12章13節:暗殺未遂事件の真相
ローラシエルおよび調査団員の大半が死亡したことにより、戦いはすぐさま終わりを迎える。
私は衛兵らに被害状況の確認と対応を命じつつ屋敷に戻った。
読み通りライングリフ直属と思しき別働隊がここに来ていたようだが、アルケー達が完璧に迎撃してくれたためこちら側はみな無事であったし、屋内も荒らされずに済んだ。
行方知れずとなっていた《魔王軍》の幹部が目の前に居ることに慌てふためく兵士たちの様子を、チャペルが少し悲しげに伝えてくる。
大義のない人殺しに加担したということで色々と思うところがあるのだろう。そんな娘をアウグストは「今は『ルミナス再興のため』と割り切るべきだ」と不器用ながらも励ますのであった。
さて。ひとまずこの場は切り抜けたが、依然として私は窮地に立たされている。
むしろ「領地を守るため」という正当性があったとはいえ王族殺しをした以上、更に状況は悪くなっている。
つまり、ここからが本当の戦いと言える。
私は何時間か考え込み、はやる気持ちを抑えて王都に派遣した《アド・アストラ》からの報告を待つことにした。
迅速に行動せねばならないのは確かなのだが、まだ「手札」が揃っていない。戻ってきた者と行き違いになるリスクも考えればこれが適切だろう。
それから七日。内政と今後の展開の予測に勤しみつつもストレスでひどく苛立っていた私のもとにようやく、リルの部下である男が報告しに来た。
ちなみにリル本人は来ていない。
私の配下が諜報活動をしていることにライングリフが気付いたのだろうか、王都では「姉を殺し、兄の命を脅かした逆賊アステリアの犬が暗躍している」などと喧伝され大々的に掃討作戦が行われているらしい。
リルは現地のリーダーとしてその対応に追われているのだという。
幸い、現段階ではまだ王都中の全てが敵に回ったという訳ではない。フェルディナンドを含む穏健派貴族が悪評を払拭しようと動いてくれているみたいだ。
とはいえライングリフ派の方が力を持っているので、こちらが悪者に仕立て上げられるのも時間の問題である。
私は忠臣の無事を祈りながら男の話に耳を傾け、そして、予想だにしなかった真相に驚かされた。
《アド・アストラ》が掴んだライングリフ暗殺未遂犯の正体。
それは、かつて王立アカデミー占拠事件を起こした《北ラトリア解放騎士団》の残党だったのである。
まさかその名を再び聞くことになるとは思わなかった。
ライングリフ派と共通する思想を持つ彼らに厳罰が下されることはないと分かっていたが、それでも組織としてはとっくに崩壊していると考えていたから。
団長ファビアンは消え、オーラフは《シュトラーフェ・ケルン》に引き抜かれ、その他のメンバーについても多くは以前の戦いで死亡した。
更には活動の大義名分も薄れていた。未だスラムが残っているとはいえラトリア周辺は統一されつつあるし、連中が目の敵にしていたレヴィアスだって、現当主のルアはライングリフに恭順している。
だが、そんな風に何もかも失くした解放騎士団にローラシエルは手を差し伸べ、非正規の私兵として秘密裏に運用していたのだという。
そう。私を陥れる為に一芝居打ったのはローラシエルだ。
元過激派組織のメンバーなら死が約束された芝居にも躊躇なく臨める。
バカ姉にしてはよく考えたものだが、このような作戦を始めてしまったこと自体が間違いなく愚かな選択だったとも思う。
或いは処刑されることを前提として作戦に参加した元テロリストのように、あいつもまた「兄に体よく利用されて死ぬことが国益に繋がるならそれも本望」とでも思っていたのだろうか。
まあ今となっては確かめようもない。
何にせよ、これで最低限の情報は集まった。ライングリフを相手取るには少々心許ないけれど、与えられた手札で戦うしかあるまい。
私はすぐに《アド・アストラ》の主要メンバーと薬師の男を会議室に集めた。
