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11章11節:帝城突入

 丘にて待機していた私のもとにレイシャが瞬間移動してくる。

「首尾はどう?」と聞くと、彼女はいつもの無表情のまま頷いた。


「ルアとウォルフガングはこっちで食い止めてる」

「おっけー。今度は私たちが頑張る番だね。きみはみんなを送り届けたら向こう側の援護に戻っていいよ」

「言われなくてもそのつもり」


 その会話を聞いたアルフォンスとレンがこちらに近づいてくる。

 前者の配下である聖団騎士、後者の《黄泉衆》は個々の強さこそそれ程でもないが、数で大きく劣る私たちにとっては貴重な戦力だ。

 なお、待機時間中にアルフォンスの《公正の誓い》がレンの《権限》――《死想の誓い》を部分的にしか打ち消さないことを確認している。無効化が働いているあいだ死者たちは新たな命令を受けることは出来ないものの、予めレンから与えられていた命令に従って行動することは出来るようだ。

 つまり、アルフォンスは無効化能力を使うにあたって《黄泉衆》に配慮をせずとも問題ないということになる。


「あらかた制圧が終わったらすぐに《公正の誓い》を使う。それで構わないか、アステリア」

「うん。ルアちゃんに先に動かれると力を発動する時間すら奪われるからタイミングが肝心。頼んだよ聖騎士様」

「ああ、任された」

「……で、《黄泉衆》には攻撃よりも味方を守ることを優先させて。要は盾になって欲しいんだ」

「ううむ、勝つ為であれば仕方ない。まったく冒涜的な奴じゃの~」

「死体を操ってる張本人な時点でレン様は人のこと言えないでしょうが」

「冗談じゃ、真に受けるでない。じゃが、下僕にする死者というのも向き不向きがあって誰でも良い訳ではない、という意味ではやはり損耗を最小限にしてもらいたいものじゃな」

「そうなんだ……もちろん善処はするよ」

「やれやれ。また部屋の墓標が増えてしまうかのう」


 そんなことを言いつつも、レンは素直に《黄泉衆》をレイシャの傍に集合させた。

 聖団騎士たちは既に準備を終えている。

 さあ、後は突入するだけだ。


「レイシャちゃん、お願い」


 私の指示と共にレイシャが早足で歩き始め、ひとりひとりの背中に触れて帝城の内部に送っていく。

 その時ふと背後のレティシエルがこんなことを言った。


「アステリア。絶対、無事に帰ってきて下さいね。あなたは私の大切な妹ですから」


 振り向く気も起きなかったが、きっと目を潤ませて本気で心配そうな顔をしていることだろう。あいつは善良な人間の物真似が得意なのだ。

 私は何も返さず、ただ脳内で「くたばれ」とだけ毒づいた。

 瞬間、目の前の景色が一変するのであった。


 

 そこは帝城の大広間。かつて単身、魔王ダスクのもとへ向かう際に通過したことがある。

 敵兵は私の姿を見ると「アステリア殿下!?」と一瞬だけ驚いた後、すぐに臨戦態勢を整えた。


「狼狽えるな! 第一位と第二位が結託して襲撃しに来たのを見ただろう!? あの御方もまた聖人として我々を討とうとしている……撃退する以外に道はない!」

「そういうこと。王女として来た訳じゃないから遠慮しなくていいよ。こっちもしないけどね」


 そう言いながら敵の数を数える。ざっと五十人くらいだが、外からの増援、そしてこの部屋の広さを考えるとこの倍は相手することになりそうだ。

 私はこちらに向かってくる兵士たちを見据えたまま仲間達に言った。


「ここは任せるよ。私は奥に行く。《黄泉衆》は付いてこられる奴だけでいいから来て。アルフォンスはここの制圧が終わり次第、私を待たずに能力を使っちゃって」

「承知した」


 アルフォンスの返事を聞くと、私は炎を纏った《神炎剣アグニ》を前方に射出し、敵の隊列に風穴を開けた。

 それから《加速(アクセル)》を用いて突撃する。

 この即席チームの中で最も機動力があるのは恐らく私なので、それを活かして城内を突き進んだ方が良いという判断だ。

 なお《魔王剣アンラマンユ》を出せばこのようなことをするまでもなく即座にこの場を抑えられるのだが、今回は使わないことにする。敵にも味方にもあの切り札を軽率に見せたくはない。


 通路の敵を斬り伏せながら、同じく移動系《術式》で大広間を抜けてきた二人の《黄泉衆》と共に城内を駆ける。

 統治軍幹部が居るとしたら城の最奥、以前にダスクと交戦した玉座の間だろうと思い、私たちはそこに向かうことにした。

 

 しばらくは足を止めることなく進めたが、中庭に差し掛かったところで突然、弾けるような轟音が連続的に響いた。

 私も《黄泉衆》も反射的に柱に隠れたので無傷で済んだが、すぐ後ろの壁には無数の弾痕が刻まれている。

 柱の陰からちらっと向こう側を見ると、そこにはフレイナが仁王立ちし、赤と金の装飾が施された鉄砲を腰だめに構えていた。

 銃から放ったのは以前のような炎ではなく弾丸であり、その連射速度は前世におけるアサルトライフルのフルオート射撃にも匹敵するほど凄まじいものだった。

 《術式》をあれ程の早さで連発することは困難なので《権限》によって弾丸を飛ばしたのだろう。炎弾よりも威力は劣る分、発火の規模が最小限でいいので低負荷で使用できるといったところか。

