12章8節:ライングリフ暗殺教唆疑惑
私が商材としての《術式》の開発を依頼してから殆ど経たないうちに、アルケーは「うおおお出来たぞアステリアっ!」と興奮気味に成果を見せてきた。
もちろん「大衆の生活レベルの向上に繋がる研究ならば頑張ってくれるかも」という打算があって声を掛けたのだけれど、こちらの想定を上回るモチベーションの高さである。
むしろ今までのぐうたらっぷりから一転し、寝食を忘れて開発に没頭していたので心配になるほどだった。
一方で彼女の語ってきた言葉が嘘ではないこと、かつての敵ではあっても悪ではないことを確信でき喜ばしく思う面もあった。
私はこの新商品の流通に関する協力を取り付けるため、《術式》が刻まれた書およびそれを利用して冷凍した食材と共にエストハイン王国に向かった。
なお、当然ながら初めて使用する《術式》である為、全ての構成文を読み上げる「全文詠唱」という、一般的に非効率とされる使い方しか出来なかった。
しかしこの《術式》は初めから全文詠唱をする前提で徹底的に簡略化、短文化されている為、それでも何ら不便性を感じない。
効果そのものではなく効率面でこうも画期的なものを作り上げるとは、伊達に《術式》の発明者ではないということか。
エストハインに着いた私はレンに対しこの《術式》の新規性をプレゼンすると共に、《ヴィント財団》が参入したとはいえ未だ《ドーンライト商会》が独占気味な《術式》市場に参入することの価値を説く。
結果、レンは二つ返事で協力を約束してくれた。
「その開発力をどうやって手に入れたのか」と疑われはしたが、彼女にとってもメリットの大きい話であるためか深く追及されることはなかった。
不慣れな営業活動を終え、ブレイドワース辺境伯領に帰ってきたのが四月下旬。
安心感がある筈の自宅で私を待っていたのは、高速馬車まで使い慌てて帰ってきたライルとリルによる驚愕の報告だった。
「はぁ!? 私がライングリフ暗殺教唆をしたってぇ!?」
ライルが「良いニュースと悪いニュースがある」などと洋画みたいなことを言い出したので後者から聞いたところ、これだ。
どうも私がエストハインに赴いている間に王都で「演説中のライングリフが不審人物に襲われかける」といった事件が起きたそうで、犯人が私の名を呼んでいたことからライングリフ派の連中は私を槍玉に挙げているらしい。
もちろん事実無根である。しかし、ある程度の人間がこの馬鹿げた話を信じてしまっているようだ。
恐らく冒険者時代の私の在り方が「あいつは目的の為なら手段を選ばない」という印象に繋がり、疑いにも一定の説得力が生まれたのだろう。
確かに私はライングリフ派を打倒しようとしているし、その為に憎きレティシエルと手を組むことすらした。
だが暗殺なんてものは他に方法がなかった場合の最終手段だし、それにしたって、もしやるならもっと上手くやる。今回のやり方は暗殺どころか遠回しな自殺でしかない。
「……そっか、『遠回しな自殺』か」
私はふと導出した結論を口に出した。
「どうしたニャ、アステリア様?」
「いや、ちょっと犯人について考えててさ」
「自然発生した傍迷惑な同調者、とかか? いや、流石にもっとマシなやり方するか……」
ライルが自信なげに言った。
「うん。最初から殺す気なんてなかったんだよ。それでわざわざ私の名前を出したとなったら、間違いなくライングリフ派が計画したことなんだろうなって」
「あんたを潰す為の自作自演か。あの腹黒王子ならやりかねねえな」
「まあ何にしても疑いを晴らす為の調査が必要だね……で、良いニュースの方は? もしかしてそっちの人と関係ある?」
ライルとリルの後ろで見知らぬ男が縮こまっている。
ライル達は彼を一刻でも早く私に会わせるため、《アド・アストラ》の他の面々を置いて三人だけで辺境伯領に帰ってきたらしい。
