11章6節:聖人会の採決
夜、ライルは酒場や賭博場での聞き込みを終えた後、予めリルから案内された集合住宅の一室で待機していた。
ここは旧帝都のホテルを住人向けに改装した施設である。社会的地位のある犯罪者やソドム統治軍にとって利用価値のある者だけが部屋を割り当てられており、リルは後者ということになる。
ソドムの住人はみな――少なくとも世間的には――犯罪者とされているが、それにしては随分と良い暮らしをしているものだとライルは不思議に感じた。
そして、このことは集合住宅の利用を認められた者に限らない。
人々は「ソドムから出ること」以外のあらゆる自由を謳歌しており、彼らの欲望を受け止める施設も多く存在する。
この流刑都市は、牢獄どころか各地のスラムよりも余程に活気と歓喜に溢れているのだ。
さて。聞き込みの成果だが、ベッドの上で気怠げに寝転んで溜め息をついているライルの様子を見れば明らかであった。
今ごろ娼館で情報収集に勤しんでいるであろうリルは無事だろうか。昼に会った女性は無事だろうか。アステリアは今どうしているのだろうか。
そんな憂慮と緊張に苛まれながらリルの帰りを待っている。
とはいえ、そのように神経を張り詰めたままで居れば疲労も加速するもので、ライルはいつの間にやら意識を失ってしまった。
ライルが目を覚ますと、隣にはリルが寝ていた。まだ幼さの残る可愛らしい顔が窓から差し込む朝日に照らされている。
「うわぁっ!」と驚き、慌てて飛び起きるライル。それに反応し、リルもまたむにゃむにゃ言いながら目を覚ました。
「ん……どうしたニャン?」
「悪い、寝ちまってた……帰ってきてたなら起こしてくれれば退いたのに」
「別に一緒に寝てもリルは気にしないニャンよ? ちょっと狭いけど床で寝るよりは良いニャ」
「お、俺が気にする!」
「その反応……あんたまさか彼女と寝たことすらないニャン!? 良い年して!? しかもチャラそうな見た目してるのに!?」
そんなことをしれっと言われ、ライルが顔を真っ赤にする。
恋人を得てもこの男は相変わらず初心であった。
「俺とリーズはそういうんじゃねえ!」
「でもいつかはそうなることを期待してたニャン?」
「そ、それは……あ~、この話は止めだ止め! 調査の結果はどうだったんだ?」
「そう焦りなさんニャ。統治軍の将校のお気に入りになれたから、そいつからちょっとずつ色々と聞き出していくニャ」
「一晩でか。流石と言っていいのか……」
「あんたの方は?」
「特に収穫無し。もちろん調査は続けるが、今回の件はあんた頼りになっちまうかもしれん……不甲斐なくてすまん」
「にゃはは。構わないニャンよ。リルがしっかり活躍できた方がアステリア様の信頼を勝ち取る分には都合良いニャ」
「ああ……ちなみに具体的な調査方法はお姫様には言わない方が良いぜ。あの子、俺以上にそういうの気にするから」
「まぁ処女っぽいもんニャ。見た目も良いしカリスマ性もあってモテはするんだろうけど、男遊びしたこともなければ恋したこともなさそうニャ」
実際のところ、アステリアは《権限》の代償により純潔を保たねばならない。
しかし本人の居ないところで代償について触れるのは戦術的な意味で憚られるのは勿論のこと、何よりデリカシーがない。
そう思ったライルは説明を控えることにした。
「リアのことどう思ってんだ……いや、モテるのも男遊びをしないのも合ってはいるけどよ」
「あんたとも?」
「当然だ。リアは確かに可愛いが、恋愛の対象ってよりは大切な主君なんだよ。つか、そもそも俺はずっと昔からリーズが好きだったしな」
少し照れながら言うライル。その様子を見てリルもふっと微笑んだ。
「もっと早く……ネルやあんたの彼女が生きてた頃に皆と出会いたかったニャンね。仲間に加わってからまだそう経ってないけど、あんた達はこんなクソな世界じゃ珍しいくらい良い奴らだって思うニャ。ネルもきっと幸せだったって信じられるニャ」
「ああ。俺はともかく、皆良い奴だよ。リアは目的の為なら躊躇も容赦もしないところがあって、たまに怖くなったりもするが」
「生きる為に何でもしてきたリルとしてはそれくらいの方が好きだし、主人として信頼できるニャ」
