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11章10節:ソドム制圧戦

 ルミナス南平原。

 かつてラトリア王国正規軍を中心とする連合軍主力と《魔王軍》の主力が衝突した地を小高い丘から見下ろしながら、私たちは再び帝都に攻め込む算段を立てていた。

 もっとも今回の敵は《魔王軍》やルミナス勢力ではなく同じ人間族なのだが。


 こちら側の戦力はソドム粛清への賛同者八人とアイナ。レンの手足となって動く《黄泉衆》、それとアルフォンスの部下である聖団騎士たち。合計しても三十人に満たない。

 対して敵は少なくとも二千は居るらしいソドム統治軍。加えて犯罪者たちも彼らに手を貸すかも知れない。

 だが問題はそこではない。前回の西方領地戦がそうであったように、通常は聖人会という少数精鋭での殲滅戦において有象無象の物量に大した価値はないのだ。

 また、障害となりうる高名な武人が統治軍に参加しているという話も聞かない。粛清の決定から実行まで殆ど間を置かなかったので、金を積んで高ランクの冒険者や傭兵を引き入れる時間もなかった筈。

 となれば警戒すべきは四人の反対者たちだ。自ら戦うタイプとは思えないクロードはともかく他の三人については十中八九、ソドムを守る為に統治軍に合流しているだろう。

 中でも厄介なのはルアで、彼女の時間停止能力は魔王戦争のような侵略戦よりもむしろこういった防衛戦で真価を発揮する。

 あらゆる異能や魔法を無差別に打ち消すアルフォンスの《公正の誓い》を使えば対処できるが、そうなると今度は敵の数の多さが意味を持ってしまう。

 従って、現時点で取れる最適解は「彼女らとまともにやり合わないこと」となる。

 こちらの目的は統治軍の中核メンバーたるライングリフ派貴族の捕縛もしくは殺害。別にルア達を倒す必要はないのだ。

 そう、これは飽くまで戦術的判断である。決して二人の友や恩師との戦いから逃げたがっているのではない。


 脳内で自己弁護に甘えていると、目の前に突然、破廉恥な格好――露出狂でないとしたら《権限》の代償だろう――をしたエルフ、レイシャが出現した。

 彼女こそ今回の戦いにおいてこちらが有している最大の強みである。

 レイシャの《権限》は一度訪れたことのある場所に転移できるというもので、彼女は魔王戦争の際に帝都に到っているので、これを利用して敵情視察を行えるという訳である。


「見てきたよ~、アダム」

「奴らは来ていたか?」

「ん~、クロード以外の三人は幹部と一緒に帝城に居るっぽい。流石にお城に入ったらバレちゃうから盗み聞きしただけなんだけどね」

「ふむ……どう考える、アステリア」


 アダムが突然、私の名を呼んだのでいたずらっぽい笑みを返すと、彼は横目で睨んできた。


「私に頼るんだね」

「勘違いするなよ、お前のことを許してなどいないからな。お前の作戦立案力をある程度は評価している……ただそれだけのことだ」

「ふぅん、いいけどさ……で、レイシャちゃんが聞いた話についてはホントだと思う。こっちの狙いは分かってる筈だからね」

「そうか。ルアの《権限》を攻略するのは俺たちの力をもってしても容易ではないぞ」

「分かってる。だからあの子を城から引き離すしかない」


 そう言うと、私は退屈そうに寝転んでいる個人戦力最強の男、《紅の魔人》ことアレスに声を掛けた。


「お、ようやくかい? 待ちくたびれて勝手に行こうかと思ってたところだよ」

「きみにはレイシャちゃんの力で敵の真ん前に飛び込んでもらう。《夜明けをもたらす光(デイブレイク・レイ)》の皆もアレスに同行して」

「別にボクひとりで良いんだけどなァ」

「流石のきみでもひとりで行ったら多分死んじゃうよ」

「死ぬ可能性があるくらい強い敵は大歓迎さ。まあ、第一位との共闘に興味がないでもないし付き合ってあげるよ。それで、到着したら自由に暴れていいのかい?」

「もちろん。派手にやっちゃって」


 それを聞いたアレスは、おもちゃを貰った子供のような笑顔を見せた。

 チャペルやアウグストには悪いが『このままでは街が壊される』と感じさせるくらいのプレッシャーがないとルアは出てこない。

 ふと後ろを見ると、アレスとは対照的にユウキが少し不機嫌そうにしていた。


「僕に街を壊せって?」

「違うよ、きみ達にはアレスの援護をして欲しいんだ」

「……それでもあんまり気は進まないけど、分かったよ。でも僕に出来るのかな。あの子の時間停止は僕の力じゃどうしようもない気がするんだけど」

「時間停止そのものはね。でも、あれ自体に威力はないから別の攻撃が必要になる。そっちならきみの能力があれば回避できる筈。自衛を考慮しなくていいとなれば守り切れるでしょ?」

「初見の技を上手く混ぜられるとキツいけど、それが無いなら自衛のほうは何とか……でも『次の瞬間、時間を止められてゼロ距離で攻撃されるかも知れない』と常に意識してろって? 無茶言ってくれるな」

「もちろんアダムとアイナちゃんにも防御系魔法をかけ続けることに専念してもらう。時間を稼ぐことが最優先ね。というか相性の悪い私が居ないことに気づいたらルアちゃんはウォルフガングを呼ぶだろうし、正面から勝つのは無理だと思って」

