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13章16節:恋を知った竜

 ゲオルクは覚悟を示すように両手に力を込め、《克竜剣アスカロン》を構える。

「メリサンドにとっては死こそが唯一の救いだ」などと考えたくはなかったが、普段は冷淡な彼女らしからぬ激情に満ちた瞳と向き合ってしまってはもはや他の選択肢など取りようもない。

 同じ環境で育ってきたがゆえに苦しみが想像できるゲオルクならば尚更に。

 任務としても、対話に付き合う気がないというのであれば気持ちを切り替えるしかない。

 説得はあくまで己の感情が「敵を食い止める」という任務と噛み合ったからこそやっていたこと。感情と任務が矛盾するのであれば後者を優先する。

 任務のためなら感情が拒絶しようとも関係なく人を殺す。

 それが傭兵としてのプロ意識――いや、《工場》育ちの在り方である。


 ゲオルクは思った。「確かにオレは未だ『商品』のままなのかも知れない」、と。


「ゲオルクさん、戦うんですか……?」


 システィーナが悲痛な面持ちで彼を見上げた。


「ああ」

「あの方、お友達じゃ……」

「さっきは抜かったがもう大丈夫だ。あいつはオレ一人でやるから、お前は他の奴らの援護に戻れ」

「でも……」

「システィ!」


 強く名を呼ばれた彼女は「納得できない」とでも言いたげに俯きながらその場を離れていく。

 ゲオルクがふと周囲を見渡すと、システィーナだけでなく敵兵もメリサンドとゲオルクから距離を置きつつあった。

 部隊最強の女が全力を出そうとしているのを察し、巻き込まれないようにしたのだろうか。


「ちょうどいい。これなら邪魔が入ることもねえだろ」

「そうね。今、ここはあなたと私だけの戦場になったわ」

「行くぞメリィ! もう出し惜しみはしねえ!」


 そんな宣言と共にゲオルクは駆け出した。

 その瞬間、大地が激しく震動する。

 地上で戦っている他の者達がバランスを崩す中、ゲオルクだけは全く揺らがずメリサンドとの距離を詰めていたが、やがて地表を突き破って現れた無数の水柱のうちの一つが彼の身体を打ち上げる。

 メリサンドは予備動作なしで大規模な魔法を使用したのである。エルフと魔族、魔法適性が宿り得る二つの種族の血を引いているからこそ出来る芸当だ。


 しかし、戦闘に有利な形質を持って生まれたのはゲオルクも同じ。

 常人であればバラバラになるほどの衝撃を受けても彼は無傷であった。竜人の肉体とはそれほどまでに頑丈なのだ。

 むしろ吹き飛ばされた勢いを利用して接近し、空中から剣を振り下ろそうとしている。

 それを返り討ちにすべく、メリサンドは青の長髪を幾つかの棘に変えて凄まじい速度で殺到させる。

 その時、ゲオルクの額にある黄金の瞳が輝いた。


「当たらねえ……よッ!」


 彼は空中で僅かに身体を逸らし、刺突を回避する。

 そのまま着地し、メリサンドの頭部を狙って竜の如き大剣を振り下ろす。

 スライムや粘人に対して物理的攻撃を行っても基本的には吸収されたり即座に再生されるだけだが、核である部位を破壊すれば殺すことが出来る。

 無論、メリサンドも黙ってその弱点を潰される気はなく、ゲル状になった両腕を絡みつかせて剣の勢いを吸収した。

 

