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11章12節【11章完結】:友との決別

 大広間の敵兵はみな倒れているか拘束されている。統治軍も雑兵ばかりということはないのだろうけれど、流石に聖団騎士とその団長相手では分が悪すぎたか。

 城から出てみると、戦場を外に移したアルフォンスたちが既に統治軍の兵や彼らに同調したソドム収容者たちの半数ほどを無力化していた。

 このまま任せておいても問題なさそうだが、とはいえ《公正の誓い》が使用されている、つまり武術のみで戦わざるを得ない状況なので負担も大きかろう。

 私は連れてきた貴族に「彼らを降伏させて」と命じた。


「諸君、武器を捨てて投降せよ! ソドムは聖団の使者たる聖人会に掌握された。我々の……統治軍の負けだ」


 彼は声を震わせて言った。

 この男はライングリフ派貴族として知られており、以前に社交界でも目にしたことがある。正直に証言することはないだろうが、きっとライングリフの命令でソドム独立を画策していた筈だ。独立が失敗したこと自体よりも主の期待に背く結末に終わったことが許せないのだろう。

 統治軍における彼の立場を示すかのように、抵抗戦力の殆どは即座に降伏した。

 意地を張って戦い続けようとした少数も、聖団騎士の技量や《黄泉衆》の命知らずな攻撃を前に戦意を失っていく。

 

 さて。こちらの制圧が終わったことを陽動チームに伝えねば。

 そう思い《黄泉衆》を彼らのもとへ向かわせようとしたところで、あの子――ルアが、瞬時にこの場に現れた。

 虚ろな目、息を切らしている様子、護衛が二人しか居ないことから、彼女の体力が限界であることは明らかだ。

 恐らく、本当は私たちに奇襲を仕掛けて逆転したかったが、《公正の誓い》の圏内に入ってしまい強制的に時間停止を止められたのだろう。

 あの能力のことを知らなかったのか。それともウォルフガング辺りから事前に聞いてはいたが、これしか勝ち筋を見いだせなかったのか。それは分からないが、こちらの勝ちには違いない。


 私は転がっていた敵兵の剣を手に取り、ルアをめがけて駆け出した。逃げられないと悟ったのか彼女の方も剣を抜く。

 しかし異能も魔法も使わない「ガチの剣術勝負」において、《剣神》の指導を受けた私に勝てる者などそうそう居ない。ましてやルアは剣術教練もある王立アカデミーの首席とはいっても戦闘スタイルは明らかに術師タイプである。

 二撃で護衛を倒した後、ルアも剣を弾き飛ばして押し倒した。

 ちょうどアカデミーの練習試合でルアが獣人だと知った時のような体勢になっている。前と違う点は刃を上から顔に突きつけていることだろうか。

 無論、これを下ろして彼女を殺すことはない。既に勝敗が決した今、私はただ話をしてみたかった。

 

「これでやっと話せるね」

「剣を突きつけて言うことですか」

「仕方ないでしょ。一応、今のきみは敵なんだから」

「……それで、何を話したいんです?」

「ルアちゃん。きみは『昔のレヴィアスが戻ってきて欲しい』って言ったよね。その気持ち、領地を持った今ならもっとよく理解できる。でも、だからってこれはやり過ぎだよ」

「危険分子である社会的弱者を排除することがですが? それともラトリア貴族であろうとすることがですか?」

「どっちも。きみは賢いだけじゃなくて良識もあるし、苦労もしてきてる。苦しみの中にある人たちの心を分かってあげられる筈……」


 ルアは海辺で初めて会った日と同じく寂しげな目をしたかと思えば、次は私ときっと睨みつけた。


「私の果たすべき責任を果たしているんです。あなたこそ王女としてラトリアの国益を追求しようとしているようには見えませんが、一体なにがしたいんですか?」


 本来は内気であろう少女が振り絞った剣の如き意思を突きつけられた私は、誤魔化すことなく打ち明けてしまった。


「世界を取り巻く秩序(システム)を殺す」

「ああ……リアさん、アカデミーで『悪いのはきみを受け入れられない世界だ』って言ってくれましたよね。ずっと前からそういう考えを抱いていたと」

「きみがあんな目に遭ったのも、どれだけ頑張っても自尊心を得られないのも、間違った価値観(システム)のせいだよ」

「あなたの気持ちは嬉しかったです。でも私はそうは思わないんですよ。悪いのはこんな風に生まれた私です。だから世界ではなく自分を変えようと……立場に相応しい『人間』になろうと努力してきたんです。実際、今の私は『名誉人間族』ですよ」