皆が緊張をはらんだ視線でこちらを見る。
これからの戦いは今まで以上にミスが許されない。失敗すれば私だけでなく《アド・アストラ》の仲間も、雇用している兵士も、領民もまとめて鏖殺される。
だが、このどうしようもない苦境を打開するには「これ」しかない。
私は強い覚悟をもって決断し、口を開いた。
「……私、ラトリア王家に戦争を挑むよ」
それは、ずっと前から望んでいたこと。壮大な復讐計画を前進させるため、いつかは通らねばならなかった関門。
敵側に主導権を握られた状態で始動させられるというのが癪だけれど、あのライングリフを相手にするのだから贅沢は言っていられない。
私の宣言を聞いたライルは「はぁ!?」と声を上げ、薬師は青ざめた。
一方、元《魔王軍》の三人は固唾を呑みながらも、意志の強さを感じさせる表情は崩さない。「王家と戦うつもりである」という話は以前にしたので、その際にちゃんと覚悟を決めていたのだろう。
ライルが申し訳なさそうに手を首の後ろに当てて言う。
「……あ、いや、ビビっちまって悪い。俺だってそのつもりで、改めてあんたの仲間になったのにな」
「『こんなに早いとは思ってなかった』ってところかな?」
「ああ。でも、やるしかないんだよな」
「そりゃ本当ならもっと準備したかったよ。保有戦力も外部協力者もまだ十分とは言えないからさ。でも、向こうがやる気になっちゃったからね」
「まあ、あれだけの部隊を寄越してきたんだしな……」
「ん。このまま守りに徹していても少しずつ擦り潰されるだけ。なら、こっちから打って出るまで」
「……よっしゃ、分かった。全力で抗ってやろうぜ!」
空元気。少しだけ不安になるが、ライルもやる時はやる男だ。黙って信じることにしよう。
他の仲間達についても同じだ。今更、気持ちの確認なんてしてやるつもりはない。
私は怯えたままでいる薬師の目の前に立ち、共に都に戻って王家を告発することを求めた。
元々そういう約束で保護したのにも関わらず、彼は返事を渋った。ライルと同様、「いざという時」が想像していたよりも早く来たことに狼狽えているのだろう。
しかし最終的には戦争が避けられないことを理解し、決心するのであった。
***
私はここからのプランを皆に説明した後、薬師とリルの部下だけを伴ってすぐ王都へ発った。
飽くまで今回は告発と宣戦布告だけが目的なので、他の面々は辺境伯領に残している。
領主不在の隙を突いたソドム方面からの急襲を警戒すべきだし、それ以上に彼ら――特に皇帝家親子には「次なる作戦」に備えておいてもらいたいのだ。
王都に到着したものの正門は封鎖されていたので、スラム経由で侵入する。
ここはかつて人さらい事件が起きていた町だ。
住民の大半はソドム送りにされたか処刑され、昔とは打って変わって静まり返っている。
私が部下に案内されるままに行った先は、あの日、調査依頼を受けた酒場兼冒険者ギルド。既に閉店済みだが、残された建物をリル達が潜伏先として利用していたのだ。
「アステリア様! 無事で良かったニャ!」
「そっちも!」
飛びついてきたリルを抱き返してやる。
それから互いに状況を報告したのち、王家に対する宣戦を行うことを伝えると、皆が大いに沸き立った。
リルはこの展開を待ち望んでいたようで、追手を撒きつつ穏健派貴族やレティシエルの部下と連携し、私が大衆に向けて意思表示を行う場を手配したそうだ。
なんだか不思議なものである。協力者のうち最も付き合いが短い筈の彼女が最も私のことを理解し、同調してくれているなんて。
奴隷狩りの拠点を潰したあの日、ネルを容赦なく見捨てていたら、リルとの関係はこうも喜ばしいものにはならなかっただろう。
人生、何がどう繋がるか分からないな。
「さあ、時間が惜しい。もう準備できてるっていうならすぐに動き始めるよ!」
「御意ニャっ!」