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13章15節:あなたと私の戦場(いばしょ)

「雰囲気、変わったな。十三年も経ったんだから当たり前か」

「……あなたもね」


 ゲオルクとメリサンド。角と第三の目、鱗と尻尾を持つ半竜人と、肉体を液状化できる半粘人。

 彼らは同じ年に同じ《工場》で生まれ、生き地獄の中で共に育ち、同じ時に亜人部隊に配属されるという数奇な縁で結ばれている。

 そういった関係性と特徴的な外見が相まって、十三年ぶりの再会であっても互いのことはすぐに分かった様子である。

 二人とも言葉を交わしながらも戦うことを止めないが、前者だけでなく後者も思うところがあるのか、実力を十全に発揮するには至っていないようだ。


 アステリアたちが亜人部隊との戦線を抜けたのを確認すると、ゲオルクは力強く言い放った。


「メリィ、もう正規軍の言いなりになるのはよせ! 今ならどこへだって行けるだろ!」


 そう、彼はずっと説得のタイミングを見計らっていたのだ。

「亜人部隊の相手は任せて欲しい」とアステリアに提案したのは「部隊から逃げ出した自分が向き合わねばならないことだから」という完全なる私情もあるにはあるが、一番は説得できる可能性を信じてのことだ。

 こういう時のアステリアは容赦をしないし、こういう時に限って説得などと手緩いことをしようものなら強く咎めてくるだろうから、彼女にはこの場から離れてもらう必要があったのである。

 無論、ゲオルクは決して任務を蔑ろにしているわけではない。メリサンドが話を聞く素振りを見せない、つまり「敵を食い止める」という目的に貢献できないようであれば説得を試みるつもりはなかった。


「ゲオルク様、無意味なことはお止めください。あの者たちはただの排除対象に過ぎません」


 他の亜人部隊員と戦っていた《黄泉衆》の一人が、さっとゲオルクのそばに現れて忠告する。


「こっちはいいから、お前らは他の奴を抑えるのに専念しろ」

「しかし……」

「どうせアイツの相手はオレじゃなきゃ務まらない。今こうして引き付けられている以上、何も文句は言えない筈だ」


 そう返された《黄泉衆》は納得せざるを得ず、黙って距離を取った。

 そんな様子を見ながらメリサンドは淡々と呟く。


「あなた、昔よりも更に強くなったけれど、賢明さで言えば変わっていないわね。何度も『一緒にここを出よう』と言ってきたあの頃と、なにも」

「覚えてたのか。結局、一人で逃げちまって悪い。本当はお前も探し出して連れていきたかったが、オレも『同行者』も酷い怪我を負っててな」


 ゲオルクは懐かしく思い、フッと笑みをこぼした。

 対してメリサンドは冷たい表情のままだ。


「私はどこにも行かないし行けない」

「お前の方こそ相変わらず頑固だな」

「だって、脱走してどうなるっていうの?」

「もちろん自由に……」

「でも結局こうして戦場(いばしょ)に固執しているじゃない。この説得行為だって、ただ間違った道を選んだ自分自身を許したいからやっているだけ」

「違う、オレはっ……!」

「第三王女に雇われるまでは冒険者という自由な立場でありながらラトリアに与するような依頼を受けていたそうね? あなたが解放されたとはとても思えないわ」


 普段は考え込まないようにしていた現実を突きつけられ、ゲオルクの心が強く乱れた。

 確かに彼は「悲惨な戦場を無くしたい」と願う一方で、その戦場に居ない自分をイメージできていない。

 また「自分を許すために説得している」という指摘も、メリサンドを助けたいと思う感情の正体が掴めない以上は反駁しようがない。

「必要悪」という言葉で良心を騙しながらラトリアに手を貸していたのも、脱走に至るまでの自分を育てた彼らの絶対性を否定し切れないからだ。


「……ああ、お前の言う通りだよ。オレはあの頃と何も変わってない」


 未だ真なる自由を得ていない身ではメリサンドに希望を与えることなど出来ないと気付いたゲオルクは、希望を見せてくれた者の名前を出すことにした。


「オレが信じられないっていうならアステリアを信じてくれよ。あいつならきっとオレやお前みたいなのだって変えてくれる……救ってくれる」

「祖国を裏切ったあの御姫様がどの程度の人物なのかは分からないけど……私はそもそも変わりたいだなんて思ってないのよ。一秒でも早く『商品』としての生を全うして死ぬ。それ以上は何も求めてない」

「……そんなに人として生きるのが嫌なのかよ」

「ええ。自由という名の闇に覆われた世界に放り出されて、希望などという儚いものだけを頼りに生き続けるなんてごめんだわ。『死ぬか殺すか』以外に何もない戦場の方がずっと良い」


 ゲオルクは理解した。メリサンドは全てに絶望しているのだと。

『商品』である自分に絶望しながらも、『商品』ではない自分にも絶望しているから環境から逃れようとせず、ただ戦場で死ぬことを求める。

 学習性無力感。それは《工場》育ちの大半が抱えているものだ。

『商品』である為に必要なこと以外なにも教えられない、なにも与えられない、なにも許されない。そんな環境で少年時代を過ごしたにも関わらず「自由になりたい」「生きたい」と願い続けたゲオルクは非常に稀有な存在なのである。


 一体どうすればこれほどまでに深い絶望を晴らせるのか――そう思い悩むゲオルクのもとに、青いゲル状になったメリサンドの腕が迫る。

 反応が間に合わず死を覚悟した彼であったが、伸ばされた腕は光の障壁によって阻まれた。

 それと同時に空からシスティーナがスカートを押さえながら落ちてきたので、ゲオルクは両腕で受け止めて下ろした。

 彼女は照れくさそうに笑ったあと、すぐに真剣な表情に戻ってメリサンドを見つめる。


「ゲオルクさんやリアちゃんだけじゃありません。私だって……上で頑張ってるルルちゃんやレグスくんだって居ます! だから、どうか自由を怖れないでくださいっ!」


 システィーナの真摯な訴えを前にゲオルクもメリサンドも息を呑み、戦うことを忘れていた。

 

「お前……さっきの話、聞いてたのか」

「ごめんなさい、つい気になっちゃって。ゲオルクさんのお友達なんですよね? 絶対に助けないと!」


 メリサンドは二人のやり取りを眺めながら、少し悲しげな笑みを浮かべた。


「なるほど、そういうこと……あなたには大切な仲間が出来たのね。さっき『同行者』と言っていたけれど、脱走を決意したのはそれが理由かしら」

「ああ。あそこに居るルルティエって奴と出会ってな。行くアテもなく彷徨ってたところをこいつに救われた」

「……羨ましいわね」

「じゃあお前も一緒に……!」


 ゲオルクは「メリサンドが希望を抱いてくれた」と思い手を差し伸べようとしたが、すぐにそれが勘違いだと分かった。

 彼女は笑みを怒りに変え、再び戦闘態勢を取る。

 望みを失くした者が他者の幸運を目にしたところで「自分も同じようになれる」とは考えない。それどころか多大な精神的苦痛を受けることになる。

 皮肉なことに、システィーナが現れたことはむしろメリサンドのゲオルクに対する隔意を増大させてしまったのである。


「本当に羨ましい。誰かを信じられることが。未来を信じられることが。そういう気持ちを抱けることが当たり前だなんて思わない方が良いわ」

「メリィ……!」

「さあ、無駄話はここでおしまい。私を殺して、みんなのところへ送りなさいよゲオルク!」

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