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13章9節:救済の洞穴と《黒竜》

 アステリアが《竜の目》との契約を結んだ頃。

 ウォルフガングは王都で近衛騎士や正規軍人相手の指導に励みながらも、どこか焦燥感に駆られていた。

 少年時代の彼は「力が欲しい」という渇望を強迫観念に近いレベルで抱いていたが、それが戻ってきたかのようだ。

 聖魔剣を持たない自分ではアステリアに太刀打ちできないのをよく知っているが故のことである。

 もっとも、彼は決して敗北や死を怖れているのではない。

 むしろ「どうせ長くない人生を『愛弟子に敗北する』という形で終われるのであればこれ以上の幸せはない」とすら思っている。

 彼にとってどうしようもなく屈辱なのは主君(ライングリフ)を脅かす敵に対して無力であること、そして、主君(アステリア)に相応しい敵になれないことなのだ。

 

 夜。訓練メニューを終えて宿舎に戻るべく城内を歩いていたウォルフガングは、クロードとばったり出会う。


「これはこれは、ウォルフガング様ではないですか。本日もお疲れ様です」

「随分と楽しそうだな、クロード」

「ええ。特殊部隊用の人材が順調に集まってきていますからね。大昔に脱走したという《竜の目》の半竜人ほどの『商品』はありませんが、なかなか粒ぞろいですよ」


 にやにやしながら語るクロードを前に、ウォルフガングは顔をしかめた。


 クロードの言う「特殊部隊」とはすなわち、かつてゲオルクが所属していたラトリア王国正規軍の秘密部隊である。

 裏社会において《工場》の名で知られている人身売買組織から優秀な奴隷を買い取り、過酷な汚れ仕事をさせる使い捨ての戦力だ。

 実のところ、現在の《工場》は既にクロードの《ヴィント財団》に吸収されて下部組織と化している。

 その為、ライングリフは彼と取引して部隊の編成を行わせているのだ。


 こういった事情を把握しているウォルフガングは内心、穏やかではなかった。

 ライングリフは誰かの欲望を充足させる為だけの非道は肯定しないが、それがラトリアの国益に繋がるのであれば手段として躊躇わず選び取る。

 確かに、この荒んだ世界で国を維持し続けるには彼のような強い指導者が必要だ。

 忠臣であっても認めざるを得ないほどの優柔不断さにより様々な内憂外患を生んでしまった現王バルタザールを思えば尚更に。

 だがそれでも、《財団》や《工場》といった悪辣な集団の力まで借りるのは如何なものか。

 しかし、ラトリアを守る為の計画に個人的な正義感で水を差すべきではない。

 そのような考えから、ウォルフガングは自らの想いを言葉として出さないようにしているのである。


 彼の不快を読み取ったクロードは話題を変えることにした。


「あ、聖魔剣の方はどうです? ボクが渡したものは全て駄目だったようですが……」

「自分で入手したもの、それからルアとフレイナが入手してくれたものにも適合できなかった。正直、困り果てているよ」


 自嘲気味に笑うウォルフガング。

 クロードは「ふむ……」と悩んだあと、再び口を開いた。


「『救済の洞穴』に聖魔剣が眠っているという噂を耳にしたことがあります」


 その名を聞いたウォルフガングの身体が僅かに揺れる。


「救済の洞穴」とは、西方大陸、聖団領アレセイア南東の山の麓に存在する洞窟の俗称である。

 国家、宗教、組織、親族や恋人、友人。全てから見捨てられ絶望した者が最期の救い――安楽死を求めて集う場所であることからそう呼ばれるようになった。

 かの地では呪血病が急速進行し、また未発症の者もすぐに発症して死に至ってしまう。

 あまりにも早く症状が悪化することから思考や感覚が麻痺し、苦しむことなく生を終えられる。ゆえに「救済」とされているのだ。

 当然、死を望まぬ者にとってはこの上なく危険である。


「呪血病のリスクについてはご存知かと思いますが、他にも脅威がありまして。あの辺りには見たこともない種の魔物が湧いているなんて話もあるのです」

「それも知っている」

「……あぁ、《黒竜》ですか。そういえばあなたはその世代でしたね。ボクからしたら歴史として学んだ『記録』に過ぎないのですが」


 《黒竜》。

 それは、まだウォルフガングもレイジも生まれていない頃に救済の洞穴から現れた、史上最強の魔物だ。

 当時は《術式》という戦闘能力を飛躍的に向上させる技術が存在しなかった為、《黒竜》は十三年ものあいだ討伐されず、天上大陸全土を荒らし回った。

 《黒竜》により多くの町や村が破壊された。こうして生まれた難民はしばしば盗賊化し、レイジの故郷のような、《黒竜》による被害を直接的には受けなかった集落をも滅ぼしていった。

 ウォルフガングはそんな時代に生まれたが為に、物心ついた頃から力に飢えていたのである。

 最終的には、名君とされている先代ラトリア王――バルタザールの父――の指揮のもと各国が協力してこれを討ち果たしたが、そこから国を立て直すのに長い年月を費やすこととなった。

 あの暗黒時代の記憶をトラウマとして抱えている老人は少なくなく、ウォルフガングもその一人である。

 ゆえに彼はクロードの物言いに苛立ったがそれを態度には出さず、代わりに穏やかな笑みを浮かべて言う。


「今の若者にとっては風化した過去だというのならそれで構わない。あんなおぞましいものは忘れてしまったほうがいい」

「お気遣い痛み入ります……さて、どうします? 行くなら馬車と船は手配させて頂きますよ」

「愚問だな」

「本当によろしいので? あなた程の強者であれば探索をした上で生きて帰ってくることも出来るでしょうが、強く推奨するつもりはありません。所詮は噂ですから行ったところで何もない可能性も高いですし」

「この限られた命を賭けることで、より王家に貢献できるかも知れない。そう考えれば安いものだ」

「相変わらず凄まじい忠誠心ですねえ。ボクには……いえ、殆どの人間には理解できない感性かと。『忠誠』なんてものは大抵、政治や経済面の互恵関係を格好良く表現しただけですから」


 クロードが何の気なしに言う。

 ウォルフガングは宙を眺めて少しだけ過去を振り返った。


 彼を近衛騎士に抜擢した恩人であり、魔王戦争初期に魔族との戦いで死亡した先王。

「絶対に守る」と誓った筈なのに、目の前で魔族によって嬲り殺しにされた妻。

 王都占領の日、無残に屠られていった仲間の騎士たち。

 王の命令に逆らってまで駆けつけたのに、結局は救えなかったエルミア。

 若くして呪血病を発症し、先に逝ってしまった愛弟子リーズ。

 そして今は敬愛するアステリアとの縁を絶とうとしている。

 何もかもがその手から零れ落ちていく人生に、《剣神》と呼ばれし男はひどく疲れていた。


「人は長生きをすればするほど色んなものを喪っていく。そうしていつしか気づくのさ……この世には自分自身よりも大切なものがある、とな」

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