11章8節:流刑都市に渦巻く陰謀
粛清を終え、ブレイドワース辺境伯領に帰ってきた私を出迎えたのはリルとライルであった。
彼女らも帰ってきているということはソドムでの調査に進展があったのだろう。
今日も不満げなチャペルにお茶をいれてもらい、二人を応接室のソファに座らせる。
リル達が語ったソドムの内情は、私の想像を悪い意味で遥かに上回るものだった。
まず世間一般の認識とは異なり、ソドムの民、つまり強制移送された「犯罪者」達は弾圧を受けるどころか放任されていたそうだ。
彼らの中には無実の罪で流刑の憂き目に遭った者も居るが、実際に罪を犯した者も決して少なくない。それが放置されているのだから当然、治安は乱れに乱れ切っている。
そして、この状況は単にソドム統治軍の力不足や腐敗によって引き起こされたものではない。
奴らは「罪人ではなく一市民として扱ってやる」と謳って住人を取り込み、ソドムを一つの国家として独立させることを目論んでいたのである。
盗賊団を利用して我が領土を制圧しようとしたのもその計画の一環であり、ソドムの過密状態を解消しようと考えてのことらしい。
ここまででも充分に面倒だが、より問題なのは次の点だ。
ソドム統治軍は各国から派遣された人員で構成されているという性質上、本来は組織としてのまとまりが希薄である筈だ。全ての派閥が共謀して故国に対する裏切りを行うなど非現実的である。
となれば各派閥をまとめ上げられる単一かまたはごく少数の強力な指導者が必要となる。
リル達は、それに当たる存在として統治軍の中にライングリフ派の貴族が紛れ込んでおり、彼らが独立のムーブメントを起こしたことを突き止めた。
表向きにはただ左遷させられただけで、現在における彼らとライングリフの繋がりを示すような証拠はなかったというが、しかし策略家なあいつのことだ。今でもソドムに潜ませた臣下と密接に連携しており、意図的にこの状況を引き起こしたに違いない。
私が「ライングリフこそ黒幕である」という可能性を指摘すると、リルはこんな質問をしてきた。
「あの胡散臭い王子様が裏に居るってのはリルも思うニャンけど、でもソドムを独立させるメリットが分からないニャ」
「簡単な話だよ。ほら、今のソドムって共同統治されてるでしょ? 『魔王戦争は皆の奮闘によって勝てたんだから、一国が戦勝の象徴たる帝都を独占するのは許せない』みたいな連中への配慮でね」
「そうニャンねえ。本当はどの国も帝都が欲しかった筈……ニャっ!」
リルが私の考えに気付いたかのように目を見開いた。まともな教育を受けられない下層民だったとはいえ、世の流れを見極めながら盗賊団の長として活躍していただけあって察しは良いようだ。
「ライングリフの奴、帝都を乗っ取ろうとしてるニャ!?」
「ん、きみ達の報告を聞いて私はそう結論付けたよ。独立を黙認した上でラトリア王国の傀儡国家にする。或いはラトリアが腐敗したソドムを制圧する流れになった時、直属の貴族が統治軍を裏切ってそれを容易にする……どっちにしてもライングリフの勝ち。あいつは天上大陸北部を統一する為の足がかりを得ることになる」
ライルが舌打ちをして「厄介な王子様だぜ、全く」と呟いた。
「本当にね。私、何であんなのの妹に生まれちゃったんだろ……この際、私のことが嫌いでも何でもいいけど、せめて愚鈍であってくれたらずっと楽だったのに」
「親や兄弟姉妹は選べねえからな……しかしそうなると、統治軍がリル達を操ってここを襲わせたのも『ソドムの住人の移住先として確保する』っていう目的だけじゃなさそうだな」
「私の力を削ぎたかったんだろうね。国王や私のことを英雄視する民衆がその気になっちゃったから仕方なく領地を与えただけで本当は嫌だっただろうし」
