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13章3節:勇者と令嬢の苦悩

 落ち着いた内装の個室。清潔で柔らかなベッドの上で、《勇者》――レインヴァールはただ黙って天井を眺めている。

 流れるのは穏やかな空気だけ。アステリアの告発と宣戦布告によって世間が揺れ動いているのが嘘のようだ。

 

 都会の動乱から取り残されたかのようなこの場所は、王都南に位置するクレアリス子爵領の主の邸宅。

 領主の娘が《夜明けをもたらす光(デイブレイク・レイ)》のメンバー、アイナであることからパーティの拠点となっている。

 クレアリス子爵領は、魔王戦争以前のブレイドワース辺境伯領――当時はウィンスレット侯爵領と呼ばれていた――によく似ている、閑散とした農村地帯だ。

 人口的にも経済的にも小規模だが、《魔王軍》の侵攻を受けなかった南部であること、領主が誠実であることから長らく平和な状態が続いている。

 これはアステリアとライングリフの戦争が始まった現在も変わっていない。

 子爵もアイナも、ライングリフ派と反対派のどちらにも加担しない中立路線だからだ。

 親子ともにラトリア王国を再建したライングリフの手腕は評価しつつも、魔王戦争終結後の強硬的なやり方には危うさを覚えている。かといって反対派の旗頭となっているアステリアのことも信用していないようだ。


 休暇には最適な地であり、実際、レインヴァールもその目的で王都から逃げるようにここに来ていたが、鬱屈した彼の心が晴れることはなかった。


「……なんでこんな事になっちゃったんだろうな」


 レインヴァールは独り言ちた。

 彼はアステリアの考えを理解できないことに悩み続けている。

「英雄になる」というのは「レイジ兄ちゃん」を殺してまでやらねばならなかったことなのか。

 アダムは「アステリアの真の目的は国王を保護することではなく女王になることだ」と語ったが、それはたくさんの人が死ぬであろう戦争を起こしてまでやらねばならないことなのか。

