13章12節:最適な命の使い方
アステリア達が魔興旅団の拠点に到着したちょうどその時、王都にて。
クロードは、王城から少し離れたところにある監獄に訪れていた。
ここには主に政治犯が収容されており、かつてはオーラフをはじめとする《北ラトリア解放騎士団》残党が居たこともある。
しかし、クロードが目的としているのはそうした「表側」ではない。
厳重に閉ざされた鉄の扉の前に居る看守は、クロードを見た途端に恐縮したように頭を下げて扉を開放した。
こつこつと音を立てて地下へ続く階段を下りていくクロード。
地下には多くの独房が並んでおり、それらの扉が僅かな火の灯りだけで照らされている。
ここは昔、重罪人を閉じ込めておく牢だったが、現在はラトリアが《工場》から買い取って秘密部隊に配属した奴隷たちの個室として利用されている。
そのためか、通路で見回りをしているのは看守ではなく、一様に不機嫌そうな顔をした完全武装の正規軍人たちだ。
クロードは鉄格子の付けられた扉を開け、独房の一室に入った。
内部は廊下の印象に反して広く清潔であり、快適な生活が送れるよう家具や照明なども一通り揃っている。
奴隷たちに「ここから逃げ出したい」と思わせないため、ある程度は待遇を良くしているのである。
外の正規軍人が不機嫌そうにしていたのは、室内で休んでいる彼らに対して嫉妬しているがゆえ。
しかし、そんな感情を抱けるのは彼らの悲惨な過去を、運命を知らないからだ。
《工場》では地獄のような日々を過ごしてきたし、こうして売られてきてからも「戦って死ね」と命じられれば死ぬ以外の選択肢はない。
《工場》を出たばかりの頃は誰しも生活が幾らかマシになることを泣いて喜ぶが、大抵は長く戦えば戦うほど《工場》で早々に力尽きて死んでいった者たちを羨むようになるのである。
今、ベッドに腰掛けて冷たい目でクロードを見上げている女もその一人だ。
水色の長髪と長い耳を持つその女は隊員の例に漏れず半魔であり、一見すると普通のエルフ族のようだが髪の毛先が液体のように透き通っている。
粘人種――「人型になって知性を獲得したスライム」とでも言うべき外見や特性を持つ魔族とエルフ族のハーフである。
「……出撃?」
「ええ、メリサンドさん。隊員にも声を掛けておいて下さい。ボクが手配したばかりの新入りも居ますが、あなた程の強者が隊長ということなら素直に従うでしょう」
「今度こそ私が死ねるくらいの相手なの?」
戦いに出る時が来たと知るや否や、メリサンドと呼ばれた女はそんなことを聞いた。
クロードは笑みを崩さないまま肩をすくめる。
「現場であなた方に命令を下す正規軍人たちがどう思っているかは分かりませんが、ボクとしてはあなたにはもっと自分を大事にして頂きたいんですよねえ」
「『商品』として役に立つからでしょう」
「ええ。あなたは掃いて捨てるほど居る消耗品とは違いますから。出来るだけ長生きして頂けた方が世の為です」
それから、クロードは何ら悪びれもせずメリサンドの商品価値を語った。
彼女は出自からして貴重な存在だ。粘人種とエルフ、どちらも繁殖力が弱く希少で、その半魔ともなれば尚更に安定して育つことは稀である。
加えて、秘密部隊のメンバーとして酷使されながらも十五年以上生存している。配属された奴隷の殆どが五年以内に死亡する部隊で、だ。
粘人の特異な身体的特徴とエルフの魔法適性、双方を活かせる才能の賜物である――もっとも、死を望む本人にとっては不幸なことだが。
「生産性が低く富も持たない無能はより早くその生命を社会の為に捧げるべきです。提供できる価値が命しかないのですから。しかし、あなたのような優れた者は継続的に社会に尽くして欲しいのですよ」
人の命を「生産性」や「価値」という観点で語るクロードに嫌気が差したメリサンドは、彼を鋭く睨みつけた。
「……そう言うあなたは何を生産しているの? 自分では何も作らない。戦いもしない。ただ命令するだけじゃない」
そんな皮肉を返されてもクロードは全く動じない。
「システムですよ。ボクは人がより効率的に価値を発揮できる方法や環境を作っているんです。個別の些末な事象に拘泥するよりも余程にやりがいがある仕事ですよ」
「あなたのような……苦しい環境に在っても一つ一つの物事に必死に向き合っている者に敬意を抱かない人間が居るから、この世から格差が無くならないのよ」
「いえいえ、格差は常に、自然に『ある』ものです。ボクが作ってるわけじゃありません。ボクは居場所を提供してあげているだけ。《工場》の運営や人身売買もその一環です」
「まともではない行為を、まるで善意でやっているみたいに言うのね」
「ええ。弱者は適切な居場所を見極める知恵も選択する力もありません。ですから、人身売買という形で最適な命の使い方を決めてあげているんです。教育を受けるよりも危険な鉱山で働いた方が良い人間は居ます。畑を耕すよりも戦場で殺し合った方が良い人間も居ます」
「酷い話だわ」
「何やら良識派ぶっていますが、結局はあなたもこの不自由で楽な世界を愛しているのではないですか。自らを『商品』と呼んでその立場を脱しようとも世の中を変えようともせず、自殺すらしないのですから」
「……」
「もう満足いくまで議論できましたか? では、あなたはあなたの戦場を守って下さい」
メリサンドはクロードとの会話にうんざりし、静かに立ち上がって部屋を出ていった。
その背中を見送りながら、クロードは呟く。
「大丈夫。アステリア様は本気みたいですから、あなたの望みもきっと叶いますよ。ボクに言わせれば勿体ないことこの上ありませんが……」