2章6節:共同戦線
私たち全員が中心街に向かい、様子を窺い始めてから少しだけ時間が経過した。
まだ早朝にも関わらず、ある街区には不自然に人が集まって騒ぎになっている。
群衆に近づいてみると、彼らの中心にはフェルディナンドやその仲間たちと、焼け焦げた幾つかの建物が見えた。
「クソっ、宿を襲ったのは誰だ! そこの貴様か! 随分と貧しそうだものな、高貴な僕に嫉妬したのだろう!」
血相を変えて怒り、明らかに無関係そうな平民の胸ぐらを掴もうとするフェルディナンドを周りの女たちが制止している。
何があったか大方の予想はついているが、確認してみることにするか。
「ねえねえ、フェルディナンド」
「む……あなたとこんなにも早く再会出来るとは! だが、今は浮かれていられる状況でもないのだ……」
「なにかあったの? その辺が戦闘でもあったみたいにボロボロになってるけど」
「聞いてくれ! 僕ら《輝ける黄金》が利用していた宿に賊共がやって来たのだ! なんとか全員撃退出来たが、愛する仲間の一人を喪ってしまった……!」
拳を握り込み、怒りを露わにするフェルディナンド。
こんな男だが、自身を囲う女たちのことは本当に大切に思っているようだ。
それにしても、やはり予想通り私たち以外のパーティも狙われていたか。
《輝ける黄金》がたった一人の犠牲であの敵を撃退出来たというのは少し意外だが。フェルディナンド本人はともかく、他の連中はそれなりにやれるということか。
「実は少し前、私たちも襲撃されたんだ」
「なんと!? 男共と下層市民は知ったことではないが、リアやそちらの赤髪の女性は無事だったか?」
「一言余計だって……まあ、みんな無事だったよ。でもまた襲撃されるかも知れないから、対処したいな~って思ってるところ」
そんなことを言うと、フェルディナンドは真剣な表情で両手を握ってきた。
後ろの女たちが「フェル様に手を握られるなんて!」などと叫び、驚きと不快感の入り混じった顔でこちらを見ている。
私の後ろの居るリーズも、全く逆の意味で同じような顔をしていることだろう。
急に手を握られた私自身が最もびっくりしているのだが。
「わっ、なになに!?」
「ここは共同戦線と行かないか? 決して僕らだけで事態に対応するのが不安だからではないぞ、決して!」
彼の手はガクガクと震えていた。
良くも悪くも――悪い面の方が多いのだが――嘘のつけない男だなと思う。
「しっかりしてよ序列三位……で、共同戦線なんだけど、実は私もそれを提案しようとは思ってたんだよね」
正直なところ《輝ける黄金》は、その序列に相応しい頼り甲斐があるとは考えられない。
しかし、利用出来る仲間は一人でも多いに越したことはないだろう。
さっきまではこんな男のことだから「名誉に繋がらない自衛の為の戦いなんてしたくない」と情けないことを言い始めると思っていたが、想定よりも仲間への情がある奴で良かった。
こちらが手を払いのけながらも申し出を受け入れる意思を示すと、フェルディナンドは心の底から嬉しそうな笑みを見せた。
いや、「浮かれていられる状況でもない」とか何とか言ってたじゃないか。
私は普通にこいつのことが人として気に入らないので、なんだかグーで顔面を殴りたくなるが、そんな気持ちを抑えて笑顔で返す。
「そ、それじゃあ僕らと一緒に……!?」
「幸い、階級と金の力で得た人脈だけはあるみたいだし、頑張ってもらうよ」
「くっ……手厳しいがそこも好きだ! それで、こちらは何をすればいいのだ?」
「とりあえず他にも襲撃を受けた冒険者が居ないか、街を回って調べてきて欲しいな。もし居たら、敵に繋がる情報を持ってるかも知れないから連れてきてよ」
「なるほど、承知した!」
私が集合場所と集合時間を伝えると、彼は女たちと共に去っていた。
ときどき何人かの仲間が後ろを振り向いて睨んできたのが不快だったが、それくらいは許そう。
リーズは許せていないみたいだが。
「気に入らない……あんな連中に頼る必要はあるのですかリア様」
「さっきも言ったけど人脈だけは持ってそうだからさ」
「ま、貴族のボンボンだからな。俺も気に入らねえけど、今はせいぜい利用させてもらうとしようぜ」
ライルが言うと、ウォルフガングも少し笑って同調する。
「それに、彼はリアに気があるようだしな。そういう感情を利用する強かさも時と場合によっては必要だろう」
「せんせい、『気がある』ってどーいうこと?」
「あ~、えっとだな……『好き』ということだ、ネル」
「そっか。じゃあ私もゔぇんでった?のみんなに気があるよ!」
ニコニコしているネル。まだ幼いからこそ、天然なのかわざとやっているのか判別がつかない。
どちらにせよ、この子はまさしくウォルフガングの言う「強かさ」を――誰かに愛され、その愛でもって生き抜く術を持っていると言えるだろう。
「……じゃ、私たちも調査再開ね」
***
しばらく街を見て回ったが、私たちの探索した街区において他の被害者は見られなかった。
何の指針もなく歩いていた訳ではなく、冒険者がよく使用しているとされる宿を幾つか通ったが、どこも特に変わりはない様子だった。
どうやら敵は無差別に冒険者を狙っているという訳ではないらしい。
となると今までの傾向的に言って、序列入りに対象を絞った攻撃が行われているのかも知れない。
序列を向上させるのに最も手っ取り早い方法は「上位のパーティを消すこと」だ。敵側に何かしらの感情的要素がないのであれば、恐らくそれが目的だろう。
約束の時間がやってきたので、私たちは街の広場にある噴水の傍で考えをまとめながら待機していた。
すると、フェルディナンドたちが三人の男女を連れてこちらに向かってくる。
貴族のボンボンとは性格が合わないのか、露骨に嫌そうな顔をしている男と少女。それに比べてもう一人の女性は柔和な笑みを浮かべている。
《竜の目》。
ここに来たということはつまり、彼らも?