 なぜ平気で家族やかつて仲間だった者達と殺し合えるのか。

 戦いの果てに女王になったとして、その先に何を求めているのか。

 ただ目の前の悲劇を食い止めることだけを求めてきた彼には何も分からなかった。

 自らも経験した筈の絶望に蓋をして、前世に置き去りにしてしまった彼には寄り添えなかった。

 今のレインヴァールは「勇者」だから。身も心も弱い「雨宮勇基」なんて必要ないから。


「僕はどう向き合えばいいんだろう。世界に対して、あの子に対して」


 その呟きを、たまたま部屋に入ってきた明るい緑色の長髪の少女、アイナが耳にする。

 彼女は腕を組み、壁にもたれ掛かりながら言った。


「いつまでそうしてるの?」


 厳しさの中に優しさが入り混じった声色。アイナは大抵いつでもこういう話し方をする。

 貴族令嬢らしく生真面目に育ってきたが故のことだが、本質は優しさの方にあるため、きつい物言いになってしまった時は決まって脳内で反省会を繰り広げている。

 そんな彼女のことを――内に秘めた好意以外は――理解しているレインヴァールだから、部屋から追い出すことはせず、上体だけ起こして精一杯の愛想笑いを浮かべた。


「アイナ、何か用事?」

「レイシャが自室から抜け出してないか確認しに来ただけよ。あの子、隙あらばあなたのベッドに潜り込んでるじゃない」


「違う、私が言いたかったのはそんなことじゃないのよ!」と心の中で頭を抱えるアイナ。

 真意を隠したと察して苦笑するレインヴァール。

 何となく気まずい雰囲気になった後、先に口を開いたのは後者だった。


「アステリアのこと、君はどう思ってる?」

「王女殿下のこと呼び捨て?」

「あ、そうだ、王女様だった……」

「まあ冒険者だった頃を見る限り気にするタイプとも思えなかったけど、フォーマルな場では注意しなさいよ?」

「分かってるよ。で、どうなんだ?」

「うーん、苛烈な方という印象は持ってるわ。でも深く語れるほど知らないというのが正直なところよ。性格や思想も、戦争を起こした意図もね」

「そっか……」

「単に復讐が目的なら『陛下を保護する』とはならないだろうし、アダムの読み通り女王になることが狙いなんだろうけれど」

「僕もそう思う。ただ、何を考えてそれを目指してるのかが分からなくて」

「アステリア様とお会いする機会なんてこれまでそう無かったんだから仕方ないわ。むしろ、なぜそこまであの方のことを想うの? なぜあんなにも親しげなの?」


 レインヴァールは一瞬だけ「そろそろ前世のことを話すべきか」と考えたが黙り込んだ。幾ら信頼している仲間と言えど、この話をまともに受け止めることは難しいだろう。

 その反応に対しアイナはため息をつく。


「もう。そこを話してくれないと力になれないじゃない」

「ごめん。僕自身で答えを見つけるしかないって分かってるのに、こんなこと聞いて」

「……無理してすぐに答えを出す必要はないと思うわ」


 ずっと扉の近くで話していたアイナが、レインヴァールの傍に歩み寄る。


「もちろん思考停止しろって言ってるんじゃないわ。でも、あんまり考え込み過ぎると自分の方が潰れちゃう。だから……」


 そう言うと、彼女はレインヴァールに人差し指を突きつけた。


「訓練よ! 久しぶりの対戦形式でっ!」

「えっ!?」

「体を動かしていれば少しは気が晴れるわ!」

「なんか脳筋だなぁ……でも、ありがとう。というか本当は最初からこれを言うつもりで……」

「違うわよ!? 今思いついたの、今っ!」


 照れ隠しに先導するアイナ。そんな彼女の背中を喜ばしげに追うレインヴァールであった。



 邸宅の外、広々とした庭に出ると、レインヴァールは自分たちを囲うように防壁を展開した。

 二人とも広範囲攻撃が可能なので流れ弾を飛ばさないように、という配慮である。


 まだパーティが二人っきりだった時、彼らはこうして試合をすることがよくあった。

 もっとも、序列入りした頃にはレインヴァールが《不屈の誓い》を禁止した上でなお実力差が開いてしまい、彼の方が遠慮する形でこういった機会は減っていったが。


「ルールはいつも通り《権限》だけ封印でいい?」

「ええ。あなたの能力、突破できないのが悔しいけれど……」

「僕らは仲間だろ。僕を攻略する為だけの技術を追い求める必要はないさ」

「分かってる! 分かってても悔しいものなのっ!」


 そう言ってロングソードを構えるアイナ。

 レインヴァールもまた海のように青いマナの剣「シェリン」を形成し、戦いが始まった。


 アイナが《浮遊(フロート)》の《術式》で素早く巧みに空中を飛び回る。

 レインヴァールはシェリンの「人格を持ち、自律的に《術式》を詠唱できる」という特性を活かし、的確に加速技を使用してそれに追い縋る。

 アイナが突風や目標を追尾する光線を放ち、レインヴァールが防壁や光剣でそれをかき消す。

 そこには序列第一位に相応しい、激しい攻撃とそれを上回る速度・精度の回避や防御が織り成す高速戦が展開されていた。


 戦いの最中、レインヴァールはふと過去を想起していた。

「そういえばアイナと出会った次の日にもこうして対戦したな」、と。

 当時はまだ平凡な商家の息子に過ぎなかった彼は、前世の記憶がないなりに「自分には他にやるべきことがある筈」という焦燥感を募らせていた。

 結果、家を出て冒険者になったのだが、具体的な目的意識がなく戦闘や探索、サバイバルの技術の習得も充分ではなかった。

 そのような状態でありながら人助けのために無償での魔物討伐を繰り返していたので、当然のように行き倒れてしまう。

 アイナはノブレス・オブリージュの精神のもと、そんな彼に手を差し伸べた。

 彼女は体力を取り戻したレインヴァールの口から「自分は冒険者だ」と聞くと戦いを挑み、彼を叩きのめした上でこう言った。


「その程度で冒険者なんてやっていけると思ってるの!? お父様には私からお願いしておくからしばらくここに居なさい! 戦い方、叩き込んであげるから!」


 それから二人はよく一緒に過ごすようになった。正式にパーティを結成してからは尚更に。

 そう。レインヴァールにとってアイナ、それにレイシャやアダムといった仲間達と過ごした時間は、ユウキとしてセナと接してきた時間と同等に尊いものだ。

 大切なものは決してセナだけではない。

 彼女のことを諦める訳ではないが、それに囚われすぎて他が疎かになるのは勇者としてあるまじき姿だ。

 まずは目の前にあるもののことを考える。今までそうしてきたように。

 レインヴァールがそう結論付けると、彼の攻撃は一層鋭さを増した。

 