と、そんな話をしていたところにチャペルが加わってくる。どこか物憂げな表情なのは愛する故郷である帝都の惨状を聞いたからだろう。
「あの……アステリアはどうするつもりですか?」
「本音を言えば《アド・アストラ》の面々を連れてソドムを落としたいね」
「侵攻するのですか? それならば私も……」
チャペルが眉を吊り上げ、ぐっと自らの両手を握り込んだ。
帝都の命運がかかっているということで珍しく私に同調している。身勝手な統治軍や犯罪者の跋扈を許すくらいならば仇敵であっても私が占領した方が良いと考えたか。
しかし、本当に「私たちの独断で」攻め込む訳にはいかない。
「あ、待って待って! 飽くまで本音の話だからね!? 私には建前が必要なの!」
「退くのですか? 魔王戦争のあの日、連合軍を出し抜いて帝都に攻め込んできたあなたらしくないですね」
「確かにきみの操る魔物の軍勢とリル達が居れば戦力的には充分かも知れない。ただ、幾ら私に『自衛のため』っていう理由があっても、こんなことしたら間違いなく各国から批難されるよ」
「でも傍観する訳にもいかないでしょう?」
「うん。だから聖人会の権威を借りようと思うんだ」
***
私は聖人会による粛清が成功したこと、その行為が概ね歓迎されていること、聖人会というシステムを利用できる状況が整ったことを三人に説明した上でアレセイアに転移。
他の聖人達を招集するよう天神聖団の職員に伝える。
後日、会合が開かれると私はソドムの現状を暴露し、ライングリフが陰で糸を引いている可能性についても述べた。
そして「天上大陸の秩序を守る為」に、反逆を企てているソドム統治軍を処罰すべきだと語った。更には急を要する事態であるため調査期間を設けず、すぐに採決を行うべきだとも。
そう、私の個人的な問題ではなく国際問題にしてしまえば皆が当事者となり、無責任に批判することも出来なくなる。クロードがやったことと同じだ。
私が話し終えた後、最初に口を開いたのはレンだった。
そういえば私の話を聞いて驚愕する者も居た中で、彼女は終始表情を変えていなかったな。
「ふむ。やはりか……」
「えっと、レン様もしかして全てご存知でいらっしゃる?」
「まあの。我らエストハイン王国もソドムの共同統治に参加しているんじゃが、念の為、わらわの死体を忍び込ませておった」
「それ早く言ってよぉ!」
ついガタッと席を立ってしまい、少し恥ずかしくなってゆっくりと座った。
私の反応を見たレンが腕を組んだまま破顔する。
思い出してみれば、レンの《権限》は彼女と制御対象の死体が大きく離れていても有効に機能していた。確かにこんな便利な能力があるならば利用しない手はないだろう。
「かはは、すまんの! 出来れば教えてやりたかったんじゃが、わらわにも立場ってものがあるからの。正直この情報をどう扱うか困っておったんじゃ」
なるほど。ソドムの状況を問題視してはいたが、単独でライングリフと敵対するのは避けたかった為に様子見をしていたのか。性格の悪いお狐様だ。
「直接的な被害者である私が議題として持ち込んだのは、レン様にとって渡りに船だったんだね」
「じゃな。そういう訳で、早速じゃがわらわは賛成票を投じるぞ。統治軍……いや、ラトリアのあの男は些か調子に乗り過ぎじゃ」
レンは迷わずそう言った。
続いて賛同したのは聖団騎士長アルフォンスだ。秩序を尊ぶ彼ならばそうしてくれると思っていた。事実確認を行わない点には懸念を示していたが、どのみち関係者でなければソドムへの立ち入りは難しいため私とレンの言葉を信じることにしたようだ。
それからレティシエルが賛成した。「平和の為にソドムの混乱を収めねばならない」と語ったが、本当のところはレンと同じくライングリフの勢いを削ぎたいだけだろう。即座に採決することに合意したのも恐らくは以前からそういう機会を窺っていたからだ。
