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2章3節:序列三位《輝ける黄金》

 リーズの挑戦をフェルディナンドが断ってくれるのをほんの少しだけ期待したが、彼も彼でどうしてもネルに謝りたくないのか、受けて立つことに決めたようだ。

 かくして決闘が行われることとなり、私たちは路地の先の奥まった場所にある、ひと気のない広場へと移動した。

 到着するや否や、フェルディナンドは私とリーズの顔を見て、こんなことを言った。


「この僕が謝罪をするのだから、そちらにも相応のものを賭けてもらおう」

「な、なによ! 何をさせる気!?」


 自分から決闘を挑んでおいて狼狽えるリーズ。そりゃ当然、相手も要求をしてくるだろう。


「僕が勝ったら君と、そちらの桃色の髪のお嬢さんは僕の仲間になってもらう。軽薄そうな男、老い先短そうな男、薄汚い獣……そんな連中とつるんでいるより僕の傍に居たほうがずっと良い」


 そう要求を突きつけて一呼吸置いた後、フェルディナンドは得意げな顔で続けた。


「そうだ、自己紹介が遅れたな。僕はドラティア公爵家の長男フェルディナンド。序列第三位のパーティ《輝ける黄金(ゴールドライツ)》のマスターでもある!」

「うん、知ってた」


 私が軽く一言で返すと、期待していた反応と違ったのか、彼は落胆したような顔をした。

 そもそも「冒険者パーティの序列」という概念を理解していないネルを除けば、他のみんなも特に驚く様子はない。

「きゃ~貴族の長男な上に序列入りなんてスゴ~い、こんな底辺パーティ抜けてあなたの囲いの女になりますぅ~」とでも言って欲しかった?


 《輝ける黄金(ゴールドライツ)》――彼らが冒険者序列三位であるのは一応、本当だ。

 というか、目立ちたがり屋であるフェルディナンドは自身の功績を喧伝しまくっているので、冒険者界隈に居る者であれば誰でも知っているだろう。

 ただし、評価が実力に見合っていないことから「偽りの三位」などと揶揄されているのも事実だ。

 彼はギルドから与えられる評価点を捨ててでもすぐに金が欲しい下級冒険者たちを雇って働かせ、自分のパーティの手柄にしているのだ。

 要するに、下請けを利用して評価を上げたということである。何とも効率が悪いが、そこは公爵家の息子らしくマネーパワーで強引に解決したのだろう。


「くっ……僕のことを知っていて、なぜ退かない? 序列三位だぞ!? 僕は序列三位なんだぞ!?」

「ああ。金で買った序列三位、な」

「胡散臭い男は黙っていろ! ああ嘆かわしい、こんな軽薄そうな男が美しい女性を二人も侍らせているなんて……!」

「別に侍らせてないんだが。つか、むしろ侍る側だし?」

「ええい黙れと言っているだろう! さあ決闘だ、赤髪のお嬢さん。すぐにその下賤な連中から救い出して差し上げよう!」


 ライルの煽りに怒ったフェルディナンドは無理やり話を打ち切り、リーズの方を見て剣を抜いた。

 多数の宝石によって装飾された、美しい黄金の直剣だ。

 さて。リーズの性格上、このまま黙って見守っていると余計に面倒なことになりかねない。

 私は《迅雷剣バアル》を構えようとする彼女の前に割って入った。


「待って、私が代わりに戦うよ。フェルディナンドもそれでいい?」

「え? あ、ああ……どういうつもりかは分からないが、あなたのような女性の願いならばそれくらいは聞き入れよう!」


 リーズは突然の申し出に困惑している。そんな彼女に対し、小声で話しかける。

 

