12章15節【12章完結】:ラトリア継承戦争
アステリアの宣戦布告を受け、ラトリア王国の穏健派貴族や東方諸国はすぐに彼女を支持することを表明。
それに乗じる形で当該国の市井においてもアステリアに賛同する気運が高まっていく。
一方、ライングリフ派の力もさほど弱まってはいない。
やはり最大勢力である彼らを批難するような気概を抱ける者は決して多くないのである。
それに加え、告発への対応が迅速だった。
ライングリフは、臣下たる有力貴族の多くが発想しつつも決して言葉には出来ないことを実行した。
すなわち母、マリーシエルの弾劾と処刑である。
ライングリフと彼の側近らは国王毒殺計画を承認していた。それにも関わらず、実行犯である王妃に全ての罪を押し付けたのだ。
実績も指導力もないのに「権力を寄越せ」という声だけは大きい彼女のことを、ライングリフも貴族たちも必要としていなかった。
マリーシエルを生け贄に捧げることで収まりがつくのであれば、彼らにとっては安いものだ。
なお、政治に興味のないローレンスだけは純粋な家族愛をもってこれに反対していた。
しかし、関係者であることを隠しているライングリフは悪びれもせず「国王を殺そうとした者はたとえ母でも許すわけにはいかない」と主張し、最終的には半ば無理やりながらも受け入れさせるのであった。
また、ローラシエルの自作自演についても――実際にそうであったのだが――完全に彼女の独断であり、自分にアステリアを陥れる意図はなかったことを強調した。
その上で、ライングリフはローラシエルの葬儀の場にて、「被害者として」宣戦布告を受け入れることを宣言するのであった。
「アステリアは『父を守るため』などと謳っているが、真の目的は一連の混乱に乗じた王位簒奪に過ぎない。我々はラトリアを守る為に奴を討たねばならない」――と。
処刑当日、人でごった返している王城前の広場にて。
処刑台の上でマリーシエルは憎悪に顔を歪め、目の前のライングリフに唾を飛ばしながら喚いていた。
「母を捨てるのか、この出来損ないがぁぁぁぁ! そんな風に育てた覚えはないわよ……!」
冷め切った視線を返すライングリフ。
「いえ、そのように育てられました。母様は父様をその無能さゆえに切り捨てましたよね。であればご自身が同じ理由で切り捨てられても何も言えないのではありませんか」
「ふざけるなぁ……! お前だって! お前だってあの男をぉ……!」
「ああ、別に責めているわけではありませんので誤解なきよう。むしろ母様の教育方針には感謝さえしております。ラトリアを導く者として、時には冷徹な判断を下す必要もありますから」
「こ、こんなことが許されると思っているの!? 後悔することになるわよ! だから早く助け……」
「ラトリアが支配する世界の人柱になれること、光栄に思って下さい。それでは……どうか、地上で幸福な来世を」
別れの言葉と共に処刑人がマリーシエルを連行し。
やがて、その首が剣によって断たれるのであった。
母の死を前にして、ライングリフは何ら感傷を抱かなかった。
そこにあるのは未来を見据えた打算だけだ。
そしてレティシエルもまた、いつもと変わらぬ柔和な笑顔で残酷な光景を見下ろしていた。
王城のバルコニーで優雅に寛いでいる彼女の正面に座っているのはアダムだ。仲間の三人は周囲には居ない。
「完全に動き始めてしまいましたね。もう、アステリアったら……手伝ってあげたというのに私まで巻き込んで批難するなんて」
「自業自得だな。王都占領の時もアステリアに手を差し伸べていれば……」
「仰る通りなのですけれど、当時はこちらも子供でしたから。でも、お陰で私とローレンスは世間からあまり叩かれずに済みました」
「加えて、マリーシエルに罪を背負わせたのもあるだろうが」
「そもそも最初に『アステリアとエルミアを見捨てよう』と言い出したのは母様ですし、当然の報いかと」
アダムはカップの中の紅茶を飲み干した後、淡々と呟いた。
「……しかし、ラトリアは泥舟だったな。早々に見限って正解だった。王家に近づく為に序列第一位になった時点では、もう少し使えると踏んでいたのだがな」
「まあ、酷い言い草。兄様はまだまだ戦えますよ? あれだけ上手く状況を乗りこなしているのは流石と言う他ありません」
「その場しのぎの策略が運良く成功し続けているだけに過ぎん」
「それはそれで一つの才能ではないでしょうか」
「だとしても不安定に過ぎる。この点はアステリアも同じだろう」
「……私は違うと?」
レティシエルが蠱惑的に笑う。並大抵の男であればすぐに魅了されてしまうその表情と向き合っても、アダムという男は微塵も揺らがない。
彼女の本性を、願望を彼はよく理解しており、その上で協力体制を築いているのだ。
「あの連中よりは信頼に値する」