「これを止めるかよ。流石だなメリィ」

「あなたこそ魔眼は健在のようね」


 ゲオルクの第三の瞳は魔眼となっており、アレスやバルディッシュの双眸に近い異能を持つ。

 あの二人のような予知能力とまではいかないが、観察対象の細かな動きを見破り、高速戦闘の中でも攻撃を回避したり隙を突いたりすることが可能になる。


 ゲオルクは力を強め、刃を進めようとする。

 しかしメリサンドが両足を粘体に変えて地中に浸透させたことに気づき、咄嗟に後方に跳んだ。

 直後、さっきまで彼の立っていた位置から青い粘体の槍が突き出てくる。

「あと少し反応が遅れていたら串刺しにされていた」という事実に冷や汗をかきながらも再び疾走するゲオルク。

 対し、メリサンドは魔法で大量の水弾を放つ。

 うっかり二人の戦場に飛び込んできた哀れな魔物たちが背後で四散していたが、体力の消耗を覚悟で魔眼を発動させ続けているゲオルクには当たらない。

 彼は《克竜剣アスカロン》の能力も使い、先程よりも速く重い剣閃を繰り出す。

 再び腕で受け止めるメリサンド。今度はすんなり勢いを殺すことが出来ず、片腕がちぎれ飛ぶ。

 このままでは押し切られると思ったか、彼女は防御することをやめ、腕を再生しながら後ろに跳んだ。


「さっきは手を抜いていた……いえ、その剣の能力ね?」

「そうか、これと出会ったのは脱走後だからお前は知らないのか。ああ、この《克竜剣アスカロン》は『相手が強ければ強いほど持ち主を強化する』っつうもんだ」


「白兵戦では分が悪い」と感じ距離を取ろうとするメリサンドと、接敵しようとするゲオルク。

 二人は戦場を嵐のように駆け巡りながら、攻撃と共に言葉を交わしていた。


「竜人の血を引くあなたが『克竜』とは面白い冗談ね」

「そう言うな。これは自由を求める気持ちの象徴みたいなもんなんだよ」

「己の出自からは逃れられないわ。あなたは一生、《工場》で産まれた『竜』なの。私と同じ」


 既に覚悟を決めたゲオルクが動揺することはない。

 疾駆する度により速くなり、剣を振るう度により重くなる。

 敵が倒れない限り強化され続けるゲオルクに勝つには、その強化が追いつかないほど威力のある一撃をぶつけるしかない。

 そう気づいたメリサンドは、大きく後退したのち両手を天に掲げた。


「あなたと再会できて良かったわ」


 笑顔で、そんなことを言いながら。


「お前、何をするつもりだ!?」


 ゲオルクの問いかけを無視し、魔法で空に巨大な水塊を作る。

 その威圧感に誰もが気を取られる中、メリサンドは急にふらついて嘔吐した。

 それは、エルフと魔族の子であってもマナ欠乏を引き起こすほどの大魔法であった。

 拒絶反応による激痛に苦しむ彼女であったが、しかし止まらない。

 全力を出すことが許される相手と巡り会えた喜びを噛みしめるように笑みを保っている。

 やがて限界を超えてマナを消費したメリサンドは呪血病を発症し、肉体を黒化させ始めた。

 同時に水塊も闇を帯びる。


――《虚ろの力》。ごく一部の呪血病患者が発現させる、未知の異能力。

 この世界を取り巻く絶望(のろい)がもたらす、最低最悪の祝福である。


 ゲオルクは《虚ろの力》について知らないにせよ、その様子から不穏なものを感じずにはいられなかった。

 メリサンドを殺すためか。それとも止めるためか。

 自分でも分からないまま彼は駆け出したが、同時にメリサンドの大魔法が解放される。

 空中の水塊が闇を内包した水弾を全方位に撃ち出した。

 単なる衝撃力だけではない、《崩壊の空》から出現する漆黒の獣のように全てを朽ちさせる力を宿したそれは、魔物を、空を飛ぶ竜を、《黄泉衆》を、部隊の仲間すらも黒い塵に変えていく。


「ゲオルクさんっ! ゲオルクさんっ!」

「これ以上近づくのは無理だってば! 一旦退くよっ!」


 レグスの上に戻ったシスティーナはゲオルクを助けに行こうとするも、ルルティエがレグスに戦場から離れるよう指示する。

 システィーナの《防壁(バリア)》は通常の水弾であれば完全に無効化できるほど堅牢だが、メリサンドのそれは《虚ろの力》によって強化されているため《術式》を減衰させてしまうのだ。


 ゲオルクはたった一人、魔眼によって黒雨を躱しながらメリサンドに向かっていく。

 彼女はまだ動く左腕を槍のような形に変えて突きを繰り出す。

 まともに食らえば即死の黒雨を避けることに専念していたためそちらは避け切れず横腹を抉られるゲオルクであったが、それでも足を止めない。

 そして接敵した彼は、メリサンドの頭部めがけて剣を振り下ろした。

 

 しかし、その剣が彼女の美しい顔を両断することはなかった。

 先にメリサンドが急速に進行した呪血病によって力尽き、崩れ落ちたのだ。

 魔法で空中に維持されていた水塊が落下し、荒れ果てた草原を濡らしていく。

 それを確認し、緊張の糸が切れたゲオルクもまた倒れ込んだ。

 二人で静まり返った空を眺める。隣に居るメリサンドの顔を見ることは出来なかった。


「ありがとう」


 隣からそんな声が聞こえた気がしたが、激闘ですっかり疲れ切ってしまったゲオルクは何も返せない。

 薄れゆく視界に泣きじゃくるシスティーナが映り込んだ。

 温かい涙がこぼれ落ちて顔に当たる。


 ゲオルクは未知の感覚に襲われていた。

 人が死ぬというのはいつだって不愉快なものだったがそれともまた違う、良心を越えた個人的な感情。

 心に穴が空いたかのような虚しさ。

 彼は目を閉じ、この想いについて考えて、考えて、考えて、ようやく答えに辿り着いた。


――ああ、そうか。オレはきっとメリサンドに「恋」ってやつをしていたんだ。

 だから救いたかった。生きる苦しさは理解した上で、それでも生きて欲しかった。

 今までよく分からなかったシスティーナへの気持ちも、彼女がオレに向けてくる気持ちも多分これと同じものなんだろう。

 喪いたくない。一緒に生きていきたい。

 この想いを忘れなければ、オレはいつか変われる。戦いのない世界でも自分を肯定して生きていけるはずだ――


 彼は消えかけていた意識を取り戻し、大切なことを教えてくれた初恋の相手を直視した。

 そして、「泣くことに意味なんてない」とずっと封印してきた涙を流すのであった。

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