 名誉人間族。人間族でない者が金を国に支払うことで社会的には人間族と同等の扱いを受けられるという、ふざけた仕組みの一つである。

 自らが「人間」になったことを告げるルアは、ひどく寂しげに笑っていた。

 これほどまでにこの子の抱えるコンプレックスは根深いものだったのか。

 その痛みへの共感はできる。私もまたコンプレックスが根源にあることは認めざるを得ないから。

 しかし結論には共感できない。それは才能と運に恵まれた強者の理屈である。


「きみのように才能がなく成り上がる努力もせず、変われないまま燻っている弱者たちに問題があるって言いたいの?」

「そうです。人は敷かれた道の上を歩いていくことしかできない。道を外れた者はどれだけ高邁な思想を掲げようが結局は他者を……社会を害することしかできません」


 嫌な価値観だ。そういった考えこそが前世の私を、人を殺してきたんだ。


「……きみもそういうことを言う。みんな諦めすぎてるんだよ」

「本当に諦めているのはあなたではないですか、リアさん。与えられた環境の中で足掻くことを諦めてるんです。あなたの型破りな優しさに救われた身ではありますが、それ以上に底知れない怒りを感じます。率直に言って危険ですよ……魔王ダスクと同等か、或いはそれよりもずっと」


 私という人間の本質を痛いほどに突いた言葉だ。

 前世の私を知らず、冒険者として一緒に過ごしてきた訳でもないのにそこまで見抜くとは本当に頭が良い子である。嫌いになりそうなくらいに。

 もう敵同士だから遠慮する必要もないということか。

 私は感情的になって、気づけば声を荒らげていた。


「そりゃ怒るでしょ! ねえ、私が魔王戦争終結まで冒険者やってた理由、なんだと思う!?」

「あなたはエルミア陛下のご息女。部外者ですからそれ以上のことは具体的には言えませんが、もしかすると王室の方々はあなた方を冷遇したかも知れませんね」

「そこまで分かってるなら……!」

「それでも怒りで動くのは間違ってます。その先にあるものは破滅だけですよ……あなた、この世界に愛しているものはあるんですか?」

「……そんなの必要ない」

「そうですか。私には愛するものがあって、それを守る為に戦っています。安易に責任から逃げることなんて出来ないんですよっ……!」


 確かに私の考えは理想主義の形をした破滅思想かも知れない。

 だが破壊によってのみ救えるものもある。腐敗した自己責任論(リアリズム)よりはマシだ。


――と自己弁護してはみるが、自身の願いの本質が「救うこと」ではなく「壊すこと」にあるというのもよく分かっている。

 私は未だ「この世の気に入らないもの全て」に対する復讐に生きているのだ。

 しかし、それを自覚しているならなぜ私はこんなにも怒っているのだろう? なぜルアを今すぐ斬ってしまいたいと思っているのだろう?

「怒りのままに壊すのではなく、誰かを本当に救える自分になってみたい」とでも願っているのか? そういえば魔王と戦う時も珍しくそんな気持ちになったが、きっと一時の気の迷いだ。

 まあ理由なんて何でもいい。今はただこの子が憎くて仕方がない。


「……頭が良いってのも損だね、ルアちゃん。買わなくていい怒りを買っちゃうんだから」

「頭が良いというなら自由(じごく)に生きているあなたの方こそ。私は必死に世界にしがみついているだけの凡人ですよ……でも、だからこそ簡単に死ぬ気はありません」


 ルアがそう言い切り、視線を私から帝城の方に移した時だった。

 凄まじい爆音と共に大地が大きく揺れる。

 そして城や周辺の建造物が崩壊していった。

 敵味方問わず人々を守るためにアルフォンスは抜剣。光の刃を放って瓦礫を消し飛ばす。

 そう、この瞬間だけ彼は聖魔剣の力を発動させる為に《公正の誓い》を解いていた。ごく短時間の出来事であったのだが、それをルアは決して見逃さなかった。


 もう私の下に彼女は居ない。それだけでなく例の貴族も消えている。

 建物を破壊したのは砲弾か何かに見えた。緊急事態に備えて砲兵を待機させていたのだろう。ただ、この世界には《術式》台頭前の遺物としてカタパルトやバリスタなどは存在しているものの、あれほど破壊力のある物体を高速で直進させる技術は聞いたことがない。フレイナのカーマイン公爵領や《財団》辺りが新しく開発したのだろうか。

 何にせよ上手く逃げられてしまったようだ。

 釈然としない結果である。しかし、少なくともこの場においてはやはり私たちの勝ちと思っていいだろう。


「済まない、《権限》を解いてしまった」


 立ち上がってスカートの砂を払っていると、アルフォンスが軽く頭を下げてきた。


「いいよ、人を守る為だし。あっちの方が一枚上手だったってことで」


 私はそう伝えた後、皆にソドム全体の状況を確認してもらった。

 

 既に統治軍および蜂起した住民は無力化されていたが、ウォルフガング、フレイナ、それからラトリアの有力貴族だけはソドムから居なくなっていた。また砲兵らしきものも確認できなかったらしい。