「ごめんね。怒りをぶつけたい気持ちは分かるけれど、ここは任せて」

「リア様、どういうおつもりで?」

「いや、今のリーズちゃんは加減出来なさそうだから」

「加減する必要などないでしょう!」

「ここは戦場じゃないんだから、殺しちゃったら騒ぎになるよ」

「……むぅ。あなたがそう仰るのであれば」


 少し煮え切らない様子ではありつつも引き下がってくれた。

 私はウォルフガングから新品のロングソードを一本借りて、フェルディナンドと向き合う。


「馬鹿にしないで頂きたい、お嬢さん。そのような安物で我が聖剣『威光剣スペルビア』と打ち合うと?」

「ふふっ、これで充分」

「なっ……! 美しい女性を傷つけたくはないのだが、これは少しだけ痛い目を見てもらうことになってしまうなァ!」


 刃を突き出し、向かってくるフェルディナンド。

 少しは鍛えているようだが、踏み込みがあまりにも遅すぎる。これではスラムに居る半魔のならず者にすら苦戦してしまうに違いない。

 恐らくは実戦においても周りで応援している女たちに頼りっきりなのだろうなと推測しながら、斬撃を剣でいなしていく。

 打撃力も足りていない。今、私は聖魔剣や《権限》どころか《術式》すらも縛って戦っているというのに、全く刃が届く気配がない。

 この程度ならば王宮に居た頃の自分でも楽に勝ててしまうだろう。


「くそっ、くそぉ、何故そんなに余裕そうな顔をしている!? 何故こんな少女に僕の剣が届かないッ!?」

「きみ、本気で剣を極めようとしたことはある? 私は本気だったよ、それしかなかったから」

「なっ……舐めるなっ! 天才である僕はどんなことだって出来るんだ!」

「へぇ。じゃあ《術式》も使ったらいいんじゃない? 別に怒らないよ、剣技だけじゃ勝ち目なさそうだし」

「馬鹿にするな、そんなもの必要ない!」

「一つも使えないんだ?」

「くっ……僕は、天才だ……この剣さえあれば《術式》になど頼らずとも簡単に勝てる筈なんだ!」


 そうは言いつつも図星を指されたのか彼の手は震えており、一撃を繰り出す度にその攻撃力が落ちていっている。

 なんとも情けない。剣が軽ければ心も軽い。

 それでは、折角の聖魔剣も宝の持ち腐れというものだ。

 フェルディナンドがグリップに力を込め、何かを起こそうとするが、特に変化はない。

 そんなことを切り合いの中で何度も繰り返している。

 その様子を観察しているうちに確信したが、彼は自らの聖魔剣と完全には適合出来ていない。

 聖魔剣は適合する素質を持つ者でなければ武器として振るうことすら出来ないが、素質を持っていたとしても、それぞれに設定された試練をクリアしなければ適合には至れない。

 適合に至っていない聖魔剣は何ら特殊な能力を発揮することは出来ず、率直に言えば「よく出来た普通の武器」に過ぎないのである。

 そして聖魔剣による「ズル」が出来ず、《術式》も使えないとなれば、彼我の間にある圧倒的な剣の腕の差を埋める手段はない。

 そう、こちらがあらゆるズルを封印していようが、彼は万が一にも勝利することは出来ないのだ。


 さあ、じゃれ合うのにも飽きたので終わりにしよう。

 ひたすら回避と防御ばかりしていた私の焦らしに耐えかね、力任せに剣を振り下ろすフェルディナンド。

 私は腰を落とし、刃を弾くように素早く斬り上げ、聖剣の先を叩いた。

 意識外の角度からの打撃によって、彼の自慢の武器は容易に手を離れて宙を舞い、地面に突き刺さるのであった。

 そんな様子を見て唖然としているフェルディナンドの首に、刃を突きつける。


「私の勝ちだよ」

「……う、嘘だ。こんなの嘘に決まってる!」

「認めないならこの首、掻き切っちゃってもいいけれど?」

「ひっ……わ、分かった! ぼ……僕の……」

「僕の何? 聞こえないよぉ~」

「僕の負けだッ……! 認めるから剣をどけてくれ!」

「先にネルちゃんに『ごめんなさい』してからね」


 後ろでリーズがネルの背中を軽く押すと、彼女は怯えながらも、少しずつこちらに近づいてきた。

 自らを激しく罵倒したフェルディナンドや後ろの女たちを怖れるのも無理はないが、それでもネルは彼らと相対する。


「……その、だな」

「う、うん」

「済まなかった……! こ、これでもう良いか!?」

「私こそごめんなさい。ぶつかっちゃって……」


 苦渋に満ちた顔をしながら軽く頭を下げるフェルディナンドに対し、先に謝罪したネルも再び同じようにした。

 リーズはまだ少しだけ不機嫌そうではあるものの、それを見てひとまず納得したように頷く。

 恐らく、この貴族の男はとりあえず謝っているだけで自分のどこが間違っていたか理解していないのだろうが、貧民や呪血病発症者は差別されるのが当たり前となっている社会において、その価値観を正すのは困難であろう。

 今はこれで充分だと思いつつ私は剣を下げ、ウォルフガングに返却した。


「さあ、行くよみんな。宿に帰ったら夜まで自由時間ね」


 仲間たちにそう告げ、項垂れているフェルディナンドや怒りを隠しきれない様子である周りの女共に背を向ける。

 そしてその場を立ち去ろうとしたとき、彼はなにか思い立ったかのように突然、声を上げた。


「……待ってくれ、桃色の髪のお嬢さん!」

「まだなんかある?」


 振り向いてみると、さっきまでの表情から一転し、フェルディナンドはどこか気恥ずかしそうにしていた。


「そういえばまだ名を聞いていなかったな」

「名乗るほどの人間じゃないよ」

「いや、あなたのように強さと可憐さ、美しさを兼ね備えた女性は初めて見た! 端的に言って魅入られてしまった! どうか名だけでもお聞かせ願えないだろうかッ!」


 え、待って? あの流れで私に惚れること、ある?

 確かに私は美少女だけれど、首元に剣を突きつけて無理やり謝らせた身な訳で。

 もしかしてコイツ、ドMなのか?

 今までチヤホヤしてくれる女しか居なかっただろうから、今日の出来事は新鮮だった筈だ。

 それが彼の内側に眠っていた何かを開花させてしまったのか?

 周りの女たちが理解できないものを見るような視線を向けている。恐らく、私も同じ目をしている。

 少しの間どうしようか迷って、最終的には頬を掻きながら苦笑いを浮かべて


「えっと……リア」


 とだけ名乗った。


「リア……リアか、ありふれてはいるが素敵な名だ。またどこかで会えたら良いな!」

「いや、別に?」

「えーーッ!!」


 そっけない態度を取られて悲嘆に暮れるフェルディナンドを無視し、改めて私たちはその場を去るのであった。

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