ライルが男に頷きかけると、彼は一歩前に出て、意を決したように私の目を見た。
なんと、ラトリア王家が雇った薬師であるこの男は王妃マリーシエルに脅され、「病床に臥している国王の為の治療薬」という体で城に毒薬を持ち込んでいたのだという。
目的は明らかだ。父が体を壊したのを良いことにマリーシエル――否、ライングリフ派は毒を盛って暗殺。ライングリフを王位につかせて権力を拡大しようとしているのだ。
「もともと体調を崩していた」という前提があるため、本来ならば回復の見込みがあったとしても「病死した」ということに出来るわけである。
マリーシエル個人に関してはそれだけでなく、父が自分に愛想を尽かしてお母様と浮気したことについての私怨もありそうだが。
そう考えると身から出た錆とはいえ、クソったれな父を上回るゲスであるライングリフ派を肯定することは出来ない。
ただ、奴らを引きずり下ろす武器という意味では間違いなく「良いニュース」だ。
無論、実際に父が毒を盛られていたかは分からないが、いかにもそれらしい状況が揃っているならば強い証拠がなくとも人々は信じるものだ。まさしく私に掛けられた暗殺教唆疑惑のように。
それにしても、こんな重大な情報と証人が突然、湧いて出てきたのはレティシエルの根回しのお陰だろうか。
自分で証人を確保してライングリフ派を追い詰めることも出来ただろうに、そうせず「武器はやるからお前が戦場に立て」と言わんばかりに押し付けてくるのは何ともあいつらしいな。
「正直に話してくれてありがと。きみのことは私たちが絶対に守る。この領地の住民として受け入れてあげるよ」
「ありがとうございます、アステリア様……!」
薬師の男は深々と頭を下げた。
「でも私自身、いま結構ヤバいみたいで。『やらなきゃやられる』という事になりそうなんだ」
「と仰いますと……」
「私を陥れた敵を……きみの身柄を狙う敵を退けるために、いざという時には民衆の前で真実を告白して欲しい。それが保護の条件」
「……そうですか」
「やっぱり難しい?」
「いえ、承知いたしました。身の安全を保証して頂けるのに何もしないというのも虫が良すぎますから」
現代の天上大陸で最も力を持つライングリフ派を告発するという、かなり勇気が必要なことを求めたつもりだが、意外にも彼はあっさりと承諾した。ここまでの旅の中でこうなる可能性を考えていたのだろうか。
私は薬師と握手を交わした後、リルに声を掛ける。
「さて。帰ってきてもらって早々で悪いけど、王都に戻って《アド・アストラ》を指揮し、ライングリフを狙った犯人を調査して欲しい」
「分かったニャっ! 王都中で騒ぎになってたから目撃者もそれなりに居る筈ニャンね。そいつらの証言を集めて素性を割り出すニャ」
「頼りにしてるよ、リルちゃん!」
私が頭をぽんぽんと撫でると、リルは心の底から嬉しそうに笑った。ネルとはかなり性格が違うこの子だが、こうして見ると本当に妹そっくりだ。
次は居た堪れなさそうにしているライルの方を見る。
「俺は王都に戻らなくていいのか?」
「うん、防衛戦力としてここで待機してて。私の立場が弱くなっているこの状況に乗じて敵が直接攻めてくるかも知れないから」
「それは信じてもらってる……ってことで良いんだよな?」
「じゃなきゃリーズちゃんの剣を預けてないよ。相変わらず自信ないな~もう!」
「わ、悪りい。あんたどころかリーズにも失礼だよな」
私はライルの背中を軽く叩き、気合を入れさせた。
実際のところ、私が頼れる戦力の中で彼が最強クラスであるのは確かだし、ここが戦場になる可能性も高い。しっかり働いてもらわねば。
やれやれ、とんでもないことになってしまったな。
ごめんね、フェルディナンド。結婚式に参列するのは難しそうだ――と、テーブルの上に置かれた招待状を眺めながら思う私であった。