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13章7節:《竜の目》の意志

「わ~! 素敵なお屋敷! 実はずっとリアちゃんのお家に行ってみたいと思ってたんですよね!」


 長い金髪の柔和な女性、《竜の目》のシスティーナは、屋敷に足を踏み入れるやいなや年長者らしからぬはしゃぎっぷりを見せてくる。

 こうして会ったのは久しぶりだが、こんな世の中になっても相変わらずだ。

 彼女の振る舞いに対してクールな妹分のルルティエが呆れるのも変わらない。


「やめてよシスティ。恥ずかしいんだけど」

「恥ずかしがるようなことではありませんよ。リアちゃんはお友達なんですから」

「だから友達じゃないっての! 何度か一緒に戦っただけで……!」

「その辺にな。オレ達は観光じゃなく仕事の話をしにきたんだ」


 ドラゴンの特徴を持つ半魔の青年ゲオルクが、そう言ってこちらを見た。

 私は三人を応接室に案内したのち、チャペルにいれさせたお茶を自らテーブルまで運ぶ。

 彼らはまだ「仲間」ではなく「客人」だ。あの子の姿を見せてやることは出来ない。


 今回、私がギルドを通して序列入りに依頼したのは「辺境伯領まで話を聞きに来て欲しい」という、ただそれだけ。

 ギルドとしてはあからさまに「ライングリフ派との戦いに協力して欲しい」などと書かれた依頼を掲載するわけにはいかないから、そういった表現に留めておいた。

 もちろん《竜の目》は私の意図を理解した上で来ているのだろうが、細かい条件や報酬は提示していないので交渉が決裂する可能性も充分にあるのだ。


「あんた、メイドとか雇ってないんだ? 一応お姫様なんでしょ」

「『一応』て。ちゃんと居るよ、シャイだから出てこないだけ」


 ルルティエがふと疑問を口にしたので、適当に言い訳をしておく。

 彼女は怪訝そうな表情をしたもののそれ以上は何も言わなかった。

 私が三人と向き合うようにして座ると、ゲオルクはすぐに話を切り出した。


「さて。まず確認しておきたいんだが、お前の望みは『対ライングリフ派の戦闘に参加して欲しい』ってことで合ってるんだよな?」

「うん。今の私たちには序列入りパーティの協力が必要不可欠なの」

「《権限》持ちが居なくても、か?」

「そこは問題じゃない。優秀な前衛と術師、そしてドラゴンを操れる規格外の異能の持ち主……きみ達は個人戦、対軍勢戦闘の双方でレベルが高い。私の求める水準を余裕で上回ってるよ」

「なるほど、お前としては第一位とか二位に限らず、オレらでも歓迎って感じか」

「そ。すんなり承諾してくれると有り難いかな。じゃ、まず何から話そう? 報酬なら幾らでも出すつもりだけど」

「いや、その辺は後でいい。オレらが気にしてるのは動機と今後のビジョンだ」


 ゲオルクは左右の仲間と顔を合わせて頷いた。


「お前、『国王の保護』だの何だの演説してたらしいが、要はライングリフを倒して女王になることが狙いだろ?」

「……ま、察しはつくよねえ」

「それはお前を冷遇したであろう王室への復讐が理由か?」

「そうだと言ったら?」

「この話は無しだ。お前を勝たせたところで将来性がない……ってことになっちまう」


 どうやら基本方針も変わっていないようで安心した。

 《竜の目》は秩序ある社会を作り出し、戦争を根絶する為に動いている。

 そんな社会を作り出せるのは「他を凌駕する強者」だけだと考えていたから、これまではラトリア王国をその座に押し上げる為、「クソったれ」と嫌悪感を露わにしたくなるようなやり方をする現王室にも仕方なく手を貸してきた。

「必要悪」だなんて言って格好つけて、自分の中にある本当の気持ちに蓋をして。

 であれば、その諦観を上回る希望を見せてやればいい。

 彼らの平和にかける想い、信じてみることにしよう。


「復讐心があることは否定しないよ。ふざけた世界を壊してやりたいって気持ちもね」

「『そんな社会は私がぶっ潰してあげる』、か……」


 ゲオルクは奴隷狩り事件や墓標荒野戦の際、私が口にした言葉を呟いた。

 