「……ああ。君のこと、信じてみるよ」


 ひとまず納得してくれたユウキ。

 次はレイシャに指示を出す。不服そうだったが、ユウキが私を認めたからには従わざるを得ないといった感じだ。

 彼女は先行するアレス達がルアを含む部隊を引きつけた段階で一旦帰還し、私と聖団騎士勢、《黄泉衆》を城に送り届けてもらう。

 その後は迅速に制圧、自身が陽動されたことに気付いたルアが時間停止を用いて戻ってきても手遅れな状況を作る。

 なお、レティシエルは「足を引っ張りたくない」ということで、制圧完了までレンと共にここで待機しているそうだ。

 今回は《シュトラーフェ・ケルン》がおらず、数人の無名な護衛しか用意できなかった為だろう。あのパーティはレティシエル個人ではなく王家の飼い犬である。ライングリフ辺りが参戦を控えさせたに違いない。

 何もせず手柄をあげようとしている姿勢はムカつくが、未だにレティシエルの《権限》の詳細が不明である以上、本人が言っているように足を引っ張りかねない。大人しくしている方がずっとマシだ。

 とにかく、これで作戦は決まった。


「皆様どうかご無事で……それでは、よろしくお願い致します」


 そして聖人の実質的な代表者であるレティシエルの言葉により、戦いの火ぶたは切られるのであった。



*****



 ソドム統治軍は、突如として帝城の真正面に現れた冒険者序列第一位と第二位を前に戦慄するしかなかった。

 それは元来小心者であるルアも同様であったが、彼女は感情を理性でねじ伏せることに長けている。

 アレスが攻撃魔法を使うよりも早く《権限》を行使し、時を止めたルア。更には大勢の統治軍兵士を指揮し、襲撃者たちを包囲する。

 誰もが獣人族の小娘の命令に二つ返事で従っていた。かつて「劣等種の血が混じった娘」「魔族に迎合した反逆者の娘」となじられた内気な少女はもうそこには居ない。

 フレイナがそうであったように人々は、先人に敷かれた地獄の如き道をそれでも力強く歩き続けてきたルアの勇姿に感化されたのである。


 しかし、相手は最強の冒険者たちだ。そう容易く倒せるものではない。

 殆どゼロ距離で弓や炎弾などが放たれたにも関わらず、《勇者》の傍ではその全てが不自然に歪曲する。

 他の者達もまた、事前に発動させた防御力強化の魔法やレインヴァールが素早く展開した障壁によって守られている。

 本人こそ不安がっていたものの、彼はシェリンという「思考し、自律的に《術式》を発動させる剣」により、常人を遥かに凌駕する速度で対応できるのだ。

 もしルアに「時間を止めてソドム中の兵士を瞬時にかき集める」ということが出来たならばそんな防御すらも突破できたのだろうが、彼女の《権限》は止まった時間の中で動くことを許すものが多ければ多いほど体力を消耗する。レイシャの転移能力による奇襲が行われた今の状況においては現実的とは言えない。


 レインヴァール達はある程度の兵士が集まってきたのを確認すると、防御を上回る物量と時間停止を組み合わせた集中攻撃という「負け筋」を避けるため、戦力を分断するために帝城から離れるように戦場を移動させていく。

 兵士を引き連れてそれに付き合うルアはまさにアステリアが計画した通りの行動をする羽目になっていたが、そうせざるを得なかった。


「くっ……第一位と第二位は陽動戦力にしては重すぎるんですよ……!」


 ルアは建物の上を跳び回って攻撃をかわしながら、誰にも聞こえないようにぼやいた。

 敵の意図にはすぐ勘付いたものの、結局はその強さ故に「放置する」という選択が出来ないのだ。

 《紅の魔人》の災害じみた暴力性については語るまでもないし、第一位もまた、その気になればこんな街などすぐに吹き飛ばしてしまえることを魔王戦争で共闘したルアはよく知っている。

 ソドムを守る為に統治軍に助力している彼女からしたら、たとえ陽動だと分かっていてもリスクを考慮せざるを得ないのである。


 陽動チームにアステリアが居ないことを確認したルアは、時間を止めてウォルフガングを加勢させた。

 彼もまた猛者であり、実際、たった一人でアレスを抑えている。

 だが如何せん、時間停止を活かした集中攻撃を織り交ぜた上でも破壊力が不足していた。

 兵士たちもウォルフガングも、守りに徹している《夜明けをもたらす光(デイブレイク・レイ)》の高度な術的防御を突破できるほど威力のある攻撃を繰り出す手段がない。何よりそういった《術式》を扱えるだけの素養があるルアは「殺しをしない」という《権限》の制限に縛られている。


 流れ弾で建造物が破壊されて――慈悲深い《勇者》が可能な限り救助しているものの――火災で人が焼け死ぬ度にルアの焦りが加速していく。

 もっとたくさんの兵士、或いはフレイナも呼ぶべきだろうか。いや、それでは城の守りが薄くなるし、フレイナに関しては「面」の制圧が得意なのであって少数の精鋭を相手取るのは些か不向きと言える。では「外で待機させている部隊」を使うか。いや、街に損害を与えてしまうあれに頼るのは最終手段だ。

 と、そんなことを考えながらも必死に戦っていたルアのもとに、慌てた様子の連絡兵が駆け寄ってくる。


「ルア様! 城が……!」

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