 ルアが残り僅かな体力を使って彼らを退却させたのだろう。

 彼女の本気ぶりを改めて実感する。そして、私たちの関係がどうしようもないほど決裂してしまったということも。

 ルアだけじゃない。ウォルフガングやフレイナの心もいつか離れていく。或いはもう既に。

 仕方のないことだ、私の選んだ自由(じごく)とはそういうものなのだから。

 大抵の人間は世界に存在する何かに「感情」という名の鎖で縛り付けられている。その形は愛や欲、忠誠など様々だが、「世界への反逆を妨げる」という点では変わらない。

 私のような生き方に付いてこられる者は限られるのだ。



*****



「……完敗でした。砲撃部隊のお陰で何とか撤退はできましたが」


 ラトリア王城にてライングリフにそう報告するのはルアだ。傍らにはウォルフガング、フレイナ、クロードも居る。

 なおアステリアの読み通り、砲撃部隊はカーマイン公爵領と《ヴィント財団》が共同開発した火砲を装備していた。

 クロードと《財団》は今やライングリフ派にとって欠かせない存在となっているのである。


 怯えたように見上げるルア。そんな彼女に対し、ライングリフは優しく微笑む。


「問題ない。むしろお前たちは充分にやってくれたよ。引き際をわきまえていただけでなく、統治軍の中に居た我が忠臣たちも無傷で連れ帰った」

「しかしソドムが……」

「お前は『負けた場合の策はあるのか』と確認しただろう? そう心配するな……クロード殿、例の疑似特異武装は使えるな? 統治軍を通してソドムに設置済みということだったが」

「ええ。試供した宝玉のデータを活用し、一度に転送できる人数の上限を増やしました。いやぁ、聖人会の皆には感謝せねばなりませんね」

「商品開発の為に彼らをも利用するその姿勢、恐れ入るよ」


 そう言った後、ライングリフは弟のローレンスを呼び出した。


「先に伝えた手筈通り、正規軍を動かす準備を。ソドムの事後処理については配下の貴族に出席させて時間を稼がせているが、諸外国の連中が『統治軍を再編しよう』などと言い出さないとも限らん。なるべく急いでくれ」

「ああ。兄様の役に立ってみせる」

「頼む……やれやれ、妹たちもお前のように素直だと助かるのだがな」



*****



 戦いが終わった後、私は急いで自領に戻り、難民たちの面談に追われている《アド・アストラ》の手伝いをした。

 統治軍崩壊の混乱に乗じ、多くの収容者がソドムを脱走したのだ。当然、彼らは逃げ場所として最も手頃な我が領地に集中することになる。

 無実の罪でソドム送りにされていた者は受け入れる。

 リルのように、犯罪に手を染めざるを得なかったが別の生き方もできる可能性がある者も条件付きで受け入れる。

 しかし悪意にまみれており更生の余地がない犯罪者は排斥する。領地への立ち入りを拒絶され、それでも強引に侵入しようとした極悪人――戯れに数十人もの女を凌辱し殺した者や、ただ贅沢の為に男を誘惑し多額の金品を騙し取った者などが居た――はその場で斬り殺したりもした。

 下衆ばかりの腐った世界において、優しさは見せても甘さを見せてはならない。一人の下衆を許せばより多くの人間が苦しむのである。


 そういえば、ライルが妙に不安げにしていたので聞いてみると、どうやらソドムで出会った不当に収容されたと思しき女性が来ていないので心配だそうだ。

「とっくに死んでいるだろう」としか思わなかったが、繊細な彼をこれ以上悩ませても良いことはないので、適当に「ソドムを脱走して、自力で帰るべき場所に帰ったと信じよう」などと慰めておいた。

 たまたま出会った何でもない女の安否を気にかけるなんて、相変わらずライルは優しすぎる。むしろ私はそのことの方が心配だ。

《アド・アストラ》に所属する仲間として信じたからには、今後もこの地獄を共に歩んでもらうぞ。


 さて。話は変わるが、戦後処理についてソドム合意参加国の責任者が会議を行い、捕縛した統治軍メンバーの処遇はそれぞれの国に任されることになったようだ。

 一方、空白地帯となったソドムを誰がどう管理するかという問題については難航し、未だに結論が出ずにいる。

 統治軍の失敗から、彼らは同じやり方を繰り返すことを避けたがっているが、かといって一国に託す訳にもいかないのだろう。



 そんな状況下の三月中旬、事態は急展開を迎える。

 諸外国どころか私たち聖人会ですら対応不可能な速度でラトリア正規軍がソドムに展開、制圧したのである。

 ライングリフはこの件を広く公表すると共に、次のような声明を出した。


「共同統治は失敗だった。今後はわれわれラトリアが統制された軍を用い、責任を持ってソドムを管理しよう」


 はじめから統治軍の敗北と事後処理の遅滞も計算に入れていたとしか思えない迅速さだった。

 こうして流刑都市ソドムを巡る争いはラトリア王国――否、ライングリフの勝利で一旦、幕を閉じるのであった。

これにて第11章は完結です。次章「崩れゆくラトリア」編をお楽しみに。


楽しんで頂けましたら是非、評価やご感想の投稿など頂ければと思います!

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