13章8節:聖人会の真意
私は仲間たちに《竜の目》を紹介した後、彼らに屋敷内の一室を貸し与えた。
今、この家には《黄泉衆》が滞在しているというのもあり、どこか集合住宅めいた様相を呈していた。
もちろんここだけでなく、町の方にある宿も各地からかき集めた人材で賑わっている。
リルの盗賊団が加わった時点でそうだったのだが、すっかり大所帯になってしまったな。
これだけの人々を巻き込んで、可能な限り犠牲を抑えつつ勝利せねばならないのか。
いや、立ち止まって考え込むのはやめよう。プレッシャーに押し潰されている暇はもうないんだ。
夜。仕事が一段落ついたところで、私は入浴に向かうことにした。
我が家の浴場には、つい先日アルケーが完成させたばかりの「水温調節の疑似特異武装」が導入されている。
食材冷凍用の《術式》と同じく、生活の改善に特化した代物だ。
こちらも準備が整い次第、料理や入浴などに使える商品として売りに出すつもりである。
この世界で自宅に風呂を持っているのは王侯貴族くらいなもので、庶民は感染症リスクの高い公共浴場を利用しているのだが、この技術があればいずれは誰もが自由で衛生的な入浴を楽しめるようになるだろう。
と言っても上下水道なんて殆ど整備されていないから、前世のような形で普及するのは当分先だろうが。流石に水の供給や汚水処理まで《術式》に頼っていたら呪血病まっしぐらだ。
浴場に着くと、そこにはシスティーナとルルティエが居た。
「リアちゃん! お疲れ様です~!」
「な、なんでピンク女がっ!」
「私んちのお風呂なんだからいつ入ったっていいでしょ」
ぶつくさ言うルルティエを気にせず、二人と向き合うように湯に浸かる。
入浴という前世では何とも思わなかった行為が、今の私にとってはこの上ない癒やしだ。
縁に背中を預けて天井を仰ぐ。
私はふと気になって、その姿勢のまま声を掛けた。
「ねえ、システィーナさんは良かったの?」
「え?」
「いや。本当は戦いを辞めたいんじゃないかなって」
ここまで接してきた印象として、ゲオルクやルルティエとは違い、システィーナには「戦闘で生計を立てる」という在り方について強い動機があるようには思えないのだ。
彼女が「もう引退したい」と願えば二人は従うだろうに。
システィーナはしばらく「うーん」と唸った後、穏やかな口調で答えた。
「そうですね……リアちゃんの言う通りかも知れません」
隣に座っているルルティエが気まずそうに俯く。あえて触れないようにしていたが仲間の本心をとっくに察していて、その上で付き合わせてきた、といったところか。
私も似たようなものだから気持ちはよく分かる。
「……依頼、『やっぱりやめる』って言っても今ならまだ怒らないよ?」
改めて気持ちを確かめる為にそう言うと、システィーナは勢い良く両手を横に振った。
「そんなことはっ! 私だってここに来た時点でちゃんと覚悟を済ませてますから! 戦いは苦手ですけどゲオルクさんとルルちゃんを放ってはおけません!」
「『二人の為なら』って感じか」
「ええ。ゲオルクさんはああ言ってましたけど、あの人自身、自由の中でどう生きたらいいか今でも分からないでいるんです。それとルルちゃんも」
システィーナがルルティエの手を握る。ルルティエは「甘えっぱなしでごめん」と小さく呟いた。
なるほど、彼女とゲオルクは戦い以外の生き方を知らない、そもそもイメージが出来ないからそれを望むことも出来ないと。
道理でゲオルクとシスティーナは明らかに好き合っていても恋愛に発展しないわけだ。
自由を求めて冒険者になったというのに、何とも救われない話である。
システィーナがあと一歩踏み出せれば自力でこの課題を解決できるようにも思えるが、彼女も彼女で隔意を抱かれるのが怖いのだろう。
これは部外者である私だからこそ焼ける世話もありそうだ。
「今は是非とも助力して欲しいけれど……全部終わったら、平穏に生きられる道を一緒に探してあげるよ」
「リアちゃん……! ありがとうございますっ!」
「……別に頼んでないし」
おせっかいに感激するシスティーナと不満そうなルルティエ。
私は後者の隣に移動して肩にもたれかかった。
「わっ、寄るなピンク女!」
「も~素直じゃないな~♪ 私はこれから女王になろうとしてるくらいには懐が深い女なんだからもっと甘えていいんだよ? てかルルちゃん私と同じくらいスタイル良いね?」
「ホント、あんたってウザい……!」
などと言いながらもやっぱり離れようとはしない。
ああ、なんだか心地良い距離感だな。こういう「対等な同性の友達」を思わせるような人物はみな私のもとを去ってしまったから。
***
六月。
