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12章10節:ローラシエルとの対峙

 四月末、朝日に照らされしルミナス南の草原にて。

 私は辺境伯領の防衛戦力として雇った戦士たちを背にして仁王立ちする。

 相対するのは、私と同じく軍勢を代表する形で前に立っているローラシエル。

 敵軍の様子をざっと観察する。チャペルの操る魔物の急襲によって幾らか怪我人が出ているようだが、士気の低下はさほど感じられない。

 それもその筈で、装備から考えるに大半は正規軍や近衛騎士団から出向してきた人間だ。「主を守ろう」という意志が強いから、多少の苦難は「この仕事には正当性があるのか」という疑問と共に封殺してしまうわけである。

 なお、詳細は不明だが聖魔剣適合者らしいローラシエル以外に帯剣している者が見当たらない。第一王女の命が懸かっているということで、今でも私に一定の配慮をしているウォルフガングも黙っていられず、それとなく入れ知恵をしたのだろうか。

 敵軍の構成とは対照的に、こちらは傭兵、冒険者、民兵が入り混じった寄せ集めである。そしてライル達には薬師の護衛を任せているし、リルと元盗賊団の連中も王都に居る。まともにやり合えば敗北は必至だと皆も分かっているのか、動揺しているのが振り返らずとも感じ取れる。

 私は仲間たちを勇気付けるように力強く一歩を踏み出した。


「此度はいかなるご用件でしょうか。兵を動員し、『父様より託された』領地の民を威圧する行為……相応の理由がなければ姉様といえど許されません」


 毅然とした態度を見せると、苛立ったローラシエルは早くも抜剣し、切っ先を突きつけてくる。


「とぼけるつもり? あなたの罪をそちらの有象無象どもに教えて差し上げましょうか」


 そうしてローラシエルは、私がライングリフ暗殺教唆を行い、「王宮に毒薬が持ち込まれている」などと吹聴して王家の評判を貶め、更には王家が雇っている「何の罪もない」薬師を拉致した、と語った。

 よくもまあこんな虚実が逆転したデタラメを堂々と断言できたものだ。

 或いはこいつの場合、これらの嘘を真実として信じている――いや、信じようとしているのかも知れないが。ライングリフとしても扱い辛そうなローラシエルのことだ、国王暗殺計画から外されていてもおかしくない。


「私は姉様が仰るようなことは一切しておりません」

「だったらこれから行う調査を黙って受け入れれば良いわ。そう心配せずとも、何も出なければ無実だったと認めてあげる。あなたは出来損ないではあっても私の妹なのだから」

「……拒否したら?」

「証拠を隠していると捉え、強引にでも立ち入らざるを得ないわね」


 予想通りの無茶な要求。もちろん受け入れられる訳がないし、向こうもそのつもりで言っているのだろう。

 さてどうしたものか。交戦が不可避なのは明らかだが、一応は揺さぶりをかけてみるか。


「姉様、真なる秩序の敵は私ではなくライングリフ兄様やマリーシエル様です」

「この期に及んで戯言を……」

「彼らは一刻も早く権力を得るため、父様を暗殺しようとした。そして有力諸侯もまた、それに勘付きつつも黙認したのでしょうね……今の父様にはラトリアを任せておけない、というのもまた事実ですから」

「これ以上皆を愚弄するのであれば、今この場であなたを裁くことになるわよ?」

「……本当は姉様も怪しんでいるのではないですか? なのに諸問題を私という『分かりやすい敵』に押し付けて心の安寧を図ろうとしている。それで良いのですか?」


 図星だったのか、ローラシエルは一瞬だけ目を細めたあと、縦ロールにしている金の長髪を不愉快そうにかき上げた。

 

「聞くに堪えないわね。いい? あなたがすべきは口答えではないわ。黙って従えばいいのよ」


 やはり話は通じないか。昔からそういう奴だとは思っていたが、頑迷にも程がある。

 この調子ではリスクを負って薬師をローラシエルの目前に出し、喋らせたとしても「脅して嘘を言わせている」と一蹴されるだけだろう。

 ならば別の角度から不利を補うか。


「従うことは出来ません。領主として民を守らねばなりませんので」

「あら、そう。どうやら戦争するしかないようね」

「いいえ、無益な争いで犠牲を出したくはありません。ですから私と姉様……一対一の戦いで決めませんか?」

「……へえ、あなた如きが私に決闘を挑もうというの?」


 ローラシエルが鋭く睨みつけてくる。私は王女としての態度は崩さないままに挑発的な笑みで返した。


「はい。どちらかが敗北を認めた時点で終了とします。姉様が勝ったら無抵抗で調査を受け入れますが、私が勝ったらここは退いていただきます」

「自分の立場を分かっているの? それを受け入れる理由なんて……」

「逃げるのですか、姉様」

「……今、なんと?」


 ローラシエルの怒りがラインを越えたのを察したのだろうか、敵軍がざわめきだした。

 これならば少し押せば行けそうだ。

 ローラシエルは彼女の持つ細剣のように真っ直ぐなプライドによって己を守っている。故に、そこを突かれればすぐに感情的になる。目的の為なら一旦は自我を潜めることも厭わないライングリフやレティシエルとは大違いだ。


「私『如き』の挑戦から逃げるのですか、と言いました。正統なる血を継承し、ラトリアに身を捧げてきた姉様なら……私よりも上位の存在である姉様なら、勝利できますよね?」

「妾腹の分際でっ……!」


 声を荒らげるローラシエル。周囲の兵士たちが「アステリア様は挑発をしているのです!」「乗ってはいけません!」などと制止するが、殺意で昂っているあいつはもはや聞く耳を持たない。

 

「ええ、いいわ。確かにあなたの言う通り。私はあなたに勝ち、ラトリアの正統な王女としての価値を、絶対性を示さねばならない」

「引き受けて下さるのですね?」

「一見、自分を卑下しているようでありながら自らの勝利を疑わないその態度。後悔させてあげるわ。あなた達、決して手出しはしないように」


 命令され、やむなく引き下がる兵士たち。

 ローラシエルは彼らを一瞥もせず、更に前に出た。


 さあ、全軍で正面衝突するよりはマシな状況に導いたぞ。後は私ひとりが戦いで頑張ればいいだけだ。

 ウォルフガングによれば、かつて剣術の訓練から逃げていたローラシエルも今はそれなりに成長しているというが、一体どれほどのものなのだろうか。

 グレアムのようにあっさり死なないでくれよ。でなければ復讐し甲斐がない。

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