的をそちらに切り替える。
圧倒的な弾幕を前に防壁の《術式》は全てをカバーし切れず、砲弾が炸裂し仲間たちを消し炭にした。
この前、私が面接した傭兵の首から下が吹き飛んだ。
「アステリア様のためなら」と決意し、農民から兵になった者がフレイナの炎で焼死した。
――考えるな。考えるな。考えるな考える考えるな!
一人ひとりの人生に向き合い、自分を責めている暇はない。
そうだ、こんなの私らしくないだろう。
アステリアとはもっと冷酷で、やむを得ないのであれば犠牲を出すことも躊躇わない人間だった筈だ。今さら良心があるフリをするな。
私は《静謐剣セレネ》を遠隔操作し、城門にぶつけた。それに合わせ、空を舞っているドラゴンのうちの一体が確実にブレスを当てるため接近する。
門に施された《防壁》が減衰している今ならブレスで破壊できるだろう。
その後は犠牲が出るのを覚悟で内部に強行突入する。これしかない。
だが、フレイナはこちらの狙いを察してしまった。
彼女は上空の渦からではなく、本人が居るであろう内城から炎弾を発射。それは城門をすり抜け、高度を下げており回避し辛い状態であったドラゴンを爆殺するのであった。
あの距離からこうも正確に撃ち抜いてくるか。
多対多という最適なシチュエーションで、最適なスポットに立っているフレイナがこれほどまでに厄介だったとは。
もはや作戦のことごとくを潰された怒りを通り越して、かつて友人だった者としての敬意すら湧いてくるな。
次はどうすべきか。正門の突破を諦め、比較的手薄なところを探してブレスで城壁をぶち壊すか?
いや、先にドラゴンが全て撃ち落とされるだろう。
ライルたちを信じて待つか?
いや、このまま持久戦をしていては損耗がかさんで作戦続行が不可能になる。
クソったれ、魔興旅団の連中は何をやっているんだ。あいつらが居たら状況を打開できるかも知れないのに。
まさか裏切ったのか?
そう思ったとき、敵軍に動揺が走ったのを感じ取った。
それとほぼ同時、北東の方向から何かがこちらに向かって走ってくるのが見えた。