「げっ……なんでアイツらまで居るの」
「そう言うなよルル。『金で買った序列三位』だけよりはずっと良い。先日は仕事だから一戦交えたとはいえ、オレはアイツらのこと嫌いじゃないしな」
「もう、二人ともギスギスしちゃ駄目ですよ! こんな状況なんですから、みんなで協力しないと!」
三人のやり取りを尻目に、フェルディナンドは私の前にやって来る。
「リア、どうもこの連中……序列『七位』の《竜の目》も襲撃を受けたらしい」
わざわざ『七位』を強調して報告してくる。どれだけプライドが高いんだこいつは。
「へ~。《蒼天の双翼》に続いて《輝ける黄金》、《竜の目》……なるほどね」
私がそんな風に白々しく「自分たちを省いて」言うと、ゲオルクとルルティエがじっとこちらを睨む。
彼らは冒険者歴が長いのと、以前に共闘したことがあるから私たちが《ヴェンデッタ》であるのを知ってしまっているが、フェルディナンドは気づいていない。
だから私たちが同じ序列入りパーティであることは隠しておきたいのである。
彼がどれほど正直かつ私に好意があろうが、冒険者としての素性を同業者に知られて良いことなんてそう無いのだ。
ゲオルクが私の意図に気づいたのか、言葉を濁して確認を取る。長年、冒険者をやっているだけあって察しの良い男である。
「『なるほど』って……つまり敵の狙いは……」
「たぶんね。だから、ここは一時的に協力しようよ」
「ああ。仕事以外での戦いはしない主義だが、身を守る為なら話は別だ」
「んん? なんだかよく分からないが、リアが受け入れてくれたことに感謝しろよ、序列『七位』ども」
「なんできみが威張ってるんだ」と突っ込みたくなったがスルーした。
***
落ち着いて話し合う為に場所を変えることにした。
中心街の酒場――その奥にある個室で、私とゲオルク、フェルディナンドはテーブルを囲んでいる。
あまり人数が居ても話がまとまらないから、他の者たちについては店の周りで待機してもらっている。
「……さて、二人は襲撃者について何か知ってる?」
「あんな下劣な賊共、戦いの果てに皆殺しにしたぞ……主に仲間の者たちの力でな!」
「こっちは何人か生かして無力化した上で話を聞こうとしたんだが、その瞬間に相手が爆死しちまったな……」
「そっか。実は私たちもそうだったんだよね」
「なるほど……って、これでは何も分からぬではないか!」
ガタっと音を立てて立ち上がるフェルディナンドに対し、手を上下に動かすようなジェスチャーをして座らせる。
確かに何も分からないので、少し視点を変えてみることにしよう。
「……ところで、何で私たちの居場所がピンポイントで分かったんだろう? どうせ使ってる宿を隠そうともしてなかったフェルディナンドはともかく」
「当然だろう。なぜ名門貴族にして序列入りの冒険者でもある僕がコソコソと街を歩かねばならん! 大人物たるもの、堂々としていなくては!」
「コイツはともかく、オレらは街でもそれなりに周囲に気を配りながら行動しているつもりだ。生半可な尾行や偵察なら察知できるだろう」
「だよねぇ……じゃあ、何でもいいから最近、身の回りに違和感や変化はなかった?」
と、自分で問いかけておきながら。
私は気づいてしまい、僅かに悪寒が走った。
最近の環境の変化。
あるだろう、分かりやすいのが。
「僕らの場合は強いて言えば、少し前に新しいパーティメンバーを雇い入れたことくらいか? だが友人としての付き合いは以前からあったから信頼出来る。決して密偵などではない!」
「オレらは……そういやリアには話したが、宿屋の娘が妙に世話を焼いてくるようになったな。と言っても、誰かにこっちの状況を報告しに行ってるような様子はなかったぞ?」
「こちらも同じだ。僕はパーティメンバーと生活を共にしているから、あの子たち全員、疑う余地などないことは分かる」
「そっかぁ……でも、最近まで仲間じゃなかった人との接点が増え始めたのは事実みたいだね」
「自ら手伝いを申し出た癖にやたらと怯えてるのに違和感を覚えてはいたが……まだ何とも言えんな。リアたちも似たような状況だったのか?」
「まあ……うん」
ネル。一週間ほど前から、私たちとの付き合いが出来始めた存在。
他のパーティと同様、共に過ごすようになってからの行動そのものに不審な点は見られなかったので今まで疑いを持たなかったが、可能性があるとしたら十中八九そこだろう。
仮にそうだとしても一体、どんな手を使って連絡を取ったのかは分からないが、後で確認してみる必要がある。
事と次第によっては仲間たちが何を言おうとも、この手でネルを斬らねばならなくなるな。