12章14節:賽は投げられた
王都中央の広場。
「アステリア王女からの発表がある」という噂に引き寄せられ民衆が集まる中、フード付きの外套を着た私は周囲の様子を窺っていた。
ここには冒険者ギルドがあるため人通りが多く、それでいて王城からそこそこ離れている。
今の私が城に近づけば間違いなく近衛騎士団との戦闘になるが、これなら少なくとも演説を行うだけの時間は稼げるだろう。
ある程度人が増えたのを確認し、震えている薬師と共に演壇の脇に控えているリルに目配せすると、彼女は親指を立てた。
「護衛の配置、退路の確保、全て完了ニャ! やっちゃって良いニャンよ!」
「流石の統率力だね。じゃあ任せたよ」
これから私は王家の罪を告発し、奴らに喧嘩を吹っ掛ける。
とはいえ現在の戦力で王都を制圧することは不可能だし、初めからそんなつもりでここに来ていないから、退路はしっかり用意しておかねばならない。
リルはそういった点まで素早くこなしてくれた。元・有力盗賊団のリーダーの手腕には驚かされるばかりである。
否、リルだけではない。彼女によればフェルディナンドも最後まで手を貸してくれたそうだ。自分も結婚式の準備で忙しいというのに。その結婚式に私は出席できないというのに。
信じてくれた者達の頑張りに応えられるよう、こちらも精一杯やらねば。
私は外套を脱ぎ捨て、おもむろに演壇に上る。後ろから薬師も遠慮がちについてくる。
「ローラシエルを殺し、ライングリフの命まで狙った逆賊」を目撃した民衆の間には、物々しい雰囲気が漂っていた。
私の罪状に対して半信半疑なのか、それとも単純に怯えているのか分からないが、表立って攻撃してくる者は居ない。しかし彼らの視線からは疑念や嫌悪が感じられる。
前世でも散々見てきた、理解できないものに向ける拒絶の目だ。
私は必要に応じて薬師にも発言させつつ、トラウマを振り切るように力強く真相を語った。
事の発端はライングリフ派が王位継承を早めるため、もともと衰弱していた国王に毒を盛ったこと。
奴らに毒物を持ち込むことを強制され、やがて怖くなり逃げ出した薬師を私が保護した。
これによりライングリフ派は私を攻撃せねばならなくなる。
そもそも自分は幼少期から母と共に王室内で冷遇されており、王都占領の日も他の家族から見捨てられ、目の前で愛する母を屠られることとなった。
こんな私が王女として、英雄として台頭したとなれば厄介視されるのは当然で、ライングリフ派は尊重するフリをしながらも再び切り捨てる機会を狙っていた。
その機会を作り出したのがローラシエルである。
彼女はテロリストを操って「ライングリフがアステリアの配下に暗殺されそうになる」という演出をしたのだ。
そして「暗殺未遂事件に関する調査」という名目で、兵を引き連れて我がブレイドワース辺境伯領にやってきた。
初めからこちらを陥れるための計画である以上、説得に応じる筈がない。私は薬師と領民を守るため姉に立ち向かい、結果として殺害することになってしまった。
私は逆賊ではない。騙されるなラトリアの民よ。
真に罪深いのは国王の暗殺を目論み、それが表沙汰になりかけたと見るや、誤魔化しの為に民衆の疑念を私に向けさせたライングリフ派だ。
家族を裏切ったのは私ではなく奴らの方なのだ。
私は持てる手札の全てを切った。
昔のことまで話すのはレティシエルに対し恩を仇で返すような形にはなるが、打算に満ちた助力に感謝し絆されるほど私は甘くない。
明かされた真実に困惑する民衆を見渡して一呼吸置いたあと、私は再び口を開いた。
「これからも父、ラトリア国王バルタザールの命は脅かされ続けるでしょう。私は父を守るため、ラトリアを奸計から解放するため……ライングリフ派に戦いを挑みます!」
民衆のざわめきが一層強まる。
彼らの心がどれだけこちらに傾くか不安だが、ここで弱さを見せる訳にはいかない。
「ライングリフ派の横暴を許し難いと思う者はぜひ私に協力して頂きたい! 真実を広め、彼らのやり方に異を唱えるでも構いません。団結し、武器を取って立ち上がるでも構いません。或いは戦士として我がブレイドワース辺境伯領軍……《アド・アストラ》に加わるでも構いません! 自らに出来る方法で、腐敗した上流階級に抗って頂きたいのです!」
畳み掛けるように続ける。
「皆様、『自分には関係のないことだ』とは考えないで下さい。彼らは権力や利益を拡大させるためなら簡単に人を犠牲にします。今は何もなくとも、明日にはあなた方が切り捨てられる側になるかもしれません……ソドムに追放された異種族や下層市民のように! 苦しみの中、癒やしを与えられるどころか毒を盛られた父のように! 彼らの支配する世界で生きるとはそういうことなのです!」
同調の声は上がらない。
仕方のないことだ。今の生活基盤を作り上げた権力に抗う覚悟などそう簡単に持てるものではない。
世界の敵であった魔王を討伐した時とは訳が違う。
だが、叫び続けるしかない。
既に賽は投げられてしまったのだから。
「ラトリアの民……いえ、世界中の人々よ! どうか私を信じて下さい! そして、共に立ち上がりましょう!」
そう言い切ったところで、後方のリルが慌てたように声を掛けてくる。
「アステリア様っ! 近衛騎士が防御の陣を突破してきてるニャ!」
クソったれ、もう限界か。
いや、伝えたいことは十分に伝えられた。後は皆の判断に期待するしかあるまい。
「分かった、退くよっ!」
私は薬師の手を握って演壇を駆け下りようとした。
その時、聴衆の向こう側の大通りに立っている人物と目が合った。
ウォルフガング。
彼が何かを言っている。ここからでは聞こえないが、こうなってしまったことを残念がっているのが悲しげな表情から見て取れた。
ごめんね。でも仕方ないじゃんか。世の中、あなたみたいに優しい人ばっかりじゃないんだ。
リルが煙幕を発生させる。
ウォルフガングの姿と共に、後ろ髪を引かれる思いが隠されていく。
天暦1048年5月のこの日。
かくして、天上大陸の全勢力を巻き込むことになるラトリアの内戦が始まるのであった。