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12章12節:ローラシエルの意志

 無数の敵兵が押し寄せる。 

 忠誠に狂った走狗は血走った目で私を凝視している。私を討つことやローラシエルの意思を無視することに乗り気でない者達もそんな連中の熱狂に飲まれ、或いは恐怖し、苦しげな表情のまま戦意を捻り出している。

 気づけば私の心はすっかり冷え切っていた。彼らの介入によってここは私個人が復讐を果たす場ではなく、陰謀の渦巻く、どこまでも気分の悪い戦場になってしまった。


 私は後方に居る部下たちに「迎撃の準備を!」と指示したのち、すっかり姿が見えなくなったローラシエルに語りかけることにした。

 あいつに再び兵士たちを制止させる。ライングリフの配下であっても、現場の指揮官であるところのローラシエルが確固たる意志を見せて命令をしたら無視する訳にもいかないだろう。


「どうかやめさせてください! 姉様はライングリフ兄様に利用されてるんです! 姉様を矢面に立たせて切り捨てようとしてるんですッ!」


 返事はない。私の声が軍勢の怒号と足音にかき消されてしまったのか、それとも、今なお「家族やラトリアに尽くしてきた自分」が否定されるような都合の悪い真実に惑わされないよう耳を塞いでいるのか。

 

「こんな……自分の意志を蔑ろにする決着の付け方で満足なんですか!?」


 やはり返事はない。後者だと気付いた。たとえ自分が捨て駒にされているとしても、誇りに反する展開となっても、「私が死ぬ」という最善の成果には代え難いのだ。


 ああクソったれ。結局、全面衝突することになってしまうのか。そんなにも私に破滅して欲しいのか。

 理不尽な話だ。私が王家を憎む理由はあっても、あちらに私を憎む理由などない筈なのに。

 思えば前世もそうだった。多くの人間は手前勝手な線引きをして無意味な争いを引き起こすことを求めている。それがいつか自分の首を絞めることになるとも知らずに。


 

 決闘が全軍での戦いに変わってからそう経たないうちに、我がブレイドワース辺境伯領陣営は押され始めた。

 作戦通り戦力を集中させたことで人数的には拮抗していても、個々の戦闘力において負けている。

 こちらは寄せ集めだから練度で劣っているし、装備だって、アルケー産《術式》による収益確保体制が完成していない現状では大したものを用意してやれない。

 どういう訳かローラシエルが前線に出てきていないので私が苦戦するような難敵は居ないが、それでも剣の奪取にほぼ頼れないこと、味方や領地を守らねばならないことが響いており殲滅に時間が掛かっている。

 かといって屋敷のほうで控えているメンバーの中から誰か呼ぶというのも不可能だ。それこそ敵の思うツボだろう。

 

 使うしかないのか、《魔王剣アンラマンユ》を。

 短期的に見れば最適解だ。私が持つ中では最強の対・多数用攻撃手段だし、あれを出すのであれば必然的に味方を後ろに下がらせることになるから、彼らを守る必要もなくなる。

 しかし、あの剣は――いや迷っている暇はない。出し惜しんでも死人が増えるだけである。

 私はラトリアの王女にして救世の英雄。そして、いつか王家を転覆させる者。だがそれ以前にこの地の領主なのだ。

 たとえ領主になったことが大望を叶える為の手段に過ぎないとしても、戦に勝って民を守る責務がある。例の薬師も含め、自らを信じて頼ってきた奴らを守る責務がある。

 それこそが正道に見放された者を救い、悪道に脅かされた者をも救う「外道」らしい在り方というものだろう。


「みんな、領地まで急速に後退しつつ横に広がってッ!」


 迫り来る兵士を切り刻み、矢を叩き落としながら力強く叫ぶ。

 仲間達が指示に従い戦線を下げる。そこに追撃を加えるべく敵軍が前進しようとしたタイミングで、私は《魔王剣アンラマンユ》を召喚した。

 過去にも魔物の群れと戦う為にこれを使用したが、明確に人を殺すことを目的として呼び出すのは今回が初めてだ。


 禍々しい漆黒の剣を携えて戦列に突っ込む。それを地に突き刺すと威圧の力が衝撃波のように放たれ、兵を次々となぎ倒していく。

 効果範囲から逃れた者達がその惨状に怯え、最優先排除対象であろう私を無視して領地の方へ向かっていったが、あの人数であれば後ろに下がらせた部隊だけで問題なく撃退できる筈だ。

 まだ私に挑む気概と体力を保っている者も満足に戦うことができず、宙を舞う我が剣たちにあっさりと裂かれ、貫かれ、焼かれ、潰される。

 