「でもね、それだけで終わるつもりはない。後のことだってちゃんと考えてる」

「へえ、聞かせてくれ」

「争いのない世界を作りたい。今の社会じゃ救われない奴らに手を差し伸べたいんだよ。そこまでやらなきゃ『真の破壊』じゃない」


 そう言った後、私は《アド・アストラ》の面々にも伝えた今後の計画を打ち明けた。

「呪血病の根絶を目指している」というところまで含めて。

 そして、別室で休憩していたチャペルを連れてくる。

 彼女を表に出すつもりはなかったのだが、《竜の目》を仲間に加える為に、彼らを納得させる為に必要なのであれば仕方がない。


 《竜の目》は失踪していた皇女を前にして、目を見開き驚いた。


「……ってわけで、実はずっとウチで匿ってたんだよね。皇帝陛下もちゃんと居るよ」

「えっと……よろしくお願い、します?」


 メイド服姿のチャペルが可愛らしく会釈をする。

 システィーナは丁寧に一礼し返したが、他の二人はまだ理解が追いついていないようだった。


「話を聞いてる間は半信半疑だったが……マジで皇帝家を確保してやがったのか……」

「というかなんでメイド? 皇女に何やらせてんの、腹黒ピンク女」

「まあ色々とね。とにかく、さっき私が語ったことは全て本気も本気! この子たちと協力すれば話はずっと早くなるんだ。もしライングリフ派が勝ったらたぶん半魔や魔族を根絶するまで争いが起き続けるだろうけど、どっちが良い?」

「皇帝家にとってお前は仇敵なわけだが、協力が成り立つような相手だという確信があるってことだよな?」

「うん。そりゃ今だってわだかまりはあるけど、理念を共有できるくらいの信頼関係を築くことは出来たと思ってるよ」


 私が微笑みかけるとチャペルは一瞬むすっとした後、真剣な顔で三人の方に向き直った。

 

「アステリアの言う通りです。一年と半年の共同生活を経て、チャペル達はこの方に賭けてみてもいいと……そう判断したのです」


 視線を交差させる三人と一人。

 しばらくは誰も言葉を発しなかったが、やがて《竜の目》は再び頷き合い、代表者としてゲオルクが答えた。


「アステリアに皇女サマ、お前らの気持ちは充分に伝わってきたよ……良いよな、ルル?」

「……ん。レグスも納得してくれると思う」


 ルルティエとその相棒である竜は、もともとは自らを苦しめた魔族に復讐するため戦いに足を踏み入れたという。

 今は個人的復讐よりも社会秩序を優先しているとしても、「魔族との共存」という構想に対する不信感を完全に拭うことは出来ないだろう。

 それでも彼女は、私たちを信じようとしてくれている。


「ありがと、ルルティエちゃん。きみを失望させるような世界にはしないよ」

「これで『ライングリフが勝った方がマシだった』なんてことになったら、あんたを殺しに行くから」

「なはは。覚悟しておく。それで、手伝って貰えるってことで良いのかな?」


 その問いにゲオルクが答える。


「ああ、概ね問題ないんだが、ひとつ具体的に約束して欲しいことがある」

「言ってみて」

「お前、《工場》って聞いたことあるか?」


 《工場》。それは、この天上大陸を蝕むおぞましい闇の一つ。

 人身売買組織の中にはただ人をさらって取引するだけでなく、種族として優れた能力を持つエルフや獣人、魔族、半魔を繁殖させている連中が居る。

 育成コストは掛かるがその分、適当な浮浪者や旅人なんかを捕らえるよりも良質な「商品」を揃えられるということだろう。

 

――待てよ? ラトリア王国正規軍にはゲオルクの古巣でもある「魔族や半魔を中心とする秘密部隊」があると聞いたことがある。

 まさか正規軍の連中は《工場》から人材を買い取っていたのか?

 そして、ゲオルクの口からこの単語が出てくるということは。


「ゲオルク、きみの出身は……」

「そういうことだ。早朝から夜まで人死にが出るほどハードな訓練、それが終わったら狭くて臭い牢の中で不味い飯を食らって寝るだけのクソみたいな生活だったが、まあ奴らを取引相手として利用したラトリアに加担していた身で嘆く権利はねえな」

「……私にどうして欲しいの?」

「《工場》を一つ残らず潰して、捕まってる連中に自由とまともな仕事を与えてやってくれ。閉ざされた地獄の中で生きてきた人間が急に自由になったら大抵は困っちまうだろうが、お前なら救ってやれるんだろ?」

「うん……分かった。終戦後すぐに全滅させるのは難しいと思うけど、約束するよ」

「よし! 交渉成立だ」


 自らの過去を明かしたゲオルクは特に暗くなるでもなく、おもむろに立ち上がって手を差し出した。

 私も同じように立ち、その手を取るのであった。


 かくして《竜の目》は我が勢力に加わった。

 この三人と一体が居れば、万全とはいかないまでもソドムの攻略が現実味を帯びてくるだろう。

 ただ、用意しておきたい手札はもう一枚ある。そちらも今回のように上手く話がまとまると良いのだが。

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― 新着の感想 ―
[一言] ここに来て、竜の目が正式に仲間に!少しトントン拍子に来すぎな気もするので、どこかで躓かないかと心配(楽しみ)です。
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