11章7節:聖人会による粛清
各勢力による妨害を避けるため、例の領主に対する粛清は二月に入って早々に行われ、そして十日も経たないうちに終結した。
結果から言えば、私たち聖人会の圧勝であった。
こちら側の戦力は私も含めた賛成者九人に加え、《夜明けをもたらす光》の一員であるアイナ、レティシエルの身辺警護を務める《シュトラーフェ・ケルン》の四人、合わせて十四人。
敵はほぼ傭兵で構成された千人ほどの軍勢。領地の規模感から考えれば「よくこれだけ大勢集めたものだ」と感心する。どうやら西方連合に喧嘩を売ろうとしていたのは間違いなさそうだ。
とはいえ連合の中心たる《財団》を相手取るならこれでも全然足りない。ましてや、文字通り一騎当千の強者が揃っている聖人会になど太刀打ち出来る筈もない。
フレイナが炎の《権限》で広範囲を砲撃して兵士たちを追い詰め、ルアが《術式》で動きを止める。
アダムは敵の術士が用いる《術式》を相殺、無力化し、そこにアルフォンスやレイシャ、アイナが素早く切り込む。ユウキは不殺を徹底する為に慎重に戦っているが、それでも多くの兵士を投降、或いは敗走させている。
そしてレティシエルは、以前にも見せた洗脳のような能力を用いて敵の戦意を喪失させている。
正直、私が出る幕ではない気がしたものの、「救世の英雄にして覇権国家ラトリアの王女」という面目を保つ為に一応は加勢しておいた。但し聖魔剣は見せない。《権限》によって相手の剣を奪い利用するのみだ。
クロードに関しては一応、現場に来てはいたが「戦いは専門外ですから」などと言い、後方から眺めているだけだった。
決着がついた後、捕縛された領主やその配下、彼らに雇われた傭兵の身柄はクロードが確保した。
ユウキとの約束があるので彼らは処刑されないということになっていたが、クロードのことだ。利用できると見れば限界まで利用し尽くし、場合によっては死ぬよりも辛い目に遭わせるのだろうな。
まあ何にせよ、この件がスムーズに片付いたのは有り難い。
この粛清に合意した身ではあるが、それはそれとして、私にも対処せねばならない問題が別に存在するのだ。
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ラトリアに帰還したレティシエルは早速、聖人会による粛清について自国の民に公表した。
この件は大きな称賛をもって迎えられ、もともと「ラトリアの代表」というよりは個人としての人気が高い彼女の支持をより盤石なものとした。
その日の夜、レティシエルは久しぶりに――遠方に追いやったアステリアを除く――家族全員で揃って食事をする機会を得た。
魔王討伐以降の王族、特に彼女やライングリフ、ローラシエルは前にも増して多忙となり、こうして共に食卓につくことが減ったのである。
しかし、その光景は一家団欒とは程遠く、どこか剣呑な雰囲気を帯びていた。
「……レティシエル。あなた、一体どういうつもりなの?」
ローラシエルはそう切り出した。言おうか言うまいか迷っていたが、最終的には堪え切れなくなったという感じだ。
対し、レティシエルは穏やかな笑顔のまま余裕ありげに返す。
「粛清の件でしょうか?」
「ええ。西方の下らない弱小国家の騒動にあなたが関わる理由などないでしょう、レティシエル」
「聖人会とはそういうものですから。今、ラトリアの国益と直接的な関係がなくとも無視は出来ません」
「そもそも私は聖人会なんて反対だったのよ。お兄様があなたを尊重して結成をお許しになったから私も強くは否定しなかったけれど、国の思惑を超えて活動する組織なんて――」
その時、まくし立てるローラシエルの目をライングリフがじっと見た。
決して睨みつけている訳ではないのだが、ローラシエルはそこに威圧感を覚え、口を噤む。
「不満を募らせているのは分かるが少し落ち着け、ローラシエル」
「……ごめんなさい」
俯くローラシエル。そんな姉を一瞥し、レティシエルは内心「惨めだ」と毒づいた。