次に賛同を示したのはアダム。《夜明けをもたらす光》はライングリフとも懇意にしていたから少々意外だった。レティシエルと結託して聖人会を設立した時点で既にあいつを見限っていたということなのか。
一方でユウキは本気でライングリフのことを仲間だと感じていたようで戸惑っていたものの、レティシエル、アダム、そして私が説得した結果、最終的には賛成した。
決定的なのは私の「助けて欲しい」という言葉だったように思う。彼は未だに私みたいなズルい女に友情を感じてくれていたのである。それに付け込むようで悪いけれど、私とて手段を選んでいられる余裕はない。
「こんなの僕が知ってる『ファンタジー』じゃない……なんで人同士で疑い合って戦わなきゃならないんだよ……」
その発言の意味を理解してやれるのは同じ転生者である私だけというのも相まって、ユウキの嘆きが痛ましい。
ユウキに続いて同意したのはレイシャだった。あの子は政治にあまり興味がないのか、アダムやユウキに同調するだけといった感じだ。
トロイメライは今回も棄権。聖人会の後ろ盾が天神聖団である以上、聖団で信仰されている彼女を蔑ろにする訳にもいかないので一応は会合に呼ばれているのだが、もはやこの場に居る意味がない。
まだ意見を出していない者の顔を見ると、まずウォルフガングとフレイナが口を開いた。
「私は反対だ。国家への反逆もアステリア殿下の領地への攻撃も許し難いことだが、判断するのは我々ではなくソドム合意の中心人物たるライングリフ殿下だ」
「わたくしも同意見ですわね。あの御方抜きで決めるべきではありませんわ」
忠誠心の権化であるウォルフガングはともかく、フレイナまでそちらに付くとは。先の粛清では「相変わらず真っ直ぐだな」と思っていたが、意外とあの子も次期公爵として成長していたのかも知れない。
フレイナが反対する傍らで、ルアは何も言わず頭を抱えていた。
ライングリフとの距離が近い彼女はこうして議題を持ち込む前からソドムの実情を把握していた筈だ。今更なにを悩んでいるのかと一瞬だけ考え、彼女が私の目を悲しげに覗き込んでいるのを見てすぐに理解した。
理念を違えた今でも私がルアのことを友人だと思っているのと同様に、彼女もまた私を友として意識しているのだろう。
しかし、これに反対すれば私たちの関係修復はより困難になる。だから躊躇っているのだ。
「おや、ルア様からしたら反対一択な気がしますが……ああ、ボクは反対です。理由はあえて語ることでもないでしょう」
ルアが黙っている間にクロードが主張する。
これは分かり切っていた。奴にとってソドム統治軍は上客だし、ライングリフとも繋がりがある。賛成するメリットがない。
「今回は賛成しておこうかな。何か面白いことになりそうだし」
争いの予感を感じ取ったのか、アレスはそんなことを言った。出来ればこいつが面白がるような状況にはなって欲しくないな。
皆の視線がルアに集中する。それで意を決したのか、彼女は深呼吸して緊張をほぐした後、姿勢を正した。
「……私は反対です。統治軍の反逆については対処せねばなりませんが、それは各国の指導者の責任でしょう。私たちに出来るのは彼らに対処を要請することくらいかと考えます」
やはりそうなったか。仕方のないことだ、ルアを責めるつもりはない。
その後の話し合いでも皆の意見が変わることはなく、賛成多数でソドムへの介入が決定した。
説得が難航することも覚悟していたのだが、議題そのものについても、この場ですぐに結論を出すということについても思いのほか乗り気な者が多くて助かった。
そのうちの一人がレティシエルなのは不快だけれど、ライングリフという強敵に抗わねばならないのだから、あのような悪女であっても今は利用するしかない。