 戦いの最中、アイナは焦りを感じていた。

 その理由は、仲間に対する劣等感。普段は気にしないフリをしているが、共に戦ったりこうして訓練をする度に、心の奥底で肥大化し続けるそれに直面しているのだ。

 アダムやレイシャは出会った時からある種の天才であったし、レインヴァールだって昔とは比較にならないほど成長している。

 アイナもまた剣術や《術式》の秀才であり平均的な冒険者を凌駕しているが、それでも他の三人と比べれば一段劣るというのが本人や部外者の認識だ。

 加えて彼女だけが《権限》を持っていないという現実も大きな差を感じさせている。

 

――もっとみんなの、レインの役に立ちたい。置き去りにされたくない。足手まといになりたくない。


 そういった優しい想いが焦りに繋がり、攻撃に乱れを生じさせた。

 レインヴァールはそれを見逃さない。

 長剣が宙を舞い、アイナの胸の前まで青の剣が迫る。


「今回も私の負けね。《権限》を禁止してもらってるのにこの有り様って、情けないわ」


 自嘲気味に笑って肩をすくめるアイナを、レインヴァールは心配そうに見る。


「アイナ、君の方こそ何か悩んでるんじゃないか」

「どうして?」

「何となくだけど、急に動きが乱れたから。実戦でも訓練でもいつも全力な君がそうなるくらいの悩みを抱えてるのかなって」

「……あなた、本当にずるい。なんでそういうところばかりちゃんと察しが付いちゃうのよ」


 レインヴァールがアイナの瞳をじっと覗く。

 その真剣さに負け、アイナは自らの気持ちを打ち明けるのであった。


「……そっか。むしろ今まで気付いてあげられなくてごめん」

「謝らないで。私が恥ずかしくて隠してたんだし」


 顔を赤らめて視線をそらすアイナの手を、レインヴァールは勢いで握ってしまう。


「ひゃあっ!?」

「あ、つい……その、『君が僕らより劣ってるなんてことはない』ってのを伝えたくて」

「え、ええ……」

「確かに君には《権限》がないけど、君にしか果たせない役割は戦いの中にちゃんとある。もちろん戦い以外でもずっと感謝しっぱなしだ。僕ら三人とも君には頭が上がらないよ」

「言い過ぎよ」

「そんなことない。だって僕は君に命を救われてるんだよ? どうか安心してくれ。絶対に君を置いていったりしないから」


 レインヴァールが真正面から気持ちを伝える。

 単なる仲間意識だけではない、彼自身が「勇者でない自分に価値はない」という劣等感を秘めているからこそ、この想いはどこまでも本物だった。

 アイナは真っ赤になった顔を見られたくなくて、俯くことしか出来なかった。


 二人の苦悩はすぐに根本から解消されるものでないにせよ、この試合を経て一時の解放を得るのであった。


 やがてレインヴァールの方も恥ずかしくなって手を離したちょうどその時、邸宅の中からアダムとレティシエルが出てくる。

 二人はアレセイアにて何らかの会議に参加していたが、先程それを抜け出し、転移の宝玉によってこちらに移動した。


「あら、もしかしてお邪魔でしたか?」

「い、いえっ! 気分転換の為にちょっとレインと戦闘訓練してただけですのでっ!」

「そう! 今終わったところだから大丈夫!」


 レティシエルが茶化すと、二人して誤魔化すようにまくし立てる。

 それにアダムは何ら興味を持たず冷淡に言う。


「レインヴァール、お前もアレセイアに来い。今後の聖人会の方針について話がある」

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― 新着の感想 ―
[一言] 恥ずかしがる女の子ってかわいいですよね! それはそれとして…… やっぱり、レインヴァールたちはアステリアの敵に回っちゃうのかな。
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