13章14節:王国正規軍亜人部隊
私は伝令を通して全軍に作戦を伝えると共にチャペルの合意を得た。
《黄泉衆》は前衛としてすぐ近くに居るので、自ら指示を行う。
死人たちの虚ろな瞳の向こう側に「またもや我が下僕を盾にするつもりか」と嘆くレンが見えた気がしたが、たぶん不承不承ながらも受け入れてくれた。
戦列から《竜の目》、《黄泉衆》、最後尾で群れていた多種多様な魔物たちが離脱する。
そうこうしているうちに、ソドム方面からこちらに向かってくる敵部隊が見え始める。
まずは散開している人影。物量で圧殺する正規軍の通常のやり方とは異なる、個々の戦闘力を重視した隊形だ。やはり秘密部隊で間違いない。
その少し後ろには一列に並んでいる人影。こちらが「表側の」部隊だろう。前衛から若干距離を置いているのはいつでも彼らを見捨てて後退できるようにする為か。
「……来たな。二人は上空から援護だ。オレは《黄泉衆》やそこの魔物どもと一緒に正面からぶつかる」
ゲオルクが命じると、ルルティエとシスティーナは頷いて銀の竜に乗った。
三人とも普段からドラゴンと共闘しているが故だろうか。ラトリア勢力圏で生きてきた者にしては珍しく、本来は討伐の対象である魔物がそばで仲間面をしていても何ら違和感を抱いていないようだ。
彼らに魔物の軍勢を付けて正解だったな。
やがて彼我の距離が縮まると、矢や魔弾が飛来するようになった。
「んじゃ行くか。上手くやってくれよアステリア!」
ゲオルクはそう言い、速度を上げて突撃していった。《黄泉衆》と魔物もそれに続く。
私たち本隊は彼らにスピードを合わせつつも少しずつ横に逸れていく。
敵の後衛部隊はこちらの狙いを察したようだ。最初はゲオルクらに射撃の雨を降り注がせていたが、すぐにターゲットを私たちに切り替えてきた。
「みんな怯まないでっ! 仲間を信じて前進して!」
後ろに続く戦士たちの動揺を感じ取った私は、前方を見たまま激励すると同時に《魔王剣アンラマンユ》を召喚、敵の戦列に向けて放った。
《竜鱗剣バルムンク》と《静謐剣セレネ》も出し、それぞれ矢と魔弾を迎撃させる。
私だけではない。ライルやアルケーなど、遠隔攻撃系や防御系の《術式》が使える者も弾幕を的確に捌いてくれている。
このまま行けば後衛部隊と接敵できる――そう思った直後。
既にゲオルクたちと激しい戦いを繰り広げていた亜人部隊の何人かが、側面からの攻撃を狙う形でこちらに走ってくる。
剣の制御に忙しくてちゃんと観察している余裕はないが、亜人部隊のメンバーは帝都侵攻の際に交戦した、あのバルディッシュの配下である魔人たちにも匹敵するように感じられる。つまり並の戦士では太刀打ちできない。
無視して突っ走るべきか。それとも私が一旦後退してライル辺りに先導を任せるべきか。
そんなことを考え始めた時だった。
ゲオルクたちを援護していたドラゴンのうち五体がやってきて、炎のブレスによる牽制を行ったのだ。
これには精鋭といえども動きを止めざるを得ないようである。
「ルルちゃんナイスっ!」
嬉しくなって、つい誰にともなく呟いてしまう。
流石はルルティエ。つんけんした性格だが、何だかんだ周りに気が配れる。
後衛部隊は接敵されることを恐れたのか、慌てて下がり始めた。予想通り、亜人部隊を簡単に見捨てたわけだ。
だがこちらとしてはソドムを目指しつつ後衛をゲオルクたちから引き剥がしたかったので、むしろ好都合であった。
「追撃するよライル!」
「おうっ!」
私は《加速》を詠唱、ライルも馬を疾駆させ一気に距離を詰める。
ここまで近づいてしまえばもう怖いものはない。遠近両方に対応できる正規軍人はさほど多くないのだ。
魔王の黒剣が力場を生じさせ、《神炎剣アグニ》が炎を拡散させて敵を蹂躙する。
私の戦闘スタイルを予習していたのか、それらを上手く躱した者も居た。しかし気配を殺して接近するライルにまでは対応できず、馬に蹴散らされたり《迅雷剣バアル》の雷に打たれるなどして無力化された。
それから少しして後ろの仲間たちが私とライルに追いつくと、敵の生き残りは完全に統制と戦意を失い、一目散に敗走していった。
さあ、この戦場における私たちの役割は果たしたぞ。
ゲオルクたちの勝利を信じて先に進むとしよう。
*****
ゲオルクらが交戦距離に入るや否や、亜人部隊に所属する数十人の兵士は一言も発さないままに攻撃を仕掛けてきた。
それは部隊の長であるメリサンドも同じだ。
一方、彼女と戦っているゲオルクの攻めはどこか鋭さに欠けている。
「亜人部隊を抑える」という役目こそ宣言通りに果たしているものの、躊躇しているようにすら見える。
メリサンドが自身の両腕を剣の形に変え、斬撃を繰り出してくる。
ゲオルクはそれを《克竜剣アスカロン》で防ぎながら敵部隊を観察し、「彼女以外に」見知った顔が居ないことに気づいた。
そして緊張と悲痛をはらんだ声色で語りかけるのであった。
「久しぶりだな、メリィ。お前以外はみんな死んじまったか」