「光栄なお言葉をありがとうございます。では、今後も協力していきましょうか」
「ああ。さて……これからの戦い、名付けるのであれば『ラトリア継承戦争』の中で、われわれ聖人会はどう立ち回るべきと考える?」
「なに、勇者様を筆頭とする『正義の味方』がなすべきことなど単純明快ではありませんか」
「『弱きを助け、強きを挫く』か」
「そういうことです」
それから数時間後。
ウォルフガング、フレイナ、ルアの三人が待つ王城の会議室にクロードが入ってくる。
「御三方は処刑を観にいかなかったのですか? なかなか面白かったですよ」
「悪趣味だな。人間……それも王妃が亡くなる様を見て面白がるとは」
「同感ですわ! バルタザール陛下を毒殺しようとしたのは許されることではありませんけれど、だからって……あなたといい処刑台に群がる平民達といい、わたくしには理解できない感性ですわね」
「こんな世の中ですから皆、鬱憤を晴らしてくれる刺激を求めているんですよ。昔、処刑されかけた私からしたら気持ちの良いものではありませんが」
「王立アカデミーの事件ですか……これは失礼致しました、ルア様」
クロードはルアに頭を下げた後、ウォルフガングの方に視線をやった。
「ところで、ボク達三人に用件があるとのことですが?」
ウォルフガングは頷くと、刃こぼれした安物のロングソードを誰に向けるでもなく抜く。
刃を見つめる彼の瞳は、意志の炎というよりもむしろ諦めに満ちていた。
「今後、アステリア殿下と全力で衝突することになる可能性は高い。いつまでもソドムの時のように情けなく逃げ続けることは出来ないだろうから、対策をしておかねばと思ってな」
「おや、よろしいので? 忠誠の対象というだけでなく愛弟子でもあったのでしょう?」
「今も変わらず大切だと思っている。だが同時に、王家の他の方々も尊い存在だ。あの御方がライングリフ殿下を害しうるのであれば、そこから目を背けるわけにはいかん」
「なるほど、忠誠に生きるというのも大変ですねぇ……それで、未適合の聖魔剣を用意すれば良いんですよね?」
「ああ。無論、俺に適合するものがなくても手間代は払わせてもらうさ」
「承りました。《財団》の情報網を活かし、かき集めてみましょう」
残りの二人も首肯する。
ウォルフガングが「真っ当な勝負の中では」最強の剣士であっても、無条件で奪取されてしまう通常の剣を用いているうちはアステリアに勝つことなど不可能だ。
だからプライドも拘りもかなぐり捨てて、今までなるべく頼らないようにしてきた聖魔剣を求めた。
この依頼は、「守りたいもの全てを守る道を諦める」という覚悟の表れなのである。
ウォルフガングは心の中で今は亡きエルミアに謝罪した。
――これから私はあなたの大切な娘に剣を向けることになるでしょう。このような有り様では死後、地上に逝くことも叶いませぬ。どうか、来世でもあなた方をお守り出来ないことをお許し下さい。
一方その頃。ウォルフガングの祈りの先、地上にて。
「理亜」という名で呼ばれた転生の女神は、灰色の壁に囲まれた無機質な部屋で、何らかの大掛かりな「機械」を操作している。
そう、機械である。
転生したアステリアが生きるファンタジー的世界観においては本来、あまりにも異質な代物だ。
だが、不思議と地上の風景には馴染んでいるのである。
そんなところに桃色の髪の不安げな女神、フィーネがやってくる。
「定期報告を任せてしまってごめんなさい、フィーネ。今は『これ』の調整に専念したいの」
「いいよ、理亜ちゃんはフィーの大切な友達だからね。でも、ちょっと不穏な感じかも」
「連中、何か言ってた?」
「アレーティアさんはまだ何も。あのアダムって子を直接操って上に干渉する気もないみたい。でも、他のみんなは不満そうだった」
「『アステリアを放っておくのか』って?」
「うん。みんなあの子のこと『魔王の再来になりかねない危険因子だ』って言って倒したがってた」
「そう……ありがとう。アレーティアが消極的なうちはいいけれど、あまり時間は残されていないかも知れないわね」
軽く頭を下げる理亜。
対してフィーネはしばらく逡巡し、やがて口を開くのであった。
「ねえ。アステリアちゃんがこの戦争にもし勝っちゃったら……」
「あの子に重荷を背負わせる以上、私たちも覚悟を決めなければならないわ。それが難しいのであれば、あなたは距離を置いても構わない」
「……ううん。確かに怖いし『本当にこれで良いのか』って思うけど。でも、頑張ってる理亜ちゃんをただ黙って見てるなんてフィーには出来ないよ」
これにて第12章は完結です。次章「ラトリア継承戦争」編をお楽しみに。
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