彼女にとってローラシエルは昔から侮蔑の対象であった。
実直だが、それ故に大したことは出来ない。世の中の流れを変える力も意志もなく、より強い者の意向に流されるだけの退屈な人間だと。
「兄様は怒らないのですか?」
レティシエルがライングリフに向かって言った。
「実はルアやウォルフガングから粛清が決行される旨を事前に聞いていたのでな。小国とはいえ、たった十四人による制圧がこうもあっさり成功してしまったのは驚くべきことだが」
「ああ、そういうこと……もう。本当に都合の良い忠臣ですこと」
「皮肉を言ってやるな。あの二人は賢明だ、盲目的に臣下をやっている訳ではなく、冷静に自身の理念や利益を考慮した上で『そうすべきだ』と判断しているに過ぎないだろう」
「なるほど。それで、事前に把握した上でなお手を出さなかったということは、これもまた兄様の計画通りだと?」
「いいや。私は未来の全てを見通し、それらを完璧に制御できると思い込むほど驕り高ぶってはいないよ。ただ、後から結果を利用してやることは出来る」
二人のやり取りを眺めながら、彼らの父であるラトリア国王は戦々恐々としていた。
昔は仲の良い兄弟姉妹だったのに、今では互いに探り合いばかりしているように思えてならないのだ。
もっとも「昔は仲が良かった」ということ自体、実際には彼の勘違いでしかない。
かつての彼らにはエルミアやアステリア、《魔王軍》といった共通の敵が居たから、表向きは纏まっていられたに過ぎないのである。
「……ここのところずっと、お兄様やレティシエルの考えが分からないの。アステリアの件だってそう。何故あんな出来損ないに領地を与えたの。武力を蓄えて、いつか私達に牙を剥くに決まっているわ」
ローラシエルが不快そうに眉をひそめて言う。それに答えるのはライングリフだ。
「彼女は救世の英雄だ。民衆の手前、軽んじる訳にもいかん。それにあの地域は魔物が多いだけでなく、戦後は傭兵崩れの盗賊も増えている。実力のない者では手に余るだろう」
「確かにそうですけれど……」
「はあ。勇者殿が魔王ダスクを討ってくれれば話はこんなにも拗れなかったんですけどねえ」
「本当にな。だがそれを言っても仕方あるまい、レティシエル」
と、そんな会話をしているところに、今まで黙っていた国王が唐突に口を挟む。
「そうだ……! アステリア、あの子は世界を救った英雄なのだ! 亡きエルミアの為にも、王国の為にも『今度こそ』大切にせねばならぬ!」
王妃も四人の子供も何も返さず、力説する彼にただ白い目を向けるばかりであった。
ここ数年、王宮の内側において彼は殆ど常にこのような扱いを受けているが、無理もない。
王はストレスと体調不良が祟って精神的にも不安定になっており、今では最小限の政務しか行えない状態になっている。
加えて、エルミアとアステリアを見捨てたことについての後悔をたびたび口にしていて、それが家族の不興を買っているのだ。
あの時、王妃や子供達に流されたとはいっても、最終的に見捨てる判断を下したのは王その人だ。妻も子も「いまさら掌を返したところで遅すぎるし、見るに堪えないほど情けない」としか思わなかった。
それから数日後。
ライングリフはあえて聖人会の功績を大々的に喧伝した。
その中で彼は、ラトリア王家の忠臣たるルアやフレイナ、ウォルフガング、そして良き協力者の《夜明けをもたらす光》が聖人会の一員であることを強調し、彼らを通じて王家が聖人会に働きかけ、横暴を極める領主を成敗したと語った。
そして「今後も各地に渦巻く陰謀を廃し、世界の代表であるラトリアに課せられた責務を果たしていきたい」と締め括るのであった。
そう、ライングリフは何もせずとも民が自身に向ける支持を更に強めたのである。
功績の乗っ取り。これこそが彼の狙いであり、聖人会を妨害することに力を注がなかった理由である。
民衆はそれらしいことをそれらしく主張する権威者が居れば簡単に騙される。その権威者が、ライングリフのように人心を惹きつける優れた煽動家ならば尚更に。