13章11節:魔興旅団
「聖人会の改革」という忌々しい発表を受け、私はつい爪を噛んでしまう程の苛立ちを抱えたままアレセイアから自領に転移した。
《アド・アストラ》の皆にこのことを伝えに行こうと廊下を歩いていると、キョロキョロと辺りを見回しているリルと遭遇する。
彼女は「とある人物」との会談を成立させるための交渉要員として出張をさせていたので、数日ぶりの再会であった。
「リルちゃん! 帰ってきてたんだね」
「ちょうどアステリア様を探してたところだったニャ! 会談の予定が決まったニャ!」
「それは良かった。『何がなんでもあいつとは手を結びたくない』って断られる覚悟もしてたからなあ」
「意外と冷静で助かったニャンねえ」
私は予定を確認すると、まず《アド・アストラ》の主要メンバーに聖人会の一件を伝え、「戦場で奴らが邪魔をしてきた場合は躊躇わず排除するように」と命じた。
それからすぐに支度を整え、リルおよび皇帝家親子を伴ってブレイドワース辺境伯領を発つのであった。
旧ルミナス帝都北東。まだラトリア勢力の支配が及んでおらず、魔族系の原住民や被支配領域から逃げてきた難民の集落が点在する地域。
一面の雪景色の中、旧帝都を占領している正規軍の監視網を避けられるルートで馬車による移動を行う。
私がいま向かっているのは「魔興旅団」と呼ばれる武装集団の拠点だ。
魔興旅団は《魔王軍》の瓦解によって生まれた残党組織の一つであり、原住民の合意を得てこの一帯を支配して以降は生活のため、そしてルミナス帝国を復活させるために略奪行為を繰り返している。
《砕震の魔人》の名でも知られるリーダーの男、ヴェルキンは元ルミナス帝国軍――主戦力である《魔王軍》を補佐する帝国直属の軍団――の将校という経歴ゆえか統率力にはそれなりに定評があるようだ。
烏合の衆ばかりとされる《魔王軍》残党の中でも魔興旅団だけは彼のお陰で秩序が保たれており、規模についても最大級を誇っている。
ただ当然ながら、このような辺境しか支配できていない時点で軍閥としての力は《魔王軍》には及ぶべくもない。単なる盗賊団の域を出ていないと言えるレベルだ。
それでもやり方は選んでいるようで、襲撃を行う対象は《ヴィント財団》やラトリア貴族が派遣した旧帝都行きの商団に限定しているし、加害も最小限に留めているらしい。
帝都制圧にあたって、私は彼らに協力を頼もうと思っている。
《竜の目》が加わった今、制圧自体は成し遂げられるかも知れないが、実効支配を維持するための人員が必要となる。
そこで、元帝国軍将校として皇帝家に忠誠を誓っているヴェルキンと、彼の統率する魔興旅団に皇帝家や帝都を守ってもらおうというわけである。
リルを使いに出していたのは、彼女の「人に取り入る才能」を見込んでのこと、また盗賊団の長として種族に関係なく人を率いてきたので適性があると思ってのことだ。
とはいえ、重要な取り決めは私自ら行わねばこちらが本気であることは伝わらないから、今こうして出向いているのだが。
魔興旅団の拠点が近づくにつれ、寒々しいテント生活を送っている者達が見え始める。
この辺りの原住民はもともと定住せず狩猟採集・漁撈で暮らしているのでこういった生活に慣れている一方で、難民にとっては辛いものがあるだろう。
しばらくは私と目が合っても怪訝そうな顔をするだけの者が多かったが、段々と視線に明確な敵意を宿した魔族や半魔が増えてくる。
魔興旅団の構成員、すなわち旧《魔王軍》や帝国軍の武人だ。
彼らにとっての私は主を殺害した仇敵。こうして憎むのも無理はない。
外套で隠れているアウグストとチャペルの顔を見ればまた違った感情を抱くかも知れないが、二人を連れてきたのは飽くまで保険だ。下手に姿を晒させて余計な騒ぎを招くことは避けたい。
こちらを睨む人々の間を通り、一際大きなテントの近くに到着する。
まずリルが馬車を降りると、テントの前で眉間にしわを寄せていた旅団メンバーの女の表情が一気に明るくなった。
交渉のためここに滞在している間にすっかり打ち解けたようだ。流石のコミュニケーション能力である。
リルは女に話を通すと私たちに向かって手招きをしたので、私と親子も馬車を降り、共にテントに入っていく。
内部は簡易的な作戦会議室のようになっており、六人の団員が次の略奪計画について話し合っていた。
その中の一人、赤肌の屈強なオーク族――ヴェルキンは、私たちを見ると他の団員を退室させた。
彼は険しい顔つきに反した丁寧な仕草で着席を促す。
私たち四人はそれに従い、彼と向き合う形で椅子に座った。
「ご足労感謝する。事情は既にリル殿から伺っている」
「なら話は早そうだね」
「そちらの二人は?」
