11章9節:ライングリフ派の対応
アステリアの提案、すなわちソドム統治軍に対する粛清は可決されたが、反対者たちはこの結果を黙して受け入れることはしなかった。
会議が終わった後、クロードは賛成派の目を盗んでルア、フレイナ、ウォルフガングに「今すぐライングリフ殿下に報告すべき」と声を掛ける。
それから四人はラトリアの王城に繋がる転移宝玉――これらは一度に一人しか転移させられないが、少し時間を置けばマナを消費することで再び起動できる――で移動し、ライングリフも加えて会議室に集合した。
「そうか、早いな」
報告を聞いたライングリフは、特に慌てる様子もなく呟いた。
そんな彼にクロードが問う。
「おや、これも予想の範囲内ですかね?」
「まさか即決するとは思わなかったがね。本当に困った妹たちだ」
「あの……どうなさるおつもりですか?」
そう恐る恐る聞くのはルアだ。
「まず、お前達には正直に伝えておく。アステリアの主張は事実で、今、統治軍を独立に導いているのは私の忠実な部下だ」
「となると……」
「ああ。言うまでもないが彼らにそうさせているのは私だよ、ルア。従って、出来れば統治軍を喪うことは避けたい」
何ら躊躇なく「自らが黒幕である」と認めたライングリフに、四人は不信感や嫌悪感を抱いたりはしなかった。
ルアやフレイナ、ウォルフガングは彼の策謀がラトリアに益をもたらすと信じているし、クロードに至っては彼がこのように賢しい男であるからこそ協力者として高く買っているのである。
「聖人会を迎撃するのであれば私も参加いたします」
ウォルフガングが迷わず言う。
「そうして欲しいところだが……場合によってはアステリアと交戦することにもなるぞ?」
「そもそも私はあの御方に勝つことなど絶対に出来ません。戦場にいらした場合は他の者に任せますよ」
彼は軽く笑った。アステリアの《権限》――「剣を奪う力」を知っているからというだけではない、彼女の純粋な実力を認める感情がそこにはあった。
「《剣神》ともあろう男がそのようなことを言うとはな」
「それほどにアステリア様はお強いのです」
「……まあいい。ルア、フレイナ、お前達にもソドムの防衛を任せる。ただ、劣勢になったら統治軍を見捨ててすぐに撤退しろ。無理して兵を出す必要もない。クロード、あなたも可能な限りの支援を行って頂ければ助かる」
「どういうことですの? 統治軍の壊滅は避けたいのではなくて?」
ライングリフらしからぬ弱気とも取れる言葉に対し、フレイナが疑問を呈する。
「優れた臣下や協力者に不利益を背負わせてまで守るものでもないということだ」
「負けた場合の策もあると」
慎重な性格であるルアがそう言うと、ライングリフは力強く頷いた。
つい、ほっと息をついてしまったルアの袖をフレイナが掴む。
「なに言ってるんですの? 勝てば良いんですわ、勝てば。勿論わたくしだってアステリアと戦うのは嫌ですけれど……」
「フレイナの癖に偉そうに説教しないで下さい。ちょっとだけ不安になっただけで、とっくに覚悟はしていますから。私は彼女の友人である前にレヴィアスを守らねばならない公爵なんです」
二人のやり取りを見ていたクロードが肩をすくめる。
「今回は負け戦になりそうだなぁ。ウチの人員をソドムから退かせておいた方がよろしいですかねえ、ライングリフ殿下」
「その必要はない。今後もあなたがた《ヴィント財団》とは良い取引をしていきたいと思っている」
「……なるほど、分かりました。では殿下の手腕を信じると致しましょう」
*****
辺境伯領に戻ってきた私は、《アド・アストラ》の面々を集めて状況説明を行った。
「聖人会を動かしたか。上手く説得したものだな」
「別に大したことはしてないよ、アウグスト。あいつらは元々ソドムに介入したがってた。私はクロードが作った前例を利用して、そのきっかけを用意してやっただけ」
「とにかく、これで帝都を悪い人たちから解放できるのですね!」
意気込んでいるチャペル。何やら勘違いをしているようなので、悪いが水を差させてもらおう。
「今の統治軍が倒れればひとまず独立計画は挫けるけど、新しく結成される統治軍が同じ道を辿らないという保証もない。きみの望むような結末にはならないと思うよ……少なくとも今はね」
「うう……やはりチャペルたちが帝都を奪還することは出来ないのでしょうか」
「ムリムリ。きみたち皇帝家が表舞台に出ようものなら第二次魔王戦争が起きるだけだし、私が名目上の支配者になったとしても世の中は許さないだろうね」
「……では、そなたが女王になった後ならばどうか?」
アウグストが何気なく言ったことを聞いて、私はハッとした。
帝都を取るにあたって第三王女という立場では力不足だ。辺境の領主でも、救世の英雄でも不足だろう。だがしかし、ラトリアの女王という絶対的な権力を手にすれば話はずっと簡単になる。
女王として帝都を確保し、アウグスト、ないしはチャペルをトップに据えてラトリアの保護と監視のもとでルミナス帝国を再建させる。
もちろん彼らが過激派をかき集めてラトリアに反逆する可能性、女王の権力をもってしてもそれを止められず再び戦争になる可能性は否定できない。
未だ復讐心を燻ぶらせている者は多いだろう。アウグストやチャペルにもそういう気持ちはある筈。彼らにとって「ラトリアの保護下での復興」というのは屈辱に違いない。
だが、もし皇帝家が名を捨てて実を取ってくれたなら、戦後社会に渦巻く混乱を収められるかも知れない。
女王になってからの世界のことなど捕らぬ狸の皮算用だと思ってあまり具体的には考えてこなかったが、この構想はしっかり頭に入れておくべきか。
とはいえ、現段階でこれを提唱するのはいささか気が早い。
アウグストやチャペルが受け入れるという確信を持てないのである。
一年以上ともに過ごしたのもあって少しは友好的になれた気もするが、それでもまだ互いに信頼できているとは言えない。それほどに魔王は私にとって大敵であったし、二人にとって大切な存在であったのだ。
私は笑って誤魔化し、強引に話題を戻した。
「……とりあえず今は我慢する時だよ。まあそういう訳だから、私はソドムに行ってくる」
「一人で戦うつもりニャン? リル達に出来ることはないかニャ?」
「今回は真正面からの殲滅戦だからね。リルちゃんもライルも向いてないでしょ」
「ん~、そう言われればその通りニャンねえ」
「チャペルなら助力できると思います。チャペルの魔法は離れていても有効ですから」
「気持ちは嬉しいけれど、私が魔物なんか引き連れてたら怪しまれるでしょ。きみ達はまだ死んだことにしておいた方がいい……昔の私みたいにね」
「むう……」
「そんなに心配しなくていいよチャペルちゃん。こっちにはかの序列第一位に聖団騎士長、《紅の魔人》まで付いてるんだ」
「べ、別にあなたのことなんか心配してませんっ!」
「はいはい」
ぷいっと横を向くチャペル。今日もこの皇女様はズルいほど可愛いな。
私は皆に「ソドムから逃げてくるであろう難民の取り調べに専念して欲しい」と指示をした後、さっそく出撃の準備に取り掛かった。