ライングリフ派の動きが見えない中、私は着実に兵力を拡大させていった。
「最後の切り札」となってくれるかも知れない、とある人物との会談も成立しそうだ。
今のところ、怖くなるくらいに全てが計画通りに進んでいた――そんな時であった。
転移の宝玉を通じて天神聖団の修道士たちがやってくる。
このタイミングでの聖人会の招集。
何か嫌な予感がしつつも、私は彼らに従いアレセイアに向かった。
私が到着した途端、会議室に重苦しい空気が流れた。
もともと馴れ合いの場などではないのだが、以前にも増して互いを探り合うような視線が飛び交っている。
それから少しして、レティシエルは会議の開始を宣言した。
まだメンバーが揃っていないのにも関わらず、だ。
「おや。フレイナ様、ルア様、ウォルフガング様が到着していないのですが……?」
そう疑問を呈するのはライングリフ派の中で唯一、この場に現れたクロード。
レティシエルはわざとらしいほどに深刻そうな声色で答えた。
「仕方ありません。待っていては時間を浪費してしまうので。そもそも彼らは来てくださるのでしょうか、クロード様?」
「それはどうでしょうね。我々も常に行動を共にしているわけではありませんから。ボクが出席したのも独断ですし」
「では尚更です」
「……ふむ、『居ないほうが都合が良い』といったところですか。分かりました」
皆が着席し、レティシエルの言葉を待つ。
そしてあいつは全員の顔を見渡した後、こんな話を切り出すのであった。
「われわれ聖人会はその存在理由を全うするためにルールを変更せねばなりません」
存在理由。聖人、すなわち《権限》所有者という少数精鋭が権力に縛られず行動し、各国家・組織を牽制する。
過去の活躍によって既にその意義は世間から認められているが、しかし「合議の上で組織として事件への介入を行うか否かを決定する」という性質上、どうしても行動が遅れたり、反対者によって抑止されたりということがあった。
レティシエル。お前はまさか、その枷を壊そうとしているのか?
「聖人会は議題に関する事前調査を撤廃します。また、招集が行われたその場ですぐに方針を決定いたします。出席要請にすぐ応じられない場合、その方の意見は反映されないものとします」
否定の余地を一切与えない、断定的な物言い。だが驚かされたのは私とレン、クロードだけであった。
アレスが退屈そうにしているのは政治に興味がないだけなのだろうが、《夜明けをもたらす光》と聖団勢は恐らく、事前にこの件について談合していたのだろう。
そしてこの新制度のもとでは、彼らやレティシエルとの繋がりがない者は実質的に聖人会から排除されることになる。
会議の予定組みを行うのは聖団だから、今回のように予め合意形成をしたうえで出来レースとして議題を提示されてしまうのだ。
否、対外的には「皆で話し合った結果」と公表すればいいだけで、もはやこうして実際に会議を行う必要すらなくなる。
「ふざけたことをお主らだけで勝手に決めおって……!」
私が何か言うよりも早く、レンが立ち上がって怒りを露わにした。
レティシエルは淡々と言葉を返す。
「こうでもしなければ刻々と変化する世界情勢への即応性は得られません。どうかご理解いただけませんか」
「……お主、最初からこれを狙って聖人会を作ったな?」
レンと私はじっとレティシエルを睨みつけた。
結局、私たちは聖人会の価値を世間に認めさせるためのダシにされたに過ぎないのだ。
それが上手くいったら私やレン、ライングリフ派といった「レティシエルたちの方針に反対し得る存在」はもう用済みというわけである。
クロードは肩をすくめて苦笑いをした。
「やれやれ。この話、否認は出来ないんですよね?」
「既に法王聖下の承認を得ておりますので」
「うーん、そう出られるとボクらとしてはどうしようもないですねぇ……」
「ご安心を。仕組みが変わっても聖人会の方針は変わりません。私たちは常に公平、兄様にもアステリアにも与することはありませんよ」
「言ってろ」と脳内で毒づき、私は席を立って皆に背を向けた。
そこにユウキの声が投げかけられる。
「リア! もう戦争なんて止めてくれ……でないと、僕らは君と戦わなきゃならなくなる」
そんな鬱陶しい言葉を無視し、私は会議室を出るのであった。
今日この日から、聖人会は「《権限》所有者同士の話し合いの場」ではなく「聖団の意のままに動く武装組織」と化した。
彼らとすぐに敵対することはないかも知れないが、いずれ、それも最悪のタイミングで首を突っ込んでくるのは間違いないだろう。
だからって今更退くわけにはいかない。譲れないものをたくさん抱えてしまったから。
たとえユウキであっても立ち塞がるのであれば斬り伏せてやる。