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13章13節:ソドム侵攻

 六月も半ば。優しい風が草原を撫でる朝、私たちは出撃の準備を終えた。

 ブレイドワース辺境伯領の郊外に並ぶ我が軍勢を見渡す。

 戦力としては、まず《アド・アストラ》――すなわち私やライル、リルと彼女に付き従う元盗賊団員。後方に居るチャペルと彼女に手懐けられた五十体ほどの魔物たち。同じく後方で治療や負傷者の護衛を担当するアルケーと、魔物の操作に集中するチャペルを守るアウグスト。

 《竜の目》。上空にはルルティエの相棒、レグスが支配したドラゴンが十体ほど、円を描くように飛行している。

 それからレンが送ってくれた《黄泉衆》が十人。

 その他、傭兵や民兵、冒険者など、合わせて三千人ほど。

 万が一のことを考えて辺境伯領に最低限の兵を残しているが、これが私の動かせるほぼ全てだ。

 ライングリフ派の軍は規模感と精鋭の強さ、どちらの意味でも、六万人の連合軍を相手に互角にやり合った《魔王軍》に匹敵する力を持つだろう。それを思えば、現地にて魔興旅団と合流する予定であることを加味しても充分とは言えない。

 しかし、これ以上準備に時間を掛けてしまえばライングリフ派に先手を打たれる。この戦力で何とかソドムを落とすしかない。


 寒冷な地域だというのに嫌な汗が湧き出してくる。

「勝てないかも知れない」という懸念だけではない。こうして総軍を眺めていると、多くの命を預かる立場になってしまったことを改めて実感させられるのだ。

 こんな気持ちを誰かに打ち明けようものなら「女王になろうとしている者が今更なにを」と言われるだろうから、表には出さないけれど。

 私が前世では内気な人嫌いに過ぎなかったことなど、ここに居ないユウキやレイジを除いては誰も知らないから、理解を得られる筈もない。

 前世の記憶を取り戻したばかりの頃、私は自分自身の命を含めた全てをどこか他人事のように認識していた節がある。

「どうせ一度終わった人生、失うものなど何もない」――そう思っていたあの頃の自分ならば、これほど息が詰まるような感覚に陥ることはなかったのだろうか。

 

 深呼吸し、膨張していく不安を飲み込む。

 そして私は皆に告げた。


「目標は旧帝都の制圧。敵軍を一掃した後は、そこに御座すルミナス皇帝が帝国の復活を宣言する」


 私が皇帝家親子を匿っていたこと、女王となり、彼らと協力して新世界を創っていくつもりであることは事前に伝えてある。これは確認だ。

 この話を最初にした時には方針に同意し切れず領地を去っていった兵や民も少し居たが、今、気が変わってこの場から去ろうとする者は居なかった。

 誰もが強い意志を感じさせる目をしている。


「王都での決戦が本番とは言っても、ここで負けたら一巻の終わりだよ。そのことを肝に銘じて、どうか全力で戦って欲しい。後悔させないから。絶対に『あいつを信じて良かった』って思わせるから」


 言い終わると共に私は剣を掲げた。

 《勝利剣ウルスラグナ》。

 未だ能力の分からぬこの剣に希望を託そう。


「総員、進軍開始っ!」


 そう号令すると、皆が鬨の声を上げるのであった。


 こうして軍団に加わり、共に戦うことを選んでくれた兵士達も含め、私と志を共にする者の多くは「この世界に自分の居場所はない」と感じている。

 種族や階級、貧困、傷病などを理由に迫害された者。与えられた環境に適応できなかった者。望まぬ生き方しか選べなかった者。

 リーズはかつて「あなたには苦しみを抱えている人間を惹きつける魅力がある」と語っていたが、今まさに私はそういった者達の期待を一身に背負っているというわけだ。

 ならば不安に押し潰されそうになっている暇はない。負けている暇もない。

 絶対に勝って、このクソったれな世界を斬り裂いてやる。


***


 隊列が乱れない範囲で足早に進軍していく。

 ソドム付近までは殆ど遮蔽がないので、奇襲を警戒し過ぎるよりは速度を優先した方が良い。

 なお、移動手段は徒歩である。ローレンスがそうしているように指揮官である私くらいは馬にでも乗れたら状況把握が楽になったのかも知れないが、生憎と王室時代に兄たちのように乗馬を仕込まれなかったので苦手意識があった。

 但し、ライルにだけは馬を買い与えてある。彼は馬術と気配遮断の技術を併せ持つため、リルを相乗りさせて共に偵察を担当してもらっている。

 この世界の馬は商人が独占的に利用しているから入手するのはなかなか困難だったけれど、あの二人であれば無駄にはしないだろう。


 偵察のため先行させていたライルたちが戻ってくる。

 どうやら敵はこちらが動き始めたことに気づき、迎撃部隊を差し向けてきたようだ。

 人数が少なく装備はバラバラ、しかも前衛は魔族や半魔ばかりという妙な構成だと言う。

 ソドムの囚人を肉の盾として投入してきた説もなくはないが、恐らくは例の亜人部隊を前衛とし、正規軍が《術式》や弓で後方支援――或いは脱走を試みた者の射殺――を行う形を取った混成部隊なのだろう。


「……奴らを出してきたか」


 隣に居るゲオルクが、怒りと悲しみの入り混じった表情で小さく呟いた。

 《竜の目》はプロ意識の塊だ。変に加減してしまうようなことはないとも思いつつ、少し心配になったので声を掛けることにした。


「大丈夫? もしきみの元同僚だったなら、やれる?」

「問題ねえよ。隊を抜け出してからもう十三年だしな。むしろ前衛はオレ達に任せて欲しいんだが」


 ゲオルクが提案する。私はあまり乗り気になれなかった。

 敵がわざわざ少数で出てきたというのであれば、こちらは総軍をもって真っ向から迎え撃つのが定石だ。

 とはいえ、それは個々人の戦闘力の差がそれほどない場合の話である。


「きみの古巣……《工場》で文字通り死ぬほどの訓練を受けてきたっていうのは前に聞いたけど、そんなに練度が高いの?」

「当然だ。弱い奴は《工場》時代や実戦投入後にすぐ淘汰されちまうからな」

「あぁ……」

「下手に戦力を割いても損耗が増えるし時間も稼がれるしでソドムの掌握がやり辛くなるだけだ。なら相手側と同じく少数で挑んだほうがいい」

「うーむ。私たちはどうしたらいい?」

「オレらが前衛を引き付けている間に後ろに抜けて正規軍を蹴散らし、そのままソドムに行ってくれ。攻城用にドラゴンを何体かそっちに付ける」

「分かった。例の部隊に関しては私よりもきみの方が詳しいだろうし、その判断を信じることにするよ」


 と言い終えた後、私は「ただ……」と付け加えた。

 敵が幾ら少数で、かつ《竜の目》が強いとは言っても、三人とドラゴン数体では厳しかろう。

 加えて、先のゲオルクの表情。彼が戦えない可能性も僅かながら捨て切れない。

 こういう時のサポート兼監視役として、情を持たぬ操り人形である「彼ら」は適任だ。

 

「《黄泉衆》をきみ達と一緒に戦わせる。後は、そうだなぁ……チャペルちゃんにお願いして魔物も加勢させるよ。市街地よりも開けた場所の方が活かしやすい戦力だしさ」

「了解だ。ありがとな、アステリア」

「負けないでね。提案、聞いてあげたんだから」

「分かってる。お前を失望させはしないさ」

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