 それにしても、フレイナがこういった場所に居るのは少し意外だった。射撃戦を主体とする彼女にとって最も有利な地形は見晴らしの良い高所だから。

 魔王戦争の中でレイシャの能力を見ていて、それで城内に直接乗り込まれることを想定し「ここで待ち構える」という選択をしたのかも知れない。あの子自身の判断か、それともルア辺りがそうさせたのかは分からないが、何にせよ敵ながら見事な読みである。


 王立アカデミーの事件と魔王戦争、二度の死線を共に潜り抜けた友人が編み出した技術に感心していると、彼女はその場に立ったまま呼びかけてきた。


「大人しく帰るなら見逃して差し上げますわ、アステリア! あなたとは戦いたくありませんの!」

「退けない理由があるんだ。それはきみ達だって同じでしょ」

「……やむを得ませんわね。あなたへの恩、仇で返すことを許しなさいな!」


 そう言った直後、再び銃撃が開始される。

 少し経つと、フレイナは持っていた鉄砲を捨てて背中からもう一本の鉄砲を取り出した。

 そうか、実弾を発射しているのだから当然、弾切れも起こす。その間隙を縫えば少なくとも鉛の弾幕にさらされることはなくなるか。

 弾丸が柱を砕く中、私は《黄泉衆》の一人に先に行くよう指示した。

 きっと今頃、向こうでレンが頭を抱えているだろう。あのお狐様にも囮になる死者にも申し訳ないとは思うけれど、確実に弾幕を越えて接敵するにはこれしかない。

 私はフレイナが撃った弾数をカウント、弾切れが近づいたタイミングで合図を出し《黄泉衆》を向かわせた。


「『大人しく帰るなら見逃す』ってちゃんと言いましたわよッ!」


 そう叫びながら、フレイナはもともと死体だった男を蜂の巣にした。

 同時、私は《加速(アクセル)》を詠唱。

 迎撃しようとするも、計算通り銃にはもう弾丸がない。


「なっ……!」


 フレイナは空の銃をそのまま構え続けた。動揺から生まれたミスではなく、新しい銃を取り出すのを諦めて炎弾による攻撃に切り替えたのである。

 その選択は的確だが、フルオート射撃ほど連射が利かないこちらならば加速中でも辛うじて避け切れる。いや、避け切るしかない。攻撃対象以外を透過するフレイナの炎弾に対して物理的防御は意味をなさないのだから。

 接敵するにはまだ足りない距離で一旦、加速を切る。偏差射撃されたフレイナの炎弾がすぐ目の前を通り過ぎると、私は再び加速してフレイナの背後に回る。

 そのまま道中で倒した敵から奪った長剣の腹で彼女の頭を叩き、失神させた。

 

「ごめんよ」


 倒れたフレイナを見下ろし、私はそう呟いた。

 結局、この子とは真正面からやり合う羽目になってしまったな。

 会議が決裂した時点でこうなることは殆ど確定していた。フレイナとルアが貴族として生きる道を重んじること、私がその貴族勢力と敵対することはもっと前から予想できていた。

 それなのに今、私はひどく居たたまれない気持ちになっている。

 もっとじっくり話し合って、この子なりの考えに納得できれば割り切れるようになるのだろうか。

 まあ、だからといってフレイナを叩き起こしても再び戦闘になるだけだろうし、こちらにも悠長に対話している時間はない。

 私は後ろ髪を引かれる思いを封殺し、生き残った《黄泉衆》のもう一人を連れてその場を後にするのであった。


 フレイナを倒してからは特筆すべき障害もなく、私たちは無事、かつての玉座の間に辿り着いた。

 ダスクの趣味だったのだろうか、この部屋はいかにも「魔王城」らしい内装であった筈なのだが、今ではすっかり飾り気のない会議室になっていた。

 貴族然とした身なりの良い男達が十人ほど座っており、こちらを見て冷や汗をかいている者も居れば、目を合わせないようにしている者も居る。

 私は彼らを脅迫する意味で、空中に長剣を浮かべつつ口を開いた。


「ソドムは私たち聖人会が掌握した。国家に反逆しただけじゃなく、盗賊団を利用して私のブレイドワース辺境伯領を攻撃するという罪を犯したきみ達を粛清する為にね。命が惜しいなら黙って拘束されるよーに」

「アステリア殿下っ!? 幾ら救世の英雄にして王女であるあなた様と言えど、このようなことは……」

「『ライングリフが許さない』……ってのは言えないよね。言っちゃったらあいつが関与してるのを認めることになるもんね」

「む、むう……そちら側の代表者をお呼び下され。交渉をさせて頂きたい」

「時間を稼ごうとしたって無駄。冒険者時代の私のこと、噂くらいは聞いたことあるでしょ。必要なら容赦なく殺すからね?」


 一番奥に座っている男の眼前に剣を移動させると、彼は両手をあげて悔しげに顔をしかめる。


「ぐっ……承知いたしました。投降いたしますから命だけは……」

「分かればいいんだよ、分かれば。きみは私と来て、抵抗してる兵士や収容者に投降を呼びかけてもらうから」

 

 私と《黄泉衆》の生き残りは貴族たちのボディチェック、拘束、それから部屋に置かれた武器類の没収を手早く行う。

 ちょうどそれが終わった辺りで突然、《権限》が使用できなくなり、空中に浮かせたままにしていた剣が音を立てて落下する。

 これが《公正の誓い》か。ということはあちらも終わったのだろう。

 私は《黄泉衆》にこの場を託し、先の貴族を連れて大広間に戻った。

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