「私の護衛……ってことにしておいて」
ヴェルキンはフードで顔を隠したままの親子を少し観察した後、何も言わず私の方に向き直った。
私は確認のため、改めてこちらの意思を告げた。
アウグストとチャペル、アルケーを確保していること。
帝都を解放し、アウグストを再び玉座に就かせて帝国を復活させるつもりでいること。その一連の作戦に協力して欲しいこと。
私がラトリア女王になった暁には帝国と連携し、魔王戦争のような争いが再び起こることのない世界を創ろうと考えていること。
全てを話し終えてヴェルキンの目をじっと見ると、彼は思いのほかあっさりと答えた。
「ぜひ協力させて欲しい」
「私のこと、信じてくれるの?」
「元々そのつもりでこの場に招いた。我々の主が貴女のもとにいらっしゃるというのであれば断る理由はない。もっとも、決心がついたのはこうして対面してからだが」
「っていうと?」
「ダスク様を亡き者にした貴女のことを我々がどう思っているか、知らないわけではあるまい?」
ヴェルキンは怒りの感情を押し殺すように淡々と言った。
「……うん。私にとっては必要なことだったから謝る気はないけど」
「そう、貴女は我々の怒りを理解した上でここに現れた。自分はその覚悟を認めたのだ。加えてもう一つ……いや、今はやめておこう」
彼は一瞬、皇帝家親子の方へと視線をやった。
元将校ということで二人と接触する機会があったからだろうか、明らかに正体に気づいている風だ。
それで私の言うことが真実であるという確信を抱き、快諾したのか。
しかし、正体を見抜いていることを二人に伝えないのは何故だろう。色々と話したいこともあるだろうに。
ヴェルキンの心情について考えていると、彼は再び口を開いた。
「協力に関してだが、一つ条件を付ける。われわれ魔興旅団はそちらの軍勢には加わらず、帝都制圧までは独自に行動させて頂く」
「侵攻のタイミングをちゃんと合わせてくれるなら別に構わないけど……皇帝家を私に託していいの?」
「不本意ではあるがな。こちらには貴女の指揮下で動くことを受け入れられぬ者も多い。傍にアウグスト陛下やチャペル殿下がいらっしゃることで独断専行し、そちらの作戦を乱す者が現れる可能性もある」
「あぁ、そういう事情ならむしろ有り難い申し出だよ」
「それに……自分は名誉の戦死を遂げるどころか惨めに敗走し、盗賊に身を落としてしまった。《魔王軍》も帝国も失われた今、本来は生きている権利などないのに。せめて都を取り戻すまではあの方々に顔向けできん」
そう語るヴェルキンの声は、今まで努めて言葉に感情を乗せないようにしていた彼が隠し切れないほどの悔しさを帯びていた。
なるほど、二人と話さないようにしているのはそういう理由か。
ウォルフガングのことが頭を過ぎる。彼も「守りたいものを守れなかったのに自分自身は生き残ってしまった者」として同様な苦悩を抱えていたのかな。
親子をここに連れてこなければヴェルキンの信用を充分には得られなかっただろうから仕方ないとはいえ、なんだか少し気まずいな。
自責の念に駆られている忠臣を前にして黙っているのが辛くなったのか、チャペルは「そんなこと……」と否定しかけたが、アウグストが厳しい目で見て制止した。
私もアウグストと同じ気持ちだ。今のヴェルキンを慰めたところで帝国の守護者としての矜持を傷つけるだけである。
久闊を叙するのはルミナスが復活し、正式な帝国軍人に戻ってから。チャペルが気に病むのも分かるけれど、彼にとってはそれが良いだろう。
ともかく。
これで確保しようと目論んでいた手札は全て揃った。
やっと攻勢に出られそうだ。
私たちはヴェルキンと打ち合わせを行った後、再び馬車に乗って帰還することにした。
旅の途中、リルがふとこんなことを言う。
「あのヴェルキンって男、本当に予定通り動いてくれるニャンかね?」
「今日話しただけでも生真面目な奴だってこと、本気で帝国を取り戻したがってることは伝わってきたし、やってくれる……と思うよ」
言葉に迷いが漏れる。いま語った印象が勘違いだとは思わないが、彼の人間性を深く知らない以上はどうしても万が一のことを考えてしまうのだ。
そんな不安を払拭したいと思ったのか、チャペルが力強く、アウグストは静かに語った。
「彼のことを信頼して下さい! すごく責任感のある方なんですから!」
「ヴェルキンは『自分は人を導く器ではない』と語りながらも実直に将を務めていた。敗走も部下や一般市民を出来るだけ多く生かす為に仕方なくやったことなのだろう。そして今はダスクという象徴を喪い絶望した者達をまとめ上げている」
「……そっか。二人がそこまで言うならちゃんと信じてみることにするよ」