 かつて魔王ダスクと対峙した時、私はこう思った――「自分は創作物に出てくるような『最強の主人公』とは違う」、と。

 私を絶望させた男の力の一端を手に入れた今、少しはそこに近づけたかも知れない。

 あの時の私と同じように、今度は相対する兵士たちを絶望させているかも知れない。

 だが、そのことに何ら喜びを感じられなかった。

 こいつらもローラシエルも結局は偽りの正義と悪質な陰謀に囚われているだけの、いわば小物である。罪を許す気はないが、考えようによっては被害者の側面もある。

 真の敵はこのような人間を生み出してしまう社会構造であり、それを解体しない限り私の戦いは、怒りは終わらないのだ。


 視界が開ける。敵兵の殆どが倒れ伏すかまたは距離を取る中、たった一人、未だ私の前に立っている者が居た。


「……ローラシエル姉様」

「魔王ダスクが所持していたとされる聖魔剣……やはりあなたの手に渡っていたのね。この目で見たのは初めてだけれど、似合っているじゃない」


 威圧に抗うため、身体を強張らせながらもあいつはにやりと笑っている。

 アンラマンユの能力を受けながらもあれほど自分を保てるとは。

 確かに私は元の持ち主ほどこの剣の能力を引き出せていない。今の私はまだ「魔王」ではない、つまり「誰よりも多くの人間から憎悪される」という条件を満たさず強制的に適合しているだけだから。

 しかし、それだけではない。

 あの表情。ローラシエルはただ尋常ならざる意志の力で耐えている。研ぎ澄まされた剣の如き愚直さで跳ね除けている。

 他者の発言や行動に対してあれこれと悩み、揺らぎ続けている私とは違う。どこまでも真面目で一貫していて、ラトリアにとっての正義に忠実であるからこそ成せる技。

 有り体に言えば考えることを放棄しているのだ。それは何とも救いようのない在り方だが、同時に揺るぎなき強さでもある。

 

「正直、皆を倒してくれて良かったわ。あなたが指摘した通り……こんな形で勝ったとしても納得できないと気付いたから」


 ローラシエルは細剣を構え、敵意を爆発させた。

 そうだ、それでいい。


「私も姉様が気付いてくれて良かったと思ってるよ」

「では先の殺し合いの続きといきましょう。今度は出し惜しみはなしよ?」

「分かってるッ!」


 その言葉と共に、私は新たに《変幻剣ベルグフォルク》を召喚。遠隔制御では力が弱まってしまうアンラマンユを除く、召喚済みの聖魔剣すべてをローラシエルに向かって放つ。

 それを《変位(マニューバ)》によって操られた武器群が迎撃する。

 弾幕を潜り抜けて聖魔剣が届いても強力な《防壁(バリア)》に弾かれてしまう。

 やはり近づいてアンラマンユで防壁ごと押し潰すしか選択肢がなさそうだが、時折飛んでくる《徹閃剣カラドボルグ》の一閃が安易な接敵を許さない。

 強引に近接戦闘に持ち込むことができる《加速(アクセル)》も対策されている。ローラシエルは前にルアが使っていた《停滞(スタグネイション)》も習得しており、こちらの詠唱を聞いて的確に減速を合わせてくるのだ。

 これほど「リーズのように無詠唱で使えたら」と思ったことはない。


 互いに幾度か牽制攻撃をした後、私はひとつの発想に至った。

 次の攻防で全てを決めようと意気込み、まだ能力を見せていないベルグフォルクを手もとに呼び戻す。

 それから《強健(フォース)》を詠唱、かつてエメラインがやっていたみたいにその剣を巨大化させ、思い切り振り下ろした。同時に他の聖魔剣でも猛攻を仕掛ける。

 これすらもきっとローラシエルは耐えるだろう――が、それは私視点での目算である。

 自らの身長よりも遥かに長大な剣がどれほどの破壊力を叩き出せるかをあいつは知らない。

 ゆえに判断を誤った。或いは自身を圧殺しようとしている大質量を前に、生物としての恐怖を覚えた。


 ローラシエルが反射的に回避行動を取る。

 こうして生まれた一瞬の隙に《加速(アクセル)》をねじ込みつつもベルグフォルクを手放し、空中戦を繰り広げていたセレネと交換した上で接近する。

 咄嗟に《防壁(バリア)》を再使用したローラシエルだったが、至近距離で放たれるアンラマンユの威圧とセレネの《術式》破壊が強固な防御を崩していく。

 このままでは押し切られると理解したのだろうか。彼女は防壁を解き、自らを奮い立たせるように叫んだ。


「アステリアぁぁぁぁぁ!!!」


 瞬間。戦場に散乱した全ての武器が一斉に飛来する。

「死なば諸共」と言ったところか。


 だが、私の剣が届く方が僅かに早かった。


 胸を刺し貫かれ、崩れ落ちるローラシエル。

 彼女に操られていた武器群は意志の力を喪失し、魔王剣の圧に容易く弾かれた。


「ラトリアに、仇なす者……魔王め……」


 弱々しくも憎悪を絞り出すように言い残し。

 そうして、我が姉は力尽きた。

 私は「二人目」への復讐を終えたのだ。


 ローラシエル。悪質でどうしようもなく愚かな姉であっても、その強さは本物だった。

 欲にまみれた下衆でしかなかったグレアムとは違う。

 だから、少しくらいは敬意を持って送ってやる。

 もしお前のような罪人にも来世があるのだとしたら、次はもっとマシな環境に生まれることだ。馬鹿正直さにつけ込んで誤った道を歩ませる者が居ない、そんな環境に。


「《契約奪取(コントラクト・オーバーライド)》」

 

 強制適合を行い、《徹閃剣カラドボルグ》を手にする。

 その本来の適合条件は「価値観を曲げないこと」であった。

 いかにもこいつらしいと思うと同時に、自分がこの剣に愛されなかったことに少しだけ落胆した。

 私の心がずっと揺らぎ続けていることが証明されたみたいで。

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