「だったら、どうか今後もあの子を仲間として支えてやってくれ。強がってはいるけど、ネルやリーズが居なくなったこともウォルフガング先生と距離が出来たこともかなり気に病んでるからな」
「分かってるニャ。リルはアステリア様の輝きにひと目で惹かれちゃったニャン。あんたを差し置いてあの人の右腕になってやるニャ」
*****
私はリルとライルをソドムへ送り出した後、ひとまず内政に専念していた。
そんな状況下の天暦1048年1月末、転移の宝玉を通して私のもとに天神聖団の職員がやってきた。
彼らの求めに応じ、聖人会の会議室へと向かう。
こちらも動く時が来たという訳だ。
会議にて、《夜明けをもたらす光》および聖団騎士長アルフォンスから調査結果の報告がなされる。
どうやら議題となっている西方連合系の公国について、確かに領主による弾圧や政治腐敗が存在しているようだ。
現地に赴いたユウキは悲しげな顔で「処刑された無辜の民の亡骸が大量に吊り下げられ、領民が脅されている」などと語った。
そのようなおぞましい光景を見てしまったら、仮にこの後の採決で聖人会が動かないことになったとしても彼一人で解決しに行くだろうな。ユウキとはそういう男だ。
一通り報告が終わり、議題を持ち込んだクロードの大仰な説得を聞き流すと、レティシエルは会議を見守っている法王に目配せをする。
それに対して法王は頷き、宣言した。
「では採決を行う。制裁を下すことに賛成の者は挙手を」
以前の招集の段階で私の考えは既に決まっている。
クロードに利用される形にはなるものの、悪しき領主の暴挙は止めねばならないし、何より「聖人会が介入した」という前例も作っておきたい。
私はそっと手を挙げた。
同じようにしたのはクロード、ルア、フレイナ、レティシエル、アルフォンス、アダム、レイシャ、そしてユウキだ。ユウキに関しては「敵を生きたまま捕縛し、処刑も行わない」という条件付きの同意だが。
アルフォンスは社会正義を執行する為、レティシエルもそれっぽいことを言っていたが実態としては自らが設立した聖人会の存在感を高める為に違いない。以前、ウォルフガングは「レティシエルが女王を目指しているのではないか」と語ったが、その考えが正しいとすれば、これも王位継承を狙う為のアピールの一環に過ぎないだろう。
アダムは「ユウキが勇者らしくあること」に拘っているので、反対する理由はなさそうだ。レイシャも彼らに合わせたのだろう。
フレイナに関しては、直情径行な彼女のことだから深く考えずに同意した可能性が高い。
最も考えが読めないのはルアだ。どこまでも冷静に利益と合理性を求めるあの子が、利にならないであろうこの粛清に合意する理由は何か。むしろ国家主義に寄りつつある今の彼女にとって、聖人会という国に縛られない組織の台頭は避けたい筈。
その辺りについてレンも妙に思ったのか「レヴィアスの雌猫め、一体どういう了見なんじゃ?」と問うたが、ルアはただ「弱者救済の為」と言うばかりであった。
もしや、クロードと事前に何らかの密約を交わしていた――などと考えるのは邪推だろうか。
既に結果は出たが、一応、会議の決まりとして反対側の意見も聞く。
今この場に居ないアレスは、以前に招集された際に「雑魚狩りに興味はない」と言って反対していた。あいつは強敵と戦う機会が得られるなら賛成するし、そうでないなら反対する。ただそれだけだろう。
ウォルフガングはクロードの語った「《魔王軍》残党の復活」という懸念については同意するものの、それ以上にラトリアの守護者として《財団》の増長を警戒しているとのことだった。
それと同様にレンも《財団》が自らの国に牙を剥く可能性を指摘した。《ドーンライト商会》に手を焼いていた彼女だから反対するのも無理はない。
トロイメライに関しては「自分は『見届ける者』としてここに居るだけで、人の世に干渉する気はない」と語り、そもそも賛成も反対もしなかった。
ウォルフガングやレンの意見にも一定の理はあれど、ともかく賛成者は九人であった。
すなわち、私たち聖人会の手による粛